199 買い物、そして爆発
「お兄さん、お兄さん。そのスキル、どうなってるんですか?」
「え?」
スキルってなんのことさ。
いや、そりゃあ分かるけど。
「お兄さんのスキル、すごいですね。どうしてそんないくつもあるんですか?」
シノアリスちゃんは俺に甘えるように手を絡めてくる。
それに対抗してか、シャネルももう一方の手を掴んでいるのだが。
文字通り両手に花だ。
「貴女、鑑定系のスキルを持ってるの? めずらしいわね」
「そんなことないですよ、めずらしさで言えばお兄さんのほうがよっぽどです。だって6つもスキルを持ってるんですから――それ、アイラルン様にもらったんですか?」
なぜ分かる? と、俺は答えそうになる。
しかし理屈ではないのだが、この女の子にはそのことを隠したほうが良いように思えた。
「さあ、どうだか」
てきとうに誤魔化す。
「なに、シンク。またスキル増えたの?」
「いちおうね」
俺のスキルは復讐を果たせば果たすほどに増えていく。相手のもっている『女神の寵愛』のスキルを吸収とでもいえばいいのだろうか、とにかく取得していくのだ。
それに対していままでそう不思議には思わなかった。けれどこの異世界ではスキルは1人3つまでという決まりがある――それは女神ディアタナが決めたものらしい。
「『女神の寵愛』だなんてアイラルン様にそうとう愛されていますね」
「迷惑なだけさ」と、否定する。
シノアリスちゃんは笑いながら俺の脇腹に頬を擦り寄せてくる。まるで小動物が甘えるように。
「私、因業な人間って大好きです。ですからお兄さんもお姉さんも大好きですよ」
うーん、可愛らしい女の子に好きって言われるのは嬉しいのだけどシャネルさんの目が怖いです。
「浮気ね、間違いなく」
「いや、シャネル待て。お前のことも好きって言ってるんだぞ」
「関係ないわ」
そうか、関係ないのか。
「お2人は仲が良いんですね」
「そうよ、泥棒猫が入る隙間なんてないほどに」
なんでもいいけどどろぼうかささぎってなんだったか? よく覚えてないな。
はっ! まずい、あまりのことに思考が現実逃避をはじめている。
まったくさ、勘弁してくれよ。いきなり現れた美少女が熱烈なラブコールしてくるだなんて、いまどきエロゲでもそんな展開ないぞ。
「それでどこに買い物に行くんですか?」
「べつに、ただの昼食の買い出しよ」
あ、そういやいま何時だ? 起きてしばらくした時間だけど、お腹が減ってるなあ。
3人で歩いていると、道に大穴が開いている場所があった。
そこに人が集まっている。
「おいおい」
俺は人垣と見るや、野次馬をしてしまう性分だ。
どいてどいて、爆心地ともいえるその場所を近くで見ようとする。
「まあ、誰がやったのかしら」
白々しくシャネルが言う。
「こんなのくらった人がいたら、普通なら死んでますよねー」
シノアリスちゃんも恨み言をひとつ。
「なあお前ら、これ誰かに見られてたりしないだろうな」
嫌だぞ、あとから警察とかに押し入られて賠償金をはらえなんて言われるの。
「たぶん大丈夫よ」
にしてもこれ、すげえな。地面がえぐれている。
これ怪我人とかいないんだろうな。
「爆弾ねえ……」
こんな威力の爆弾を抱えて、ターゲットに突っ込むってかなり勇気がいるよな。だって絶対に自分が死ぬわけじゃないか。自爆テロってのは恐ろしいぜ。
「さて、そろそろ飽きました。さっさとお買い物に行きましょう」
なぜかしきるシノアリスちゃん。
「そうね」
と、シャネル。
いつの間にか俺の両方から美女たちは離れている。
歩いていく2人を見て、なんだか仲の良い姉妹に見えることに気がついた。
やっぱりこの2人は相性が良いのではないだろうか?
というかシノアリスちゃんはすごいな、いつの間にか俺たちの間に入っているぞ。いやいや、おかしいだろ。さっき会ったばっかりだぞ?
でもなんでだろうな……どうも他人のように思えないんだよなぁ。
なんなんだ、この子は?
「どうしたんですか、お兄さん。そんなに私のことを見て」
「いや、キミ、姉妹とかいる?」
「一人っ子ですよ。なんです、新手のナンパですか?」
「まさか」
俺だってこんな小さな子をナンパするほど落ちぶれちゃいない。
やっぱりこの子……アイラルンに似ているんだ。そのせいで旧知の仲に思えるのだ。
そういやアイラルンはシノアリスちゃんのことを知っていたみたいだし、もし次会ったら聞いてみるか?
いや、そんなことよりさ――。
俺はどうしても気になっていることがあるんだ!
「なあ、そのリボンどうなってるのさ?」
「はい?」
「いや、だってさっきさ。シャキンッ! って。シャキンッ! って剣になってただろ!」
「……そこ、そんなに気になります?」
「気になるだろ!」なんせガリアンソードだ。「シャネルも気になるよな!」
「え、べつに?」
嘘だろ、おい。
もしかして俺が男の子だから気になってるだけ?
いや、まあでもそうね。ガリアンソードって言っても本家みたいな蛇の骨みたいなのの方が人気だよな。リボン状のが固形化するのはある意味では邪道か。
「いいなあ、俺もほしいな」
「あげましょうか?」
シノアリスちゃんはリボンをほどき、俺に手渡そうとする。
え、いいの? と、受け取ろうとしたところでシャネルに手を叩かれた。
「浮気!」
「えー」
「そんなに欲しいなら私のリボンをあげるわよ」
「いや、それはいらないよ」
いらないよな?
「それならシンクだってそんな変なリボンいらないでしょ。自慢の武器があるんだから」
「まあそうなんだけど」
ちなみに俺がいま持っている武器は2つ。
ドモンくんに作って貰った刀――クリムゾンレッド。
ダーシャンから借りていたモーゼル――人はこれを借りパクと言う。
やっぱり異世界と言ったら日本刀と自動小銃だよね!(偏見)
「お兄さんは、強いですか?」
「え、強いかって?」
さあ、どうだろうか。
弱くはないと思う。
少なくともあちらの世界にいたときよりは――。
「お姉さんは十分な実力がありました。で、お兄さんは?」
「シンクは私なんかよりもずっと強いわよ」
いや、なんだろう。あらためてシャネルにそう言われると照れるな。
「そうなんですか」
シノアリスちゃんは目を細めて俺を見つめる。
その視線がどこか蠱惑的で、俺はドキドキしてしまう。
おかしいな、こんな小さな女の子に興奮するだなんて。ロリコンであることは断崖の寸前で認めていない俺だ。どちらかといえば興奮うんぬんについては巨乳に対しての方が多かったのに。
買い物をするのは良いのだが、俺はいつも荷物持ちだ。
たくさんの食料を買い込む。
2人の美少女はあれが食べたいこれが食べたいというのだが、俺からすればそんなに食べて太ってしまうのではないかと心配だ。
なんでもいいけどさ、デブなヒロインってこの世にいるのだろうか?
あんまり見ないけど。
とくにライトノベルだと。
ぱっと思いつくのは村上春樹の『世界の終わり――』くらいかな。いや、あれがライトノベルであるかという問題があるのだが。
まったく引きこもりというのは時間ばかりがあるものだ。だから本ばかり読んでいたのだけど、異世界にきちまえばクソの役にも立たないのである。
なーんてくだらないことを考えていて、買い物はだいたい終わったようだ。
別にロマンチックな買い物じゃないしな、こんなの。
この世には2種類の買い物がある。つまりはロマンのある買い物か、ない買い物か。
例をだすと恋人と行く買い物。男としてはつまらないかもしれないが、好きな人が真剣に服を選んでいるとする。それは間違いなくロマンチックな買い物である。
ロマンのない買い物というのは、日常の買い物である。誰が近所のスーパーに夜ご飯を買いに行くのにロマンを感じるというのだ?
ただし新婚生活の場合はこの限りでもない。
「ねえシンク、夜はどこかで食べましょうか」
「それは良いけどさ――」
じゃあせっかく買い物したこれはなんだというのだ?
いっかい家に置いてくるつもりか?
「あ、お兄さん」
ん? と振り返る。
シノアリスちゃんは俺たちから少しだけ離れた場所に立っていた。
そして恥ずかしそうにもじもじしている。
「なに?」と、シャネル。
「そちらの通りは今日、行かないほうが良いですよ」
「なんでだ?」
「それはですね、うふふ」
意味が分からない。
だってこっちの通りに雑貨屋があるんだ。テーブルクロスでも買おうという話をしていたところなんだ。
理由もなしに通らないほうが良いと言われても――。
一步踏み出そうとした俺。
「あっ!」
しかし、その瞬間だった。やけに嫌な予感が電流のように俺の脳を突き刺す。
「どうしたの?」
シャネルは心配そうに俺の顔を覗き込む。
「まっずいな……」
第六感だ、これ。
この感覚、この通りを歩けば悪いことが起きそうだ。
俺はシノアリスちゃんを見る。ニコニコしている。ただそれだけだ。
好きにしていいですよ、という感じ。でも――。
「おい、シャネル。やめるぞ、雑貨屋はまた今度だ」
「ええ良いわよ」
そうと決まればさっさとこの場所を離れるべきだ。
そう思ったとき、馬車が通りで渋滞していることに気がついた。
「ああ、早く行きましょう」
シノアリスちゃんが俺の手を引く。
少しだけ焦っているようだ。
「なにかしら? あの馬車は」
「なんでも良いですから」
なんでも良いってことはないだろう。だってあの馬車から嫌な予感がするのだ――。
次の瞬間、爆発が起きた。
まず光があった。
次に音がして。
少しだけ遅れてば爆風が俺たちを吹き飛ばそうとする。
「くっ!」
俺はとっさに前に出てシャネルとシノアリスちゃんを守ろうとする。
飛んでくる石や砂埃。木材の破片。それを刀で防ぐ。
「おいおい、マジかよ」
まさか本当にこんなことが起こるとはな。
「おい、シノアリスちゃんを――」
キミは何を知っているんだ、と聞こうとして振り返った。
しかしそこに紫色の髪をした少女の姿はもうなかった。
「……逃げたわよ」
「逃げたっ!?」
いやいや、なんのことさ。
でもたしかにいないし。
「どういうこっちゃ」
俺は刀をしまう。
さあ、どういうことかしら、とシャネルも首を傾げるのだった。




