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024 ふたたびフミナの屋敷


 目を覚ますと、そこは屋敷のベッドの上だった。


 さすが俺、なんとか生きている。というかこんな場所で死ねないのだ、復讐を果たすまでは。


「よしっ」


 確認も兼ねて独り言。大丈夫、言葉は出る。


 では起き上がろうとする。


 が、激痛が走った。


 どうやら起きることはまで無理らしい。


 だがベッドの上で寝転がっている分にはなにも問題はない。この感じなら当分は死なないだろう。たぶん、かなりヤバイ状況だったのだろうな。体のふしぶしに残る痛みがそれを教えてくれる。


 ガチャリ、と音がして扉が開いた。


「……シンクさん?」


 入ってきたのはフミナだ。


 おどおどした目でこちらを見ている。緑色の髪の毛が言っちゃあ悪いが毒々しい。でも、その表情は俺のことを心配してくれているからこそだろう。


「よぉ」と、俺はフミナに言う。


「ああ……目が覚めたんですね」


 どうやらフミナも落ち着いたらしい。いつもの陰気いっぽ手前みたいな喋り方に戻っている。そういうとこだぞ、そんなだから月元にも辛気臭いって言われるんだぞ。


 自分に自信を持って、普通にしていれば可愛いのだから。


 というのはまあ、本人には言えないが。


「なあ。一つ質問するけど、俺生きてるのか?」


 ちょっと気になっていたことを最初に聞く。


「ええ、大丈夫です」


「やばかった?」


「かなり。腕の良い治療師を呼んだんですが、さじをなげられました」


 さじをなげる……諦めるという意味だよな?


 え、じゃあ俺なんで生きてるの?


「もしかしてこれ、自然治癒?」


「まあそうなりますね」


 おいおい、凄すぎだろ人体。というか異世界に来て治癒能力も高まっているのだろうか。そうとしか考えられない。


「とりあえず明日にでももう一度、治療師の先生を呼んでみましょう。目が覚めたのなら後は治せるかも知れませんし」


「どうなってたの、俺?」


「とりあえず足がグチャグチャでした」


 まあ、瓦礫に押しつぶされてたしね。


「あと、体中に火傷がありました」


 あー、なんか体の何割かが火傷したら死ぬって話し聞いたことあるわ。何割か忘れたけど。


「それでこれが一番ですけど、胸に大穴があいてました。心臓が飛び出てましたよ」


「え、心臓って飛び出るの?」


「はい。でも動いてましたけど」


 それどういう状況だよ……。


 俺は痛みをこらえて胸元に手をあててみる。穴はないようだ。


 たぶん目を覚まさない間に着替えさせられたのだろう、俺は病院で着るような上下がつながった簡易的な服を着せられていた。


 なんだか股間のあたりがスースーする。これはノーパンだな。


 いや、今はそんなことどうでも良い。とにかく胸の傷の確認だ。上半身をはだけさせる。


「ああ、たしかに……」


 胸の部分だけ皮膚の色が違う。いかにも急ごしらえで再生させられたました、という感じだ。


「治ってますよね。ここに運んだ時にはまだ穴が開いてましたけど、一昨日くらいに塞がりました」


「一昨日? ちょっと待てフミナ。今日は何日だ?」


 なんだかよく分からない日付を言われる。


「じゃなくて、すまん。俺は何日寝てたんだ?」


「5日間です」


 どおりで腹が減っているわけだ。


 まったく、俺が寝ている間に5日も経っていたのか。


 あ、そういえばシャネルはどこだ?


「なあフミナ、シャネルは?」


「それは私も気になっていました。シャネルさんはどこにいるんですか?」


 ちゃんと逃げられたのだろうか?


 月元の放ったグローリィ・スラッシュという技、あれはかなりの大規模だった。それこそシャネルも巻き込まれたかもしれない。


 つーかあれなんだよ、スラッシュとか言いながらもうビーム兵器みたいなもんじゃねえか。ガン○ムじゃねえかよあれ。もうビームライフルだよ。


 よく直撃を受けて生きてたな、俺。


「シャネル、死んでないだろうな」


「あの事件で亡くなった人は8人ですが、その中にシャネルさんはいませんでした」


「ちなみにその8人に俺は?」


「いちおう入ってます」


「入れたままにしておいてくれ」


 月元がそれを知って、俺を死んだものだと思ってくれれば何かと楽だ。


 ん……ってか月元!? あいつこの屋敷にいるんじゃねえか?


「な、なあ。月元は?」


「ツキモトさん、ですか? 勇者様のことですよね。……あれ、シンクさん勇者様と知り合いだったんですね」


「まあな、言ってなかったけどな」


「もしかして、あまり仲が良くないんですか? シンクさん、勇者様が来たら居なくなりましたし」


「逃げたんだよ、あのときはな」


 正直に言った。


 シャネルに自分の弱い部分を全てさらけ出したせいか、今までだったら隠していたことでもすんなり言えた。


「でも私、勇者様にシンクさんのこと言っちゃいました。迷惑でしたか?」


「正直ね」


 そのせいでこんな怪我をしたのだ。でもそれは言わないでおこう。あくまで俺はあの騒動に巻き込まれただけ。まさか殺されかけたなんて、言っても信じてくれないよね?


「でも安心してください、勇者様はもう屋敷にいませんよ」


「そうなのか?」


「はい。とっくの昔に出ていきました」


 たぶん、俺が飲んだくれている間にだろうな。


 それにしてもどうしてこんな素敵な屋敷から出て行くのだろうか。理解不能だ。


 フミナはどこか落ち込んでいるようだ。


「どうしたの?」と、俺は聞いてみる。


「……私、あの人の婚約者なんです」


「知ってる。シャネルに聞いた」


「でも、あの人には私と結婚する気なんてまったくないんです」


 どうしたのだろうか、いきなり。


「あの……シンクさん。シンクさんってそういう事、やったことありますか?」


「そ、そういう事?」


 なんだか話が怪しくなってきた。


 R18な雰囲気がただよってくる。


「あ……あの。ですからその、子作り……です」


 さて、どう答えたものか。ま、嘘いっても仕方ねえや。


「ないよ」


「つまり――」


「童貞だよ! 言わせるな、恥ずかしい!」


 でもほら、シャネルといい雰囲気だったから。つうか月元が襲ってこなかったらヤれてたから! くそくそくそ! 死ね、くそ勇者!


 つうかなんでこんなこと聞くんだ、この娘は? まさかフミナ、したいのか、俺と? まさかね、そんな事あるわけない。それこそ童貞の妄想だ。


「そうですか、シンクさんはそういう事に興味がないんですか?」


「ないことは、ない」


 非常に曖昧な返事をしておいた。


 ほら、あんまりがっつき過ぎても格好悪いし。


 フミナは俺の返事に安心したように頷いた。


「あの、私、見ちゃったんです」


「なにを?」まさか、幽霊? なわけねーよ。


「勇者様とお連れの僧侶さんが、その。あの、あれを()()()()()のを……」


「あー。はいはい」


 それはあれね、かなり気まずいね。


「それで、私……ドアの隙間からそれを見ちゃって。で、聞いちゃったんです。『あんな辛気臭い女よりお前の方がいいぜ』って。辛気臭い女って、私のことですよね?」


 俺はうん、ともちがう、とも言えない。


 フミナは言っていて悲しくなったのか、泣き出しそうな顔をしている。


「いや、気にするなよ」


 と、慰めの言葉。


 しかしフミナには届いていない。


 まいったな……フミナが悲しそうな顔をしている。どうにかして笑顔になってくれないものだろうか? 女の子が泣いてるってのはそれだけで男としてほうっておけないものなのだ。


 というかやっぱり月元、自分のパーティーのやつらとできてやがったか。まったく勇者なんてろくなやつじゃねえな。


 そういや武道家も月元のこと「ご主人様」とか呼んでたよな。なに、そういうプレイ? 腹が立ってきた。


 ぐー。


 ついでに腹も減っていた。


 人間、どんだけ真面目な話をしていても腹は減るわけだ。


 フミナがくすっと笑った。


「ああ、やっと笑ってくれたな」と、俺は思ったままのことを口にする。「その方が可愛いぜ」


「もう、シャネルさんがいないからって私のことをくどいてるんですか?」


「つうかシャネルな。もしかしたら町の東口にいるかもしれねえんだ」


「じゃあそこに迎えのスケルトンを出してみます」


「ああ」


 落ち合う予定の場所だったのだから、その場所にいる可能性が一番高いだろう。いなかったら、まあその時はまた考えればいい。


「あの、シンクさん。ありがとうございます。話を聞いてもらったら、なんだか気持ちが軽くなりました」


「そういう事ってあるよな」


 俺もシャネルに打ち明け話をして、気が楽になったのだ。


「本当にありがとうございます」


 感謝されて、俺は照れてしまった。


 あっちの世界じゃあこんなふうにありがとうだなんて言われなかったからな。というか他人との会話なんてずいぶんとしていなかった。引きこもりだったし。


 死にかけたけど、まあ生きてるから大丈夫。悪くないぜ、異世界。


 でも心の底から笑えないんだよな、俺は。あいつらに復讐するまで。


「悪いけどまだ体調が悪いからさ。寝るわ」


「はい、ゆっくり休んでください」


 俺は照れ隠しにベッドに潜り込む。そうするだけでちょっと痛いのだ。


 フミナが部屋を出ていった。


 体調が悪いのは本当だった。だからこのまま眠ってしまおうと目を閉じたのだった。



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