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203 シャネルとシノアリス


 けっきょく、孤児院には夕方くらいまでいた。


 エトワールさんが帰るというので俺もその時間に孤児院を出た。なんでもいいけどエトワールさんはエトワールさんでこの孤児院に住んでいるわけじゃないんだな。


「また来てくださいね」


 アンさんはそう言うのだが、


「シンクー。またこーい!」


「今度も剣を教えてねぇ」


「明日、明日こい!」


 子供たちにも懐かれてしまった。


 エトワールさんとの勉強が終わったあと、なぜか俺が子供たちに剣術を教えることになった。俺が冒険者だと言ったら、もう子供たち大興奮なんだぜ。


 それでまあ、この様子。


 もちろん孤児院には女の子もいたけど、その子たちは「男ってバカね」みたいな顔で俺たちを見ていた。


 はい、バカです。


「おうおう、教えてやるから。お前らアンさんの言うことちゃんと聞いて良い子にしてろよ」


 自分でもなんというかジジ臭いこと言ってるな、と思う。


「はーい」


 返事はいいなあ。


 というわけで俺は孤児院を出たのだが。


 うーん、アパートに帰るまでの道が微妙に分からねえ。


 しょうがないのでアイラルンを呼ぶことにする。困ったときの神頼みってやつね。


「アイラルンや~い!」


「筋斗雲みたいに呼ばないでくださいまし」


「お、出た出た」


「人をうさぎのうんこみたいに言わないでくださいな」


「なに、いまは忙しくないの?」


「まあ、ぼちぼちですわ。それでなんですの、朋輩」


 道はあるんだけど、どこに行けば良いのかよく分からない。街のはずれといってもロマリアの街はどこもかしこも建物でいっぱいだからな。


「道がわからん。教えてくれ」


「たぶんこっちですわ」


 たぶんかい、と思いながらもいまはそれを信じるしかない。


 アイラルンの案内の通りに歩いたら、本当にアパートについた。


「さすが女神様だぜ」


「では、わたくしはこれで」


「え、入っていかないの?」


「ちょっと会いたくない人間が中に居ますのでね」


 会いたくない人間?


 それってシャネルか? まさかね。


 でも誰だろうか。


 気になっているんだけど、けれどアイラルンはすでに消えていた。最近こういうの多いな。


 あんまりアイラルンとゆっくり話せていない。ま、だからなんだってもんだけど。


 しょうがないので部屋まで行く。


 扉を開けると――。


「だからね、この服。ちょっと着てもらうだけで良いから!」


「いやですよぉ!」


 美少女2人が取っ組み合っていた……。


「なにしてんの、キミたち」


 俺は呆れてため息をつく。


 シャネルとシノアリスちゃんはどっちも服をはだけさせている。実際、目のやり場に困る。


「お兄さん、助けてください! 襲われてるんです!」


 シノアリスちゃんが俺に抱きついてくる。


 少しだけ膨らんだ胸の感触がした。


「シャ、シャネル。お前またなにしてるんだよ」


「ちょっとその子に可愛らしい服を着せてあげようとしただけよ」


「だから嫌ですって、そんな恥ずかしい格好」


「恥ずかしいですって!」


 あ、まずい。これシノアリスちゃん地雷踏んだぞ!


 シャネルが杖を取り出す。


「ま、待てって!」


 しかしシャネルは一瞬で詠唱を完了させた。


 シャネルの放った炎は蛇のように体をくねり、俺をこえてシノアリスちゃんを狙う。


 しかし、魔法のエフェクトとともにシャネルの出した蛇は消え去った。


「忌々しいわね」と、シャネル。


「危ないですよぉ」


 たいして余裕なシノアリスちゃん。


「キミたちさあ、もうちょっと仲良くしたら? そのうち通報とかされるぞ」


「通報ですかー。それは困りすねぇ」


 どこかねっとりとした口調でシノアリスちゃんはケラケラと笑う。


「まったくさあ、可愛らしい服なんだから着てくれたって良いじゃない」


「あんまり無理させるなよ」


「それで、シンクどこに行ってたのよ?」


「まあ、そこらへんをぶらぶらと」


「なんだかお兄さん、嫌なにおいがしますね」


「えっ!?」


 いやだな、臭うわけないじゃん。ちゃんと風呂は毎日入ってるぞ。


 ちなみに、ロマリアでは風呂といっても水浴びがほとんどだ。公衆浴場はあるのだけど、逆に不衛生だとかで誰も入りたがらないのだ。


 なので俺は裏の井戸で水浴びしてるんだけど……。


「たしかに、シンク。ちょっと臭うわね」


「シャネルまで!」


「女のにおいだわ。浮気、したでしょ」


「してないよ、嫌だなまったく」


「これディアタナの臭いじゃないんですか?」


「なんだよそれ」


 神様に臭いとかあるのかよ。


 あるか。アイラルンだって甘いような匂いするしな。


「あらいざらい、今日はなにをしていたのか話してちょうだいな」


「なんだよ、人に聞く前にお前こそ今日はなにしてたのさ」


「べつに、家にいただけよ。ねえ、シノアリス」


 あ、呼び捨てだ。


「そうですよ、私たちずっと家にいました。お兄さんがいないので寂しかったですけど」


 どうやら俺が出たあと、入れ替わりにシノアリスちゃんがきたらしい。


「で、シンクは?」


「お兄さんは?」


「まず、街に出た」


 それで? と2人の美少女は話の続きをうながす。


 根掘り葉掘りというのはこのことだ。


「それで演説してる聖職者がいたから聞いてた」


「この時期にですか? それって誰ですか?」


 シノアリスちゃんの目の色が変わった。憎しみのこもった目だった。


「エトワールさんって人さ。シャネルも覚えてるよな?」


「さあ、だれだったかしら」 


 そうだった、シャネルは男の人のことをぜんぜん覚えないんだった。これもう脳の障害とかじゃねえのかよ。


「いたじゃないか、あのほら。船上で。ちなみにアンさんは覚えてるか?」


「ああ、あの水色の髪の子ね。なかなか美人さんだったわよね」


 そっちは覚えてるのか……。


「そう。で、紆余曲折があって孤児院に行った。その孤児院でアンさんと再開した。はい、総集編終わり!」


 てきとうに話を終わらせる。


「ふうん、なんだかよく分からなかったけど」


「とりあえずお兄さんがそのアンさんとかいう人と浮気していたのは分かりましたよ」


「してないからね!」


 なんだよこいつら、寄ってたかって俺をイジメてさ。俺そういうの一番キライなんだからな。


 もうどうでも良いよ、と俺は戸棚から白ワインを取り出す。


 コップにも入れずにそれを飲む。


 まったく、この2人の相手は疲れるぜ。



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