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022 勇者襲来1



 ――その瞬間、猛烈に嫌な予感が俺の脳裏をかすめた。



 時間が停まった。


 いやなに、これは比喩表現ではない。愛によってロマンチックな蜜月を過ごしたとか、そういう意味では断じてないのだ。


 本当の意味で時間が停まったのだ。


 こんなことできるのは唯一人。そう、アイラルンだけだ。


「朋輩、お楽しみのところすみません」


「悪いと思ってるんなら土下座しろ!」


 俺は思わず叫んでしまう。


「はあ……まあ朋輩がそうして欲しいと言うのでしたら」


 はいどうぞ、とでもいうようにアイラルンは土下座してみせた。やめてくれ、なんだかこっちが悪質なクレーマーになったような気になってしまう。


「それで、今回はなんの用だ?」


 まさか避妊なしでエッチなことをしたらダメとか、そんな教師みたいなくだらないこと言いにきたわけではあるまい。


「朋輩ももうお気づきになられていると思いますが――囲まれていますわよ」


「え?」


 囲まれている? いったいどういうことだ? しかし、いかにも気付いていたとばかりに俺は頷いた。


 アイラルンには全てお見通しなのだろう。


「朋輩もまだまだですね。せっかく差し上げたスキルを使いこなしていないようです」


「そうなのか? いや、悪い予感はしたんだ」


「本当に使いこなせば予感程度ではなく、未来の映像までも見られるはずです。それが第六感のスキル。まあ、それはおいおいですわね。とにかく今は早急にこのピンチを切り抜けることに全力を尽くすべきですわ」


「くそ、囲まれてるって一体だれにだよ」


 まさかさっきボコった隣の部屋の軍人崩れか?


 しかし、どうやら違った。


 俺の中で勘がささやく。


「まさか、月元か?」


 アイラルンは無言で頷いた。やはり俺の勘はかなり当たる。


 しかしなぜ月元がこの場所を知っている? いや、それよりも俺の存在を知っているのだ。


「どうして、と疑問のようですね」


「ああ」


「言っておりませんでしたが、異世界からの来訪者同士は引かれ合う特性があるのです」


「なんだよそのスタンド使い同士は引かれ合うみたいな設定。いま初めて聞いたぞ」


「言い忘れておりました」


「くそ、先に言っておけ」


 とはいえ、あるいはそのおかげで俺はフミナの屋敷で勇者としての月元を確認できたのだろう。


 ああ、そうか。月元もフミナに俺のことを聞いたのかも知れない。もちろんフミナは俺と月元の確執は知らないから、なんの悪気もなく俺のことを言ったのだろう。


「囲まれてるってことは、月元は一人じゃないんだな……馬車に一緒に乗ってたやつらか?」


 たしか、魔法使いっぽいやつと、武道家っぽいやつと、僧侶っぽいやつ。全員可愛い、あるいはきれいな女の子だった。くそ、ハーレムパーティーじゃねえか、さすが勇者だぜ。


 だがそれは下心から選んだメンツではないのだろう。RPG的な考えでいけば攻守ともにバランスの良いパーティーだ。


「良いですか、時間が動き出してから猶予は三分と少しです。その間に全ての準備を整えてこの部屋から脱出をしてください」


「なんでも良いけどよ、アイラルン。あんたは俺にひいきしすぎじゃないか?」


「それはもちろん、朋輩ですもの」


 そう言われれば納得するしかない。なに、古今神様なんてのは気まぐれなものだ。とくに邪神なんてのはな。


「ではいきますよ。3……2……1! どうぞ!」



 そして時は整然と動き出した。



「ねえ……早く。あんまり恥をかかせないで」


 色ボケしたシャネルは目を閉じて俺を誘っている。


 そりゃあ俺も乗り気だったが、今はそういうことをしている場合ではない。


「おいシャネル、準備しろ!」


「え?」


「殺したいほど憎いやつがあっちから来てくれたんだよ!」


 シャネルはすぐさま反応する。ベッドから立ち上がり、服を着はじめる。


 まったく、この娘の反応速度はオリンピックの選手よりもすごいのではないだろうか。理解力という意味でもかなりのものだ。一緒にいてこれほど心強いパートナーはいない。


「どうしてここが分かったのかしら?」


 シャネルは服を着ながら聞いてくる。


「おそらくフミナだろう」


 俺もジャケットに袖を通す。ジャラリ、とポケットに入っていた小銭たちが音を鳴らした。


「やっぱり信用するべきじゃなかったのね」


「それはたぶん違うだろう。フミナも俺と月元――勇者の関係は知らなかったはずだ」


 時間が動き出してどれくらい経った?


 まだ一分だろうか、しかしもう三分くらい経っていそうな気もする。くそ、カップラーメンってどれくらいの時間でできたっけ?


 俺は準備を終わらせ剣をとる。シャネルもすでに杖を握っている。


「逃げるぞ」と、俺の宣言。


「どっちに?」


 シャネルは部屋のドアと窓を交互に指さした。


 ……悩ましい。


 だが、その悩みが命取りとなった。


 悪い予感がする。


 ――刹那、窓が派手に割れた。


 異世界に来て強化された俺の動体視力は何が飛んできたのかを明確に理解する。それは大きな氷柱だ。先はかなり鋭利に尖っており、当たれば串刺しだろう。


「うらっ!」


 俺は自分でもおどろくほどの反応でその氷柱を切り捨てる。


 だがすぐさま二本目、三本目の氷柱が飛んでくいる。


「アイス・ジャベリンよ、さすがにやるわね」


 魔法の名前を言われたところでどういうものなのかよく分からない。だが、一つ言えるのは、


「徹底するぞ!」


 それだけだ。


 俺はドアの方に駆け寄る。そして窓をあけたその瞬間、拳が飛んできた。


 すれすれで交わす。間一髪、紙一重。言い方なんてなんでもいい。とにかく奇跡的に無傷だ。


「ちっ、よけたか!」


 忌々しそうにショートカットの女の子が言う。武道家だ。


「シンク、どいて!」


 シャネルが前に躍り出る。


 素早い詠唱、杖先から火の玉が飛び出す。


 だが武道家の女の子はそれをしなやかに猫のような動作でかわすと、身をひるがえして階段を降りていく。あまりの速さにこちらの追撃が間に合わない。


「くそ、囲まれてるってのは本当だな」


「このまま下の階に降りていけば袋のネズミってやつじゃないかしら?」


「というか今がまさにそういう状況だろ。部屋に戻ったところでまたあの氷柱が飛んでくるだけだし」


「アイス・ジャベリン。風属性と水属性の複合魔法を。あの規模のものを連発できるとなると、相手の魔法師はかなりの腕前ね」


「褒めてる場合かよ。とにかくここを切り抜けないと」


 未だ姿を見せない月元本人、そしてあの僧侶。この二人が不気味だ。いったいどういった攻撃を仕掛けてくるのか。僧侶の方は回復役と見るべきか? だが勇者はおそらく剣技にも魔術にも優れていることだろう。


「何か妙案はある?」


「まったくない。いっそのこと謝って許してもらおうか」


 まさかな、そもそもこちらは謝る気などさらさらない。


「私がオトリになるわ。シンクはその間に逃げて」


 俺はシャネルを見つめた。


「バカいうなよ」


「でもそうしないと逃げられはしないわ。もしも相手が勇者なら、パーティーは四人いるわ」


「それなら俺がオトリになる。月元の狙いは俺だ、俺が相手をひきつけている間に、キミが逃げろ」


「そんなことしたら――」


「シャネル、俺は男だぞ。たまには格好つけさせてくれ」


 まったく、どこの世界に女をオトリにつかって逃げ出す男がいるというのだ。たしかに俺は情けない負け犬だが、そこまで落ちぶれちゃいない。


 俺は剣を抜く。


「いいか、俺が下の階に行って全力で暴れる。そうすれば隙くらいはできるだろう。その間にシャネルは逃げろ」


「落ち合う場所は?」


「どうしようか、明日の早朝にでもこの町の南門でどうだ?」


 シャネルはコクリと頷いた。もしかしたら駄々をこねるかと思ったが、そうはしなかった。どうやら俺の覚悟が伝わったらしい。


「シンク、死なないでね」


「当たり前だ」


 そう言って、俺は走り出す。


 体は羽のように軽い。俺はこの異世界に来て強くなった。けれど条件は相手も同じなのだ。むしろ人数が多い分、あっちが有利。


 階段を駆け下りる――俺の背後の空間が切り裂かれた。


 これはおそらく風属性の魔法。撃ったのは――


「外した! アリーナ、フォローたのむ!」


 月元だ。


 アリーナと呼ばれた武道家の少女は俺に急接近してくる。


 階段を降りきったところで、いきなり肉薄される。


「はあっ!」


 すさまじい気合とともに飛び蹴りが飛んでくる。


 こんなに近づかれれば剣を振る方が難しい。ならば――俺はその足を片腕でつかみ、力任せにその勢いをそらす。壁に武道家の女の子を激突させた。


 追撃はしない。そんなことをしている間にこちらがやられる。すぐに次の行動を。


 月元めがけて駆け出す。


 ――殺す。


 ――殺す。


 ――殺す。


 頭の中を復讐でいっぱいにさせる。その怒りで恐怖を塗りつぶす。


 俺はもう情けのない姿をシャネルに見せたくない。


「殺してやる!」


 俺は吠えた――。



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