211 4人目の復讐相手
聞こえてくる火西の声。この場にいる人間たちはみんな、それを真剣な面持ちで聞いているようだ。
落ち着け、俺。
落ち着くんだ。
いまはまだ、俺にできることなど一つもない。この距離だ、たとえ本気で『グローリィ・スラッシュ』を撃ったところで届くか怪しい。
それに多くの人を巻き込むことになる。それは俺の好むところではないのだ。
だから今はこの憎しみを胸にひめたまま、待つべきだ。
『今度のコンクラーベにあたり、心無い方々が神の意志にそむいていられること、まことに遺憾に思います。ディアタナ様はそのようなことを望んでいません』
説法というよりも、その内容は説教だ。
「うふふ」
俺の隣でシノアリスちゃんが鬱陶しそうに笑った。
「つまんねえな」と、俺はシノアリスちゃんに不満をもらす。
「まったくですね」
「ねえ、あの人なんだか言葉のイントネーションがおかしくない?」
「え、そうか?」
言われてみればなんだかなまっている気もするが。
日本から異世界に来たせいだろうか? もしかしたら言葉の翻訳みたいなのがおかしいのかもしれない。
あるいは、スクリーンに映されているぶんなにかしらのノイズがまじるようにして、言葉もおかしく聞こえるのか。
「ああ、それでしたら教皇様は耳が不自由だからだと思います」
アンさんが説明してくれる。
「耳が不自由?」
「はい、若い頃に流行り病にかかって、そのせいで耳が聞こえなくなったとか――」
はは、病気かよ。ざまあみろ。
でもそのくらいじゃ俺の気持ちはぜんぜん晴れない。
火西はバスケ部だった。身長が高く、俺はバスケのルールを詳しく知らないが、チームでも重要なポジションについていたらしい。
いつも俺のことをバカにしていた。体育の授業のとき、頭にバスケットボールをぶつけられたのを覚えている。
俺はそのとき、殺したいほどに憎しみをもった。けれど何も言えなかった。
『ほら見ろよ、ゴールだぜ』
人の頭にボールを当てて喜んでいるクズ。
火西。
それを見て笑っているやつら。
月元、水口、木ノ下、金山。
でも、その5人だって残るは2人。いま偉そうに話している火西と、どこにいるのかまだ分からない金山。絶対に殺してやる。
気がつけば俺は自分の手を強く握りしめていた。
爪が食い込んで、血がにじんでくる。
「シンク?」
シャネルが俺の異変に気づき、心配そうに顔を覗き込んできた。
「ああ」
「ひどい顔よ。もしかして疲れてるの?」
「いいや、むしろ気分は上々さ」
「もしかして……シンク」
シャネルはどうやら察したようだ。
よく俺は察しが良いと言われるが、なかなかどうしたシャネルだって相当のものだ。たぶん俺たちの相性はかなり良い。
俺は言葉では何も伝えず、ただ微笑を浮かべることで返答とした。
シャネルも無言で頷いた。
さて、とはいえあの男への復讐をどうはたすか。
「なあ、アンさん。教皇様はあんな場所にいて危なくないのか?」
どうやら火西のやつは大聖堂の前に立っているらしい。
「危ない、と言われますと?」
「たとえばテロリストに狙われたりとか」
「うふふ」
シノアリスちゃんが怪しく笑う。
「それでしたら大丈夫ですよ。ここからでは見えにくいかもしれませんが、教皇様の周りには結界魔法が二重にも三重にもかけてあるんです。アリ一匹入ることはできません」
「結界魔法ねえ……」
初めて聞く魔法だ。そういうものもあるのか。
「じゃあどこかに魔術師がいるのね、どこにいるのかしら?」と、シャネル。
「さあ、でも大聖堂の中ではないでしょうか?」
「うふふ、お姉さん。大聖堂の中って入れないんですか?」
「なにか特別なことがあったり、あるいは特別な人じゃないと入れませんよ」
俺たちは代わる代わるアンさんに質問を浴びせかける。
たぶんいま、アンさん以外の3人の目的は一致しているのだ。
――火西を殺す。
俺は復讐。
シャネルは俺の付き添い。
シノアリスちゃんはアイラルンのため。
「これはなかなか厳しそうね、シンク」
「なあに、いますぐじゃなくても良いさ」
アンさんは首をかしげる。俺たちが何を言っているのか分からないのだろう。
それで良いんだ、アンさんはこんなドロドロした話しを聞くべきじゃないからな。
そうこうしているうちに火西の説法は終わった。あまり長いあいだ話はされなかった。人々が広場からはけていく。
俺はこういうとき、人よりも後に出るタイプの人間だ。たとえば映画館とかでもエンディングが終わって人が出ていき、そのピークが過ぎた後に出る。ときどきエンディングの途中で出る人もいるけど、あれは論外だと思う。エンディングも映画の一部だろ? 最後まで見ようぜ、もったいない。
「アンさん、家まで送るよ」
「はい、ありがとうございます」
もう少ししたら空は茜色に染まり始めるだろう。
「シンク、私は夜ご飯の買い物をしていくわ」
どうやら意地でも孤児院には行きたくない様子のシャネル。
俺を女の人と一緒にさせるのをいつもは嫌がるのだけど、アンさんなら大丈夫だと思ってのだろうか。間違いは起こらない、と。
べつにアンさんじゃなくても童貞の俺からすれば、女性との間違いなんて起こらないんだけどね。
「おう、頼む。あ、ワインも買っておいてな」
たしかなくなっていたはずだから。
シノアリスちゃんは俺とシャネルを交互に見た。どっちについていこうかな、という視線だった。けれどけっきょくシャネルに決めたようだ。
「じゃあお兄さん、またあとで」
「なんだキミ、今日も泊まっていくのか?」
「いけませんか?」
「いや、いいよ」
ちょうどシノアリスちゃんに話もあったところだ。
というわけで俺たちは別れた。
俺はアンさんを孤児院まで送り届ける。アンさんは上機嫌で、今日は楽しかったと何度も言った。俺もだよ、と返した。
「この帽子、大切にしますね」
俺がプレゼントした帽子を、アンさんは胸の前で大事そうに抱えて手を振る。
本当に美人だな、と俺は思った。
でも今はそれよりも――復讐相手のことで頭がいっぱいだった。




