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204 孤児院にアンさんだけ


 朝になった。


 チュンチュン。小鳥さんおはよう。


 ニャアニャア。どっかにいる猫さんもおはよう。


 生麦生米生卵、シャネルもおはよう。


 そしてなぜか、


「お兄さん、お寝坊さんですね」


 なーんかシノアリスちゃんもいるし。


「おはよう、シノアリスちゃん。なんだキミ、泊まってたのか?」


「はい」


 昨晩のことよく覚えてないな、ワインを開けたのは覚えてるけど。


 空き瓶は、1、2,3。飲み過ぎだろ。


 いや、でも俺だけじゃないぞ。たしか……シノアリスちゃんも飲んでいたような。とうぜんシャネルも。


「キミさ、未成年だろ。ダメだぞ、飲酒は」


「なんですか、それ」


 あ、そうか。この異世界に未成年とかそういうのないのか。


 というか、よく考えたら俺だって20歳にはなってないな!


 わっはっは、異世界だし良いよな?


「さて、とりあえずこれからどうする?」


 朝ごはんのパンを手渡される。ベッドの上でももちゃもちゃと食べる。


「美味しい?」


「まあまあ」


「やっぱりパンも微妙ね、この国は」


「それでお兄さん、今日はなにして遊びますか?」


「あー、用事がある」


「「えっ!」」


 美少女2人の声がハモる。


 なんだよ、俺に用事があるのがそんなにおかしいかよ。


「昨日の孤児院だよ。今日も行くって約束したんだ」


「女に?」と、シャネル。


「子供たちに」


「うげえ、孤児院。そんな場所にいって何が楽しいんですか」


「楽しいとかじゃないんだよ。シャネル、お前はどうだ?」


「私もパス。なんていうかね、そういう可哀想な子たちを見てると寂しい気分になるのよ」


「そっか」


 よく考えてみればシャネルだって孤児みたいなもんだ。


 だから自分の親のこととかを思い出すのかもしれないな。


「あれ、もしかしてお兄さんあれですか? 孤児院で将来の伴侶を探すとかそういうやつですか?」


「なんだそれ」


「だってお兄さん、小さな子が好きですよね」


「はっ、はあぅっ!?」


 ソンナワケナイジャナイカ。


 チョットマッテヨ。


 アリエネーヨ。


「シンク、あんまり慌てると逆に怪しいわよ」


「だだだ、だってさ! シャネル、信じてくれ! 俺はお前の巨乳が好きだ!」


「むうっ……熱烈な告白ではあるけど、あんまり嬉しくないわ」


「と、と、とにかく俺はロリコンじゃない!」


「でもお兄さんときどき私の胸を見てますよね、それも舐め回すように」


「うっ!」


 バレていたのか!


「べつにシンクは私の胸も見てるわよ。ときどきじゃなくてしょっちゅう」


「うっうっ!」


 こっちもバレていた!


「ねえ、お兄さん」


 シノアリスちゃんが挑発的にこちらを見つめて、ロリにしては長い舌をだし、口の周りを舐める。


「ううっ……」


 やばいぞ! このロリ、エロいぞ!


 なぜか腹の下のあたりを抑えて、笑っている。


「お兄さん、私もう準備できてますよ?」


「な、なんの!?」


「言わせないでください……」


「いや、むしろ言ってくれ!」


 血走った目で詰め寄ってしまう。


「やあん、お兄さん。だ・い・た・ん」


 い、いかん!


 ――殺気!


 俺は振り返る。シャネルが怒髪天でこちらを見ている。


「シンク」


「はい」


「貴方が死んだら私も死ぬから」


「えっ?」


「だから安心してね」


「な、なにが!?」


「心中って少しだけ憧れてたの。素敵よね」


「だからなにがって!」


 やべえよこのメンヘラ!


「お兄さん、シノアリスを1人にしないでください。ちゃんと最後まで責任とってください」


 こっちはこっちでまた訳のわからないことを……。


 もうこうなったら――。


 三十六計逃げるに如かずだ!


 俺は脱兎のごとく駆け出す。


「あ、逃げたわ!」


狡兎こうと死して走狗そうくにらる!」


 うん、絶対意味違うね。


 でもなんか捨て台詞っぽいからはいておきました。


 いやあ、あの状況は逃げるしかないでしょ。まさに四面楚歌って感じだったし。


 なんでもいいけどさっきから故事成語ばっかりだな。


 俺はアパートを出て、てこてこと孤児院へと向かう。


 あ、まずいな。お金もってない。でもまあ良いか。


 昨日行ったばかりなので道は覚えていた。


 ので、大丈夫。ちゃんと孤児院につく。


 アーチ状の門をくぐり、


「こんちはー」


 挨拶。


 でも誰も出てこない。


 あれあれ?


「こんちはー」


 しばらくすると水色の髪の女性が出てきた。アンさんだ。


「あ、シンクさん」


「チビたちは? 剣術を教える約束だったんだけど」


「それがですね、今日はいないんですよ」


「ほう」


「大聖堂の方へみんなで見学に行っていて。エトワール様のお計らいです」


「そりゃあ結構なことで。アンさんは?」


「私はたまのお休みをもらいました」


 えへへ、と笑うアンさん。


 癒やされるなあ。普通の女の子って感じだ。どこかの変な美少女2人組とは大違いである。


「休みなのに孤児院にいるの? どこかに出かけないの?」


「出かけますよ。でもシンクさんが来るかなって思って」


「えっ?」


 まさか俺を待っていてくれたのか?


「あ、違うんですよ。そういう意味じゃなくて。あの、ほら、昨日子供たちと約束してたじゃないですか? 剣術のお稽古だって」


「ま、まあ」


「それで来たときにもぬけの殻じゃあ寂しいかなって思いまして」


「ま、まあ」


 なーんだ、そういう意味か。


 そりゃあそうだよな。


 でも一瞬、俺に好意があって待っていてくれるのかと思ったよ。はあ、期待して損したぜ。


「でも本当に来てくれたんですね。けっこう律儀なんですね」


「暇なだけさ」


 俺は肩をすくめてみせる。


「あ。じゃ、じゃあ。一緒に街に出ませんか?」


「えっ?」


 それってつまり、デートのお誘いだろうか。


 もちろん、と頷く。


 だってこんな美人さんと一緒に街を歩けるんだぜ。楽しいに決まってるさ。


「最近、街は物騒じゃないですか。なのでシンクさんと一緒なら安心ですし」


「ああ、そういうことか」


 おいおい、榎本シンク。いまさっき勘違いしたばっかりじゃないか。それなのにまたすぐ勘違いか? 本当に学習能力のないやつだな。


 でも危険なのは本当だろうしな。いまのところ狙われているのは教皇候補の偉い人ばかりだけど、普通の聖職者だって危ないんだ。


「あの、すいません。迷惑でしたか?」


「まさか。もちろんご一緒しますよ、お姫様」


 俺はおどけて片膝をつく。


 アンさんは弾けるように笑った。


「お姫様だなんて。私が? シンクさんの彼女さんの方がお姫様みたいでしたよ」


「ああ? シャネルが?」


「そういえばあの方は?」


「家で子供のお守りしてるよ」


「あ、子供がいるんですか?」


「違う違う!」おいおい、とんでもない勘違いだぞ。それ。「近所の子供がアパートに遊びに来てるんだよ」


「そうなんですか。でも恋人がいるのに私がシンクさんを独占しても良いんでしょうか」


「それ、間違ってもシャネルの前で言うなよ」


「え?」


「あいつ嫉妬深いからな。夜道で後ろから黒焦げにされるぞ」


「そ、そうなんですか」


「そういうバイオレンスな人間なんだよ、シャネルは」


 なので気をつけるように、と。


 微笑んでいるアンさんは分かっているのか、いないのか。でもまあシャネルに会わせないでおけば良いだけか。べつに振りじゃないよ。いや、本当に。


「シンクさんって冒険者なんですよね?」


「うん、いちおうね」


 ちょっと前までは馬賊やってたけどね。


「それってやっぱり大変なんですか?」


「うーん、どうだろう。俺だってべつに真面目に冒険者やってるわけじゃないからな」


「子供たちもなりたがってるんですよ、冒険者に」


「へえ」


 なんだろうか、現代日本だとユーチューバーみたいな仕事なんだろうか、冒険者って。


 はたから見れば自由気ままにやってるように見えるんだろうけどさ。


「冒険者の人に守ってもらえるなんて素敵だなって思います」


「なんだそれ?」


「だって本当に自分がお姫様になったみたいじゃないですか」


「そうかい」


 そう言われると俄然やる気が出た。


 ちょっと頑張ろうかな。


 というわけでアンさんとお出かけなのです。



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