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023 勇者襲来2


 月元には隙しかないように見える。俺は突進し、振り上げた剣で勢い任せにやつを斬ろうとする。


 だが、月元がにやりと笑った。


 その隣から、僧侶の少女が慌てて出てくる。


「慈悲深き月の女神ディアタナよ――」


 まずい、と思ったがもう遅い。勢いづいた体は止まらない。


「――その加護によって我らを悪から守りたまえ、ゴッデス・シールド!」


 見えない壁がうまれた。


 俺はそこにしたたかに体をぶつける。まるで交通事故にでもあったかのような衝撃。なんのことはない、俺の方から壁に激突しただけなのだ。


 だが効果は絶大だ。


「おいおい、自爆してヒキガエルみたいに潰れてるぜ」


 立ち上がれない。


 そんな俺を月元はあざ笑う。


「月元ぉ!」


 それこそ潰れた声を出す。殺してやる、と食ってかかろうとしたところで、上から踏みつけられた。武道家の女の子だ。


「ぐっ!」


「お前が俺に勝てるとでも思ったのかよ」


 俺の剣はどこだ? 少し離れた場所にある。あれをとって――と、思ったら月元がそれを遠くへ蹴りとばした。


「いやあ、それにしても驚いたぜ。あの陰気臭い女がお前のことを話したときにはよ」陰気臭い女、というのはどう考えてもフミナのことだろう。「ま、俺は別にお前のことなんてどうでも良かったんだけどよ」


 俺は二重の意味で月元を睨む。俺とフミナ、二人をバカにしているこの男を。


「ご主人様、こいつ、殺しますか?」


「まあ待て、アリーナ」


「でも……これは魔族なんですよね」


「ああ、そうだよクリス。こいつは悪い悪い魔族だ」


 いったい何のことかは分からないが、どうやら俺は魔族ということにされているらしい。


「おい、榎本。お前、謝れば見逃してやるぞ」


「謝るだと!」頭に血が上る。「なにに対してだ!」


「簡単だよ」


 顔面を蹴られる。床に押し付けられているのでなされるがままだ。だが不思議と痛みはない。とにかくこのクソ野郎を殺してやりたいという思いでいっぱいだ。


「お前、目障りなんだよ。俺の眼の前に現れんじゃねえよ。だから謝れよ、『月元様のお目汚しをしてしまいすいませんでした』ってな。そしたら今回だけ見逃してやるよ!」


 髪をつかまれ、顔を無理やり上げさせられる。


「ほら、謝れよ」


 ああ……そういえば昔もこんなことがあった。


 あっちでイジメられてる頃に、だ。こうやって俺はまったく悪くないのに謝ることを強要されるのだ。そういうのって辛いぜ、人間としての尊厳っていうのか? そういうもんを奪われるような気分になる。


 あの時はどうしたかって、そりゃあ謝ったさ。見逃してもらうためにな、みっともなく土下座までしてさ、謝ったさ。


 でも今は違う。


 俺は身勝手な言い分にツバを吐き飛ばすことで答えた。


「てめえ!」


 月元の顔が怒りで染まる。


 剣を振り上げられた。


 ああ、これは死ぬな。


 そう思った瞬間、俺の周囲が爆ぜた。


 俺の周りにいたやつらが慌てて退避した。動けなかった俺だけがまともに直撃をくらう。背中が焼ける痛み。火葬場で嗅いだことのある臭い。しかし助かった。


 俺はすぐさま立ち上がり、俺を助けてくれた相手の元へと。


「シャネル、逃げろと言っただろ!」


「だって心配だったから」


「ああ、おかげで助かったよ」


 なんとか逃げ切れた。やっぱり一人がオトリになって、というのには無理があった。こうなれば二人で協力して戦うのが良いだろう。


「俺が前衛でいく、シャネル。サポートをしてくれ」


「了解よ」


 あちらの前衛は武道家。


 もしやと思ったが、月元は後ろに下がっている。腰抜けめ、女の子に戦わせて自分は安全な場所で見ているつもりか。


「行くぞ!」


 開幕はシャネルの爆撃からだった。


 しかしそれは僧侶の少女――クリスと呼ばれていただろうか? の、シールドで塞がれる。


 俺は前へ出る。武道家も素手だというのに果敢に前へ。剣が怖くないのだろうか? 牽制の一振りにも冷静に対処された。そして懐に入るように、武道家は加速してくる。


 それを狙っていた。


 俺は剣を二人の間の障害になるように地面に突き刺した。武道家はその剣を避けようと体勢を崩す。その瞬間を俺は見逃さない。



『武芸百般EX』



 それは俺の持つスキルの一つだ。どのような武術も思いのままに使いこなすことができる規格外のスキル。


 俺はそのスキルを使用し、武道家の腕と胸元をつかむ。そして相手の体勢を強引に崩し、こちらに引き寄せる。そのままくるりと反転、腰のあたりに相手をのせて投げ飛ばす。


 体落、柔道でも基本的な投げ技の一つだ。


 昔、体育の授業でやって以来だったから上手くできるか分からなかったが、さすがは武芸百般というだけある。俺の想像以上に上手にきまった。


「シャネル、逃げるぞ!」


 相手を一人牽制しておけば、包囲網から穴があく。その隙に外へと出るのだ。この宿屋の中ではどうしても戦いにくい。せめて広い場所に出なければ。


 シャネルは一瞬で俺の意図を理解したのだろう、むしろ我先にと外へ飛び出した。俺も剣を引き抜きそれに続く。


 だが――


「きゃっ!」


 シャネルの可愛らしい叫び声。


 それに気付いたときにはもう遅い。俺にも氷柱が飛んできている。


「くそ、忘れてた!」


 俺はその氷柱を剣で弾き飛ばす。ミスだった、外から魔法が飛んできていたということは、外にも一人待機しているということだ。


「前に出て! 詠唱をするわ」


合点承知(がってんしょうち)!」


 あるよね、慌てるときに変な日本語出ちゃうこと。


 俺は魔法使いの女に向かっていく。当然、魔法使いなのだから接近戦には弱いはずだ。


 一発で切り捨てる!


 魔法使いは慌てて逃げようとする。それを背後から斬る。


 ――ガキンッ!


 甲高い音がして、俺の剣が止められた。


「おいおい、あんまり調子にのるなよっ!」


 月元だ。さすがに速い。というか見えなかった。


「クッ!」


 俺は一歩下がろうとするが、そこに前蹴りを合わせられた。ゴロゴロ転がるようにして吹き飛ばされる。


 シャネルの方もシャネルの方で戦線復帰した武道家に攻められえうまく詠唱ができないようだ。だがそこはさすがのシャネル、杖を短剣に持ち替えてよく応戦している。


「さて、そろそろ飽きてきたな。終わらせるか」


 月元が偉そうにそう言った。


「あれを出すんだな、ご主人様!」


 武道家が嬉しそうに叫ぶ。


「サポートするわ!」と、魔法使い。


 僧侶は怯えるように月元の後ろへと下がった。


 なにをするつもりだ?


 月元が腰だめに剣を構える。鞘こそないが、居合のような構えだ。


 ――ヤバイ。


 理屈抜きで本能がそう思った。


 俺の第六感がビンビンと警告を鳴らしている。あの構えから繰り出される一撃はあきらかに月元の必殺技だ。


「シャネル、ヤバイのがくるぞ! 逃げろ!」


 だが、それを見越していたかのように魔法使いが呪文を唱えだした。


「このまま全ては凍る、美しさは美しさのままに保たれて、しかし時すでに遅し。すでにこの場所には何も無い――アイシクル・エデン!」


「ちょっと、あれ禁術よ! こんな町中でぶっ放すやつがあるもんですか!」


 なんだそれ、と聞く前に周囲が凍りだした。地面も壁も、見る見る間に凍りついていく。まさにこのまま全ては凍る、というわけだ。


「我が炎、陽炎とたちこめ壁となれ――ファイアー・ウォール!」


 シャネルが対抗呪文として炎の壁を作りだす。これで大丈夫かと思ったが、あまかった。その壁すらも燃え盛るままに凍りついた。


 それはどこか芸術的な光景ではあるが、


「っち、まずいわ!」


 そう、俺たちは今ピンチなのだ。


 凍りはとうとう俺たちの足元まで迫ってきた。俺はシャネルの腕を強引につかみよせると、その場で周り、遠心力を使って放り投げる。まるでフィギアスケートのダブルスで見せる演技のよう。


 シャネルの方も鳥のような軽やかさで遠くに着地した。


「シンク!」


「とりあえずお前は逃げろ!」


 俺はそう叫ぶ。


 シャネルは逡巡したようだが、結局は俺を置いて逃げてくれた。ありがたい、これで少なくとも彼女だけは助かったわけだ。


 最悪の自体は避けられたわけだ。


 そしてどうやら、あちらのチャージも終了したようだ。


 ヤバイ気配がさらに強くなっている。だが足元が凍ってしまって動かない。


「クソタレ」と、俺は悪態をついた。


 やけくそに剣を構える。


 そして叫ぶ。


「お前らだけは、絶対に許さねえ!」


 月元の嫌な顔が見える。こちらを嘲笑っている。死んでしまえ、と呪う。


 剣が、振り切られる。


「覇者一閃――グローリィ・スラッシュ!」


 振られた剣は斬撃の光となり俺を襲う。


 俺の視界全てが閃光に覆われる。


 灼熱の痛みが俺を包み込む。そして、俺の体は中から弾け飛ぶように膨張する。


 ああ、これは死んだな。


 こんなことならシャネルとやっておきたかったな……。


 そして俺は死んだ。


 光の中で迎えてくれたのは天使ではなかった。



「ああ、朋輩よ。死んでしまうとはなさけない」


 どこかからアイラルンの声がする。


 やっぱり俺、死んだのか。


「なーんてね。本当に危機一髪でしたね、朋輩」


 え?


「大丈夫、ギリギリ生きておりますよ。死んでない、ってだけですけどね。では引き続き頑張ってくださいませ」



 ………………。


 かろうじて目が開いた。


 あたりは先程までの明るさなど微塵もない。暗い。


 俺は崩れ去った家々の瓦礫の下に踏み潰された。


 どこかから鳴き声が聞こえている。誰かが叫んでいる。「こっち、まだ生きてるぞ!」とか、そんな声。


「やばいって、なんでこんな事になってんだよ」


「勇者様だよ!」


「なんで勇者様が!」


「魔族が現れたんだってよ!」


 どうなっているのだ? 俺はいま、本当に生きているのか?


 痛みでおかしくなりそうだ。だが気絶することなんてできない。そんなことしたらきっとそのまま二度と目を覚ませない。


 体を動かそうにも体が言うことをきかない。声すら出ない。まぶたは開いているが、少しでも気を抜けば上のまぶたと下のまぶたがキスしちまいそうだ。


「おい、大丈夫か!」


 男が一人、瓦礫の下敷きになった俺に声をかけてくる。


 何も返事ができない。


「ダメだ、死んでる……」


 見知らぬ男は諦めたように首を横にふった。


 ――待ってくれ、俺はまだ生きてるんだ。


 だがその言葉がでない。


「おい、こっちを手伝ってくれ! 生存者だ!」


「ああ、分かった!」


 呼ばれて男が去っていく。


 ――待ってくれ、待ってくれ。俺だってまだ生きているんだ。


 鼻の先に水があたった。……雨が降ってきたようだ。この世界に来て初めての雨だ。こんなタイミングで、ちくしょう。こうしているだけで体力が奪われる。俺は死に向かって歩いている。誰か、助けてくれ。


 だが誰も俺に見向きもしない。


 俺はいま、そんなに酷い状態なのだろうか? 自分では分からない。けれど視界の隅に血が見える。だくだくとまるで川の水のように流れている。あの血が俺の体から出ているとしたら、そうとうな傷だ。土手っ腹に穴でもあいているのかもしれない。


 雨は次第に強くなっていく。


「おい、生きてるやつはこれで全員だろう!」


 誰かがそう叫んだ。


 救助にあたっていた人たちが口々にそうだそうだと言い合う。ここで俺がまだ生きているというのに、もう帰ってしまうつもりなのだ。


 あちらの世界でいうところのボランティアというやつなのだろうが、それにしたって無責任だ。ちゃんと俺の生死を確認してくれ。なんとか声を出そうとする。


「た……」


 助けて、というとしたのに「た」の音しか出なかった。それもかなりか細い声だ。そんな声、当然のように雨音にかき消される。


 救助にあたっていた人たちが帰っていく。俺は一人取り残される。まるでゴミのように俺は瓦礫に埋もれている……。


 もうこのまま諦めてしまおうか。


 そう思い、目を閉じた。


 だが、



「バウッ! バウッ!」



 俺のすぐ耳元で、俺の嫌いな鳴き声が聞こえた。


「バウウッ!」


 うるさすぎてなんとか目を明ける。やめてくれ、もう眠ろうとしてたんだ。たとえそれが永眠になろうと。


「バウ!」


 獣臭いぞ、くそ。


 なんでだろうな、肉なんてついていない骨のはずなのに。


「……パトリシア」


 小さいが、なんとか声が出た。


 こいつ、こんな場所で何してるんだ? 雨が降ってきたんだぞ、はやく屋敷に帰れよ。フミナも心配してるぞ。


 久しぶりに会ったパトリシアは俺と遊んでほしいのか、跳び跳ねながら嬉しそうにしている。


 バカ犬め、状況を見ろ。どうみてもそんな場合じゃないだろ……。


 その気持が伝わったのか、パトリシアは吠えるのをやめた。代わりに警戒するような唸り声を発する。そして何をするかと思えば、俺の服の裾をその獰猛な口で噛みやがった!


 やめてくれ、それはトラウマなんだ!


 だがパトリシアは一向にやめようとしない。俺を引っ張ってくれる。


 瓦礫は意外と危ういバランスで乗っていたのだろう。パトリシアが口で引っ張り、俺の体勢が少し変わるだけでうまい具合に崩れ落ちた。


「バウウッ!」


 パトリシアはそのまま俺を引きずっていく。


「やめろ……いてえぞ」


 だがパトリシアは何か使命感につき動かされているように俺を引きずっていく。こんな小さな犬の体だというのに、どこにそんな力があるのだろう。


 その力は俺を安心させてくれた。


 ああ、助かったのだろうか。


 分からないが、しかしそうだろうと思った。


「ああ、パトリシア。こんな場所にいた!」


 フミナの声だ……。


「って、ああっ! シンクさん! どうしてこんな怪我して、まさかさっきのに巻き込まれて? い、生きてますか!」


 あのいつもモゴモゴと喋るフミナが慌てている。これは結構レアだ。


「パトリシア、生きてるの? シンクさん生きてるの?」


「バウッ」


 パトリシアが俺を離した。


 というかなんだ、俺はそんな死にそうな状況なのか? 重ねて言うようだが全然分からないのだ。たしかに体中は痛いが……。


「はやく屋敷に連れてかなくちゃ!」


 きっと巻き込まれたんだわ、とフミナがつぶやく。


 まあ、巻き込まれたというよりも直撃だったんですけどね。


「どうしてこんな事に……」


 やっぱりフミナは何の悪気もなく月元に俺のことを教えたのだろう。そうでなくてはこんなに慌てふためくはずがない。


 人骨のスケルトンが二人がかりで俺を持ち上げた。


「シンクさん!」


 と、フミナが声をかけてくる。


 傘が俺の頭上にさされた。フミナの傘だ。なんとかそれが見える。


 ――まばたき。


「……生きてる!」


「な、ん、と、か」


 俺は力を振り絞ってそう言った。


 だがそれが悪かったのか、急激に疲れのようなものが押し寄せてくる。もう抗えない、まぶたが重い……死ぬ。


 そして俺は死んだ。


 うそ、死んでないよ。



ここまで、少しだけシリアス展開でした。

読んでくれたかた、ありがとうございます。

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