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209 愛の言葉


 俺はアンさんを背後に隠し、シャネルとシノアリスちゃんの前に立つ。


「と、とりあえず話せば分かる。そうだろ?」


 俺は刀をいつでも抜ける状態にする。


「シンク、話して分かる程度の愛情なんて儚いものよ。真の愛情とはすなわち心でつながっているの。愛の世界に言葉は無粋なだけ」


 やべえ、シャネルのやついつにも増してなんか訳わからねえこと言ってる!


 これはそうとう怒っているのではないのか?


「そうですよ、お兄さん。こんなに可愛い彼女が2人もいるのに――」


 あ、シャネルがシノアリスちゃんに杖を向ける。


 ボン、爆発が起こる。


 だがシノアリスちゃんは無傷だ。


「仲間割れだ、いまのうちに逃げるぞ!」


「え? えっ?」


 状況の分かっていないアンさんを連れて逃げようとするが、足を絡め取られて転ける。


 見ればシノアリスちゃんのガリアンソードが足に絡みついている。剣としてではなく、普通にリボンを鞭のようにもつかえるらしい。


「くそ、まずいっ!」


 俺は地面にカエルのように転がって。


 ぐいぐいとリボンを引っ張られる。


 俺は市中引き回しされる罪人のように引きずられる。やめて、おろし金でこすられる大根みたいになっちゃうから!


「逃げて、アンさん逃げて!」


 しかしアンさんはへたりこんでしまった。


「お姉さん、シンクお兄さんは確保しましたよ」


「よろしい、それではあの泥棒猫を殺すわ」


「待って! 本当に待って!」


 アンさんは怯えて腰を抜かしている。


「なあに、シンク」


 ええい、こうなれば一か八かだ!


「シャネル、聞いてくれ!」


「うん?」


「――愛してる!」


 その瞬間、驚くべきことがおこった。


 ボンッ、とシャネルの顔が赤くなったのだ。


 え? っと、むしろ俺が驚いてしまう。


「な、な、なに言ってるのよ。シンクったら、もう」


「お姉さん?」


「シンクったら、そんないまさら、あらたまって」


 シャネルはもじもじと杖を戻した。


 行けるぞ、これ!


「シャネル、愛してるったら愛してる!」


 やべえ、死ぬほど恥ずかしいぞこれ!


 しかしもうどうにでもなれっ!


「うわぁ……」


 いきなり町中で愛の告白をはじめた俺に、シノアリスちゃんはドン引きしているようだ。


「お前、疑ってるのか!」


「なにをかしら?」


 シャネルがしゃがみこんで俺に視線をあわせる。こいつ、今日はミニスカート気味の服だから下着が見えそうだけど、いまはそういうこと言ってる場合じゃなくて。


「お、俺が浮気なんてすると思ってるのかよ!」


「それは――」


「信じてくれ、俺はお前を愛してる!」


 ダメだ、言っていて恥ずかしくなる。


「それは知ってるわ、分かってるわ。わざわざ言葉にしなくたって。でもありがとう」


「そう、分かりきったことだ! だからさ、浮気なんてするわけないだろ!」


「それもそうね」


 シャネルは頷いた。


「だからよ、アンさんに手を出すのはやめてやれ」


「それとこれとは話が別じゃないかしら?」


「いや、同じだって。同じ同じ、愛してる!」


「うーん」


「愛してるッ!」


「……そうね、シンクがそこまでいうなら今回はあの女のことを不問にしてあげるわ」


 やった、いけた!


 必殺、都合が悪い時は愛してるの連呼で乗り切る。いやはや、チョロイン相手だとこれが聞くんですよ。ためしてみたのは初めてだけど、うん、見事にきいたね。


 ただこれ、最終手段だから。あんまり使いすぎるのも効果が薄れそうだし、乱用はさけよう。


「お姉さん、それで許しちゃうんですか」


「あら、私はもともとシンクに怒ってないわよ」


 足からシノアリスちゃんのリボンが外れた。


 俺は立ち上がり、まだ座り込んでいるアンさんの方へと向かう。


「大丈夫?」


「あ、あの。シャネルさん本当に私に魔法を撃つつもりで……?」


 俺は頷く。それがあんまり重々しかったものだから、アンさんはさらに怯えてしまった。


 だから怖かったのだ。


 まさかアンさんと2人でいるところを見られるとは。あれ、でもシャネルたち、なんで外に出てるんだろうか? いや、まあただ遊んでるだけか。なんだかんだで仲良しだよな、この2人も。


「お久しぶりね、船上パーティーで会っていらい」


 シャネルはアンさんに手を差し出す。


 アンさんはおずおずとその手をとった。


「仲直り仲直り、うふふ」


 シノアリスちゃんが面白がるように言う。


「それで、シンクは何してたのよ?」


「アンさんの護衛だよ。最近どこも物騒だろ」


「ふうん、孤児院で遊んでくるんじゃなかったの?」


 遊ぶ、という表現はどうかと思うのだが事実そのとおりだからなにも言えないのである。


「今日は孤児院の子供たちがいなかったんだ、それでアンさんは休日で、外に出たがってた。でも危ないだろ、ほら邪教徒のやつらとかさ」


 うふふ、とシノアリスちゃんが笑う。


 そういやこの子がそのアイラルン派の邪教徒だった。


「そう。まあ納得はしないけど理解はできるわ」


「お兄さんはデートではないと言うのですね」


「そうだよ」


「じゃあお兄さん、次は私とデートしましょうよ」


 いきなり手を絡められる。


 こいつ、また修羅場を作り出すつもりか!


 あ、顔がにやけてる。これ場をかき乱して楽しむつもりだぞ!


「しませんっ!」


 だから強い口調で断る。


「うふふ」


「シノアリス、あんまり調子に乗らないことね」


「あらお姉さん、私に有効打をくらわせられないくせに」


 シャネルがスカートの中から一瞬でナイフを抜き去る。それをシノアリスちゃんの首筋に突きつけた。


「シンクから離れなさい」


「……これは、いやはや。ちょっとまずいですね」


 シノアリスちゃんは俺から離れていく。


 やべえよ、やべえよ、やっぱりぜんぜん仲良しじゃねえよこいつら。


「お、おいシャネル」


「なあに?」


 代わりにシャネルが俺と腕を絡ませる。いやあね、胸とか押し付けられてとても気持ちよくって、素晴らしいんだけど。この状況でドキドキなんてできないよ。


「あの、私、邪魔でしたら1人で帰りますけど」


 アンさんはおずおずと提案する。


「あらいいのよ、別に。そうだ、シンクたちこれからどこいに行こうとしてたの?」


「私たち、少しだけ暇してたんですよお兄さん」


「というわけで、ね」


「連れて行ってくださいな」


 シャネルとシノアリスちゃんは交互に言う。


 なんだかんだ、随所随所では相性が良いんだが……。


「そうでしたら――」


 いや、待てよ。これもしかしてあれじゃないのか?


 察しの良い俺はシャネルの魂胆を読む。


 これで次にどこに行くかを聞いて、俺とアンさんが一緒にいるのが本当はデートであるかどうであるかを調べるのでは――。


 頼むぞ、アンさん。あんまり変なことは言わないでくれっ!


「――そうでしたら、ご一緒しましょう。あの、シンクさんにもまだ言ってなかったんですが。教皇様のところに、ヴァチカンに行こうと思ってたんです」


 その瞬間、2人の美少女(異教徒)たちの顔が面白いくらいに不満そうになった。


「これは……お姉さん」


「そうね。まさかデートじゃないわね」


 ふう、どうやらこれが最後の関門だったようだ。首の皮一枚つながったわけだな。


「4人で行きましょうよ」


「シンク、行くの?」


「いかいでか」


 俺はシャネルをからかいたくて、おどけて言う。さんざん俺を困らせてるんだからちょっとした復讐だ。


「……そう、シンクが行きたなら。そうね、私も」


「あ、あのぅ。私はちょっと用事を思い出したました。お兄さん、お姉さんがた、それでは」


 逃げようとするシノアリスちゃんの首根っこをシャネルが掴む。


「死なばもろとも、よ」


「お姉さん……あはは、冗談きついですよ」


「行くわよ」


「……はい」


 シノアリスちゃんはシャネルにすごまれて不承不承と頷いた。


「じゃあみんなで行きましょうよ」


 アンさんは先程までとはまた違った喜び方をしている。なんだかみんなで出かけるのが楽しいようだ。


 デートしているときより、下手したらこっちの方が楽しそうかもしれないくらい。


 うん、っていうか教皇様? それってめっちゃ偉い人だよな。


 会えるの?


 すごいね。



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