198 押し売り少女、シノアリス
アパートに入った少女は真っ直ぐこの部屋に向かってきている。
そんな予感がした。
「おい、シャネル。どうする」
「どうもこうも、こうなったらやり合うわよ」
「え、やり合うの?」
いったい全体どういうことなんだぜ。
あの少女と戦わなければいけないのか?
「強いのよ、あれで。たぶん本気でやれば消し炭にできるでしょうけど、そんなことしたらここまで戻ってこられないでしょ? だから爆弾でお茶を濁したんだけども――」
まさか追ってくるとは、ということか。
「いや、でもさ。そもそもなんでからまれたのさ」
「……いきなりね、言われたのよ」
「なにを?」
「『貴女のために祈らせてください』って」
……おいおい。
それってもしかして。
「あの子、宗教家か?」
「そうみたい」
まったくどうなってるんだよ、この街。
「ディアタナとかいう女神、一回会ったら文句言ってやる」
厄介ごとばかり!
「いいえ、シンク。あれは違うわ」
シャネルは杖をぬきはなち、答える。
「違う?」
「あれ――アイラルンを信仰してる異教徒よ」
あの邪神が!
あいつのせいじゃねえかよ。つまりなんだ、この前のテロリストみたいなもんか?
「なんでシャネルを狙うんだよ!」
意味が分からない。
なんて会話をしているうちに、おいおい。とうとう部屋の前まで来たみたいだぞ。
トントン、となかなかどうした。真面目に扉がノックされる。
「お姉さん、ひどいですよ。逃げちゃうんですから」
おう、なかなか可愛らしい声だ。
幼いくらいにちょっと小生意気そうで……俺ちゃんなかなか好みであります!
「逃げたとは言わないわ、誘い込んだのよ」
先制攻撃はシャネルだ。
扉越しに火球を撃つ。
「おい、バカ! アパートが壊れるぞ!」
ついでに扉の前にいる女の子死ぬぞ!
と思ったら。
扉が壊れ、しかしそのさきにいた少女は――無傷だ。
「またですか、お姉さん。私も疲れてきましたよ」
少女はどこか眠た気な目で俺たちを見ている。
その口元には余裕の微笑が浮かんでいた。
「シンク、頼むわよ」
「え、なにを?」
「挟み撃ちにするわ」
「え、なんで?」
「もうっ、あの子を殺すんでしょ!」
「ぶっそうだな、おい!」
やめてくれよ、そういうバイオレンスなの。
俺は嫌いなんだよ。いや、本当に。俺は今日オフの日なんだって。まさか殺し合いなんてしたくないんだって。
「ほら、シンク行くわよ!」
「行かねえよ!」
そんな俺たちの様子を見て、少女はクスクスと笑った。
「で、けっきょく来るんですか? 来ないんですか?」
「いくわよ」
シャネルが杖を構えた。
やれやれ、ここはとりあえずある程度やるフリをしてなあなあで終わらすか?
けれどこの女の子……先程からヘラヘラ笑っているようだが凄まじい殺気を放っている。
もしかしてこれ、マジで殺し合うのかよ?
俺は刀を腰だめに構える。
「やっとやる気になった」
と、シャネルは満足そう。
「できるだけ怪我はさせない方向でな」
だって、うん。この女の子可愛いし。
小さな身長に大きな態度!
胸はない――ように見えてじつは小ぶりだが膨らみがある!
声もグッド!
いちおう言っておくが俺はロリコンではない。
「ロリコンではないのです」と、声にもだす。
ギロリ、とシャネルが俺を睨んだ。
「そういえばシンク、少女趣味だったかしら?」
「チガイマス」
声が裏返った。
本当に違うんだからね! でも言えば言うほど怪しいのでもう弁解はやめた。
代わりにマジマジと少女を見る。
なんだ、この子? だぼついた黒のカーディガンにギンガムチェックのミニスカート。この異世界じゃほとんど見ないほどに現代的な格好だ。
「シンク、あの服……」
シャネルも不思議な服だと思ったのだろうか?
「ああ」
「可愛いわね」
違った。
ただのファッションチェックだった。
「知るかよ、お前はゴスロリ着てろ」
「ゴスロリって?」
衝撃! この世界にはロリィタファッションはあってもゴスロリという言葉はなかった!
まあなんだっていいや。
それにしてもこの少女、丸腰だぞ。
いったいどうやってシャネルの魔法を防いだんだ?
そう思っていると、少女は頭のリボンをほどいた。それで髪型が変わることはなく、ただシルエットが変化しただけだった。
少女はリボンをふるう。
リボンは鞭のようにしなり、壁や床にあたりながら甲高い音をだす。
鞭使い? ロリな女王様か?
しかし、そのリボンは一瞬にして剣へと早変わりした。
「ガ、ガリアンソード!」
初めて見た!
思わず感動で叫んでしまう。
いわゆる蛇腹剣とも呼ばれる、鞭が一瞬にして剣に変化するギミックを持つ、往年のロボットアニメファンだけではなく各方面においても大人気の武器だ!(早口)
「まったく、押し売りはお断りよ」
シャネルがすばやく魔法を唱え、小さな鳥のような炎を5つ6つ一気に飛ばす。
だがその炎の鳥は少女に到達することはなく中空でかき消えた。
「良いじゃないですか、私たちきっと相性ばっちりですよ。同じアイラルン様を崇める者どうし――」
「あいにくとね、私はアイラルンを崇めてはいないの。ね、シンク」
「そうだな」
まあいちおうね。
むしろほら、扱い的にはあっちの片思いだろ。まったくモテル男はつらいね。なんて。
「つうかキミさ、どうしてシャネルを追うのさ」
いや、初めての経験で俺としても新鮮なくらいなんだけどね。なにせシャネルが勢いで押し負けてるんだから。
「そりゃあそのお姉さんが素敵に因業でしたので――」
そのとき、少女はまじまじと俺を見た。
見て、そして頬を染めて、ガリアンソードの剣状態と呼べるものをとりやめた。
そこからなにをすると思えば、いそいそとリボンを結び直す。
殺気も消えた。
「なによ、やり合わないの?」
「あっ……はい。その……」
なぜだ? 上目使いで少女は俺を見ている。眠た気でありながらも、しかし期待のこめられた目だ。
「なんだよ、じっと見て」
照れるじゃないか。
「……私よりも因業な人間を初めて見ました」
「え?」
いまなんて?
「ほら、これよ。こんなこと言うのよ最低でしょ?」
「お姉さんも十分に因業な人だと思ってましたけど、まさかここまでとは。あのぅ……お兄さん、名前を教えてくださいませんか?」
いきなり個人情報を聞き出そうとしてきてるぞ、この子。
なんだよ怖いな。
「言っちゃダメよ、シンク」
……おい。
「お兄さん、シンクさんって言うんですか?」
「あ、ごめん。シンク」
「お前もしかしてバカなのか?」
いや、抜けてるだけだよな。旅の道連れがバカって困るぞ。いや、でもこの1年くらい問題はなかったか。
少女は照れたように髪をいじっている。
ああ、もう。こうなれば毒を食らわばなんとやらだ。
「それで、キミの名前は?」
「あ、申し遅れました。私、シノアリスと申します」
ペコリと頭を下げる少女――もといシノアリスちゃん。
シャネルはやれやれと肩をすくめた。
「とりあえず剣を引くつもりね。ついでにそのまま帰ってくれればありがたいのだけど」
「お姉さん、そうは言いますけど先に手をだしたのはそちらですよ」
あっ?
「おい、シャネル」
「さて、なんのことでしょうか」
とぼけてみせるシャネル。おいおい、そりゃあそうだよな。こんな可愛らしい女の子がいきなりシャネルに襲いかかるわけないよな。
「酷いんですよ!」シノアリスちゃんは俺の腰回りに抱きついてくる。「このお姉さん、私が話しかけたらいきなり魔法をボンっ、て!」
「シャネル、本当か?」
「だって鬱陶しかったんだもの」
「だとしてもさあ」
「でも結果的に無傷だったでしょ。それ、解除の魔法よね。どうやってるのよ」
「ただの体質ですよ」
うふふ、とでもいうようにちょっと大人っぽく笑うシノアリスちゃん。
うんうん、どうやら仲直りできたのか?
そもそもなぜ仲違いしていたのかよく分からないけど。
「とりあえずこれで危険なことは無しだ。はあ……疲れた」
せっかくどこか遊びに行こうとでも思っていたのに。
というかシャネル、買い物は? できてないな、この感じだと。手ぶらのままだし。
「お兄さん、お姉さん。とりあえず私と一緒に来てくださいよ。2人のことみんなに紹介しますから」
「行かないわよ。私たちはこれからお買い物に行くんだから」
あ、やっぱり買い物まだだったのね。
「じゃあ私もついていきますよ」
なぜかそういうシノアリスちゃん。
なんだろうか、この雰囲気。誰かを思い出しそうだ。
あ、わかった。アイラルンだ。あいつに少しだけ雰囲気が似ているのだ。
だからなんだってもんだけど。
シャネルは嫌そうな顔をしながらも、しかしなにも言わなかった。もしかしたら――案外と気に入っているのか?
さもありなん。
なにせシャネルは俺と同じ、可愛い女の子には優しいからな。




