202 孤児院におじゃまする
馬車が向かったのは中心街から離れた孤児院だった。
たぶん孤児院の名前だろう、アーチ状の門に看板がかかっていたが俺には読むことができなかった。
周りも建物があって、なんだか都会の住宅地にぽつんと建っている幼稚園のように思えた。
「ここは私の経営している孤児院なんです」
「へえ、慈善事業というやつですか?」
「心無い人はそれを偽善事業と呼びますがね。しかし孤児の問題はパリィだけはなく、ここロマリアでも深刻なのです。街にはストリートチルドレンが溢れ、神を信じぬ子供たちは犯罪を繰り返す」
「パリィ?」
「ええ。私は名前の通りですが、ドレンスの出身です」
名前の通り、という意味は分からないけど。もしかしたらここらへんの人からすれば名前でだいたいの出身地が分かるのかもしれない。
「ドレンスといえば、シャネル――俺と一緒にいた女の子もドレンス出身ですよ」
「ああ、そうなのですか。どおりで洒落た服を着ていると思った」
「ドレンスの人はみんなお洒落が好きなんでっすか?」
「もちろんですよ、ドレンスは恋とお洒落の国ですから」
そういえばシャネルも昔そんなことを言ってたな。
「でもエトワールさんは?」
「私は聖職者ですので、そのどちらも程々にしておりますがね」
いたずらっぽいウインク。案外茶目っ気のある人かもしれない。
孤児院の土地の隅っこに停まった馬車を、囲むようにして子供たちが集まってきた。
「エトワールさまー!」
「こらこら、あんまり近づくと危ないですよ」
子どもたちにも好かれているようだ。
エトワールさんが降りてから、俺も馬車を降りる。なんでもいいけど馬車に乗るのって疲れるなと最近は思う。自分で馬を乗り回してるほうが楽なくらいだ。
「あれー、お兄ちゃんだれー?」
目ざとく子供がこちらに来る。
「この方は私の命の恩人ですよ」
いや、まあそうかもしれないけど。あらためて言われると照れるな。
「すげー」
「すげー」
「すげー」
なにが凄いのか分からないが褒められる。子供たちには結構好かれる男、榎本シンクです。
「ねえねえ、これ本物?」
子供の1人が俺の刀を触る。
「本物だぞ、あんまり触るなよ。ひょっとすると指が落ちるぞ」
「こわーい!」
子供たちは離れていったけど、すぐに近づいてきてまた刀を見る。
まあ小さい頃ってこういうの興味あるからね。
ふと見れば建物の中から特徴的な水色の髪の女性が出てきた。アンさんだ。
「エトワール様、また護衛もなしに外出したんですか!」
アンさんは慌てた様子で馬車の方へ走ってくる。
「いえ、アン。今日はとびっきりの護衛がいましたよ」
「え?」
俺はどうも、とアンさんに頭を下げる。
「こんにちは」
「あ、シンクさん。お久しぶりです」
ペコリ、と頭を下げるアンさん。うん、つむじの先っぽまで水色だ。なんだか透き通っていて、この世のものとは思えない髪色。
「今日は榎本さんのおかげで命拾いしましたよ」
「まあ、まさかまた襲われたんですか!」
「ええ」
「昨日怪我をしたばかりじゃないですか!」
あ、やっぱり怪我することもあるのね。さすがに外出控えれば良いのに。
「けれどまだ生きています。大丈夫ですよ」
「死んでからじゃ遅いんですから!」
たしかにそうだな。
「まあまあ。お昼ご飯は食べましたか? もしあればなのですが、榎本さんの分もだしてあげられないでしょうか」
「そりゃあ量はたくさん作ってますから」
「え、お昼をごちそうに?」
なんだか悪いなあ。
人の家でご飯食べるのって得意じゃないぞ。そういうのに得手不得手があるのかは知らないけど。
「せっかくなのでどうぞ」
「お昼だ!」
「ごはんだー!」
子供たちははしゃぎだす。
どんな場所にいても子供というのは無邪気でいいなあ。
でもここは孤児院なんだよな、ということはこの子たちはみんな親がいないわけか。もしかしてアンさんも?
「どうしました?」
目が合ってしまった。
「い、いえ。べつに」
慌ててそらす。
ドキッとした。
なんというかアンさんって正統派の美少女なんだよな。
シャネルみたいに巨乳ってわけでもないし、シノアリスちゃんみたいに小生意気なロリってわけでもないし。ただただ美女。
朝ドラの主役とかにいそうだよ。
「食堂へ案内します、どうぞ」
「あ、はい」
やべえな、久しぶりにコミュ障が発揮されてるぞ。
今日のアンさんはローブで顔を隠していない。片目は髪で隠れているが、それ以外の部分はあらわにしている。
きれいだなあ……。
昼食は広い食堂でおこなわれた。子供たちは思ったよりも人数がいて、ざっと1クラス分くらい。大人の姿はエトワールさんとアンさん。あとはメイドのおばさんくらい。
メイド、といってもあれよ年寄りだよ。
俺としては若い女の人が良かったのですがね。
「では皆さん、ディアタナ様に感謝をして――」
質素なご飯を食べる間も、子供たちは嬉しそうにはしゃいでいる。
エトワールさんもそれを注意することなくニコニコと笑っていた。
食べ終わるとそれぞれが皿を下げていく。偉いなあ、子供なのに。俺、皿の上げ下げなんてしたことないぞ。全部シャネルがやってくれるから。
「お口に合いましたか?」と、アンさんは不安そうに俺に聞いてきた。
合うも合わないも、ただの質素な昼食。
パンと野菜と、具材のあまり入っていないスープだったけど。
「美味しかったですよ」
これが大人の対応です。
「良かった」
「いつもあんなパーティーみたいなもの食べてるわけじゃないんだね」
「言わないでくださいよ、あれはエトワール様の開いたパーティーです。でも、残ったものは持ち帰りましたよ。みんなで食べました」
「喜んでただろ?」
「はい、とっても」
ねーねー、遊ぼうよと子供たちが俺の袖を引っ張ってくる。
良いぞ、と頷くのだが。
「あら、ダメですよ。午後からはエトワール様とお勉強をする約束でしょう?」
ほうほう、勉強まで教えているのか。
まあそうだよな、孤児院ってこの子供たちからすれば自宅であり学校でもあるんだよな。
「えー、やだぁ。勉強嫌いだー!」
「こらっ! エトワール様が忙しい時間を割いてくれるんですから!」
「そうだぞ、勉強は大切だ。勉強しないとお兄ちゃんみたいになるぞ」
って言っても、わからないか。
「ねえねえ、お兄ちゃんとアンお姉ちゃんは恋人なの?」
「はあ? なに言ってるんだ、このガキ」
「だって仲良さそうだしー」
子供ってすぐそういうバカなこと言い出すよな。あはは。
終わったら遊んでやるから、と子供を追い払う。
俺たちは2人で顔を見合わせた。
「す、すいません」
と、アンさんは謝る。
「いや、こちらこそ」
な、なんなのだこの雰囲気。
変な感じだぞ……。
ゲホン、ゲホンと咳払い。まあ、良しとしますか。




