197 アイラルンの信者
というわけで、依頼もなんなくこなした。
けっきょくその日、エトワールさんを襲った暴漢は1人だけだった。
俺たちは夜の遅くまで船にいて、空があけ白んだような時間にやっと家に帰ることができた。
「うげ……気持ち悪いぜ」
「おやすみなさい」
ベッドにゴロンと横になると、そのまま眠ってしまった。
シャネルが布団をかけてくれたような気もしたが、そんなこと考えられないくらいだった。
そして、朝――。
起きてみるとシャネルがいない。
部屋のテーブルの上には置き手紙があった。
「……読めねえよ」
あいつバカかよ。
俺はこの国の文字が読めないんだってば。
しょうがないのでアイラルンを呼ぶ。
「おおい、女神様」
「ハイ、ナンデスノ?」
なぞの裏声で現れるアイラルン。
いや、マジでなぞなんだけど?
「あのさ、これなんて書いてあるの?」
「エットデスネー」
「あのさ、その裏声うざいからやめて」
「あら、朋輩。これディアタナの真似ですのよ」
「知らんよ」
会ったことのない人の真似とかされても反応に困るからね。そもそも似てるのかどうかも分からないからね。
アイラルンは長い金髪をテーブルにたらして置き手紙を読む。
「ふむ、どうやら朋輩は愛想を尽かされたようですよ」
「冗談だよな?」
「冗談です」
ふん、だと思った。
いや、顔には出してないけど内心ではホッとしてますよ。
でも良かった、とうとう来るべきときが来たかと思っちゃったぜ。
「で、なんて書いてあるんだ。真面目に」
「えーっと、ただの買い出しです」
「あいつすげえな。いつ寝てるんだ?」
俺はまだ少し頭が痛いくらいなのに。
あ、でもシャネルは昨日アルコールを飲んでないのか。じゃあそこまでおかしくもないのか?
「朋輩は起こすと悪いからそのままにしておくそうです。あ、ベッドの下にお金があるそうですよ」
「ほうほう」
ベッドの下をあさる。
たしかにコインの入った巾着を発見した。
「やった、小遣いだ」
「シャネルさんは甘やかして男をダメにするタイプですね。わたくしなら絶対に朋輩にお金は渡しませんわ。無駄遣いしかしなさそうですもの」
「うるせえ。こっちからすればお前のほうが願い下げだよ。あ、というかさ」
「なんですの?」
「お前の手下っていうの? 信者たちがいま暴れてるんだよ。知ってたか?」
「そりゃあ、いちおうそこらへんにアンテナは張っておりますよ」
「やっぱり邪神様は違うなぁ~」
「朋輩、わたくしは断じて邪神ではありません。朋輩だってホモサピエンスではなくネアンデルタールだと言われたら嫌でしょう?」
「え、ちょっとまって。ホモサピエンスとネアンデルタール人って違うの?」
「違いますよ」
「マジかよ」
よく知らなかった。
え、人間ってあれじゃないの?
猿人からクロマニョン人になって、ネアンデルタール人になって、ホモサピエンスに進化していったんじゃないのか?
俺は考える。
考えて、考えて。
ま、どうでもいいか。
考えてもどうしようもないことは考えないに限ります。
「にしてもなあ、お前に信者がいるっていうのもなんだか不思議だな」
「あら朋輩、これでもわたくしは一柱の女神ですわよ」
「だってねえ……」
そりゃあアイラルンは美人だけさ。
こいつを敬うか? 信仰するか? 俺ならしないね。
なんていうかアイラルンって俺にとって親戚のお姉さんみたいな感じなんだよな。いや、説明が下手で悪いけどさ。
たしかに恋愛対象――初恋の相手とかにはなるかもしれないけどさ。その人がよそで評価されてるのがまったく想像できないっていうか……。
「どうなの? やっぱり信者たちに手を貸したりしてるの?」
俺にやるみたいに。
「まさか」
しかしアイラルンは首を横にふる。
薄情な女神様だ。
「なんでさ、みんなお前のことが好きで信仰してるんだろ?」
「だって朋輩、考えてみたくださいまし。アイドルがファンの人間みんなに愛想をふりまいたとしても、そのファンに肩入れしたりしますか?」
「うーん」
なんだろうか、アイラルン=アイドルという方程式には不満があるが、やけに説得力はあるぞ。
「わたくしにだって手を貸す人を選ぶ権利くらいありましてよ」
「つまり俺は幸運だったわけだ」
「あるいは不運だった」
なに言ってんだこいつ、と俺は笑う。
この俺が不幸だって?
たしかにあっちの世界ではそうだったけど、少なくともこの世界に来てからは幸せさ。
なんせ――憎い相手に復讐できているんだからな。
「よし、シャネルもいないしアイラルン。どっか買い物に行くか」
「散財の間違いでは?」
俺は巾着袋をくるくると手で回す。
さてはて、なにをしましょうか。
そう思った瞬間、いきなり地の底が震えるような、
――ドンッ!
という音がした。
「きゃっ!」
アイラルンは驚いて叫んだかと思うと俺に抱きついてきた。
むにゅん、と柔らかい感触がした。
なかなかどうした、いつもはゆったりとしたローブに隠れているので分かりにくいが、アイラルンのやつもなかなか胸があるのだ。
というか、いきなりだったもので俺はベッドに押し倒された。
「お、おいっ!」
「なんか音しましたわよ!」
「重いぞ、バカっ!」
「お、重いですって!」
アイラルンは俺に馬乗りになり頬を膨らます。
「離れてくれよ」
「……あれ、朋輩」
アイラルンの体重が俺にかかっている。
下腹部のあたりに温かい感触がある。
シャネルのものとはまた違う甘い匂いが鼻孔をくすぐる。
「な、なんだよ」
「朋輩、もしかして童貞ですの?」
「いまさらだなっ!?」
え、なに。いきなり。
というかあらためて聞かれると恥ずかしいぞ、これ!
「だと思いましたわ、こんなにドキドキしていますもの」
「うるせえな」
俺は下半身の力をつかって、ぴょんとカエルのように起き上がる。
アイラルンはなされるがままに転がった。
そしてベッドの上で妖艶に笑う。
「朋輩ったら恥ずかしがり屋さんなんですから」
「うるせえ」
あんまり言うとぶつぞ、と拳を振り上げる。もちろんふりだ。
なんというか、アイラルンと話すときはシャネルと話すときよりもさらに気がおけない。
美人なんだけどね、話してて楽なんだ。
「にしても先程の音、なんだったんでしょうか」
「知らねえよ」
爆発っぽかったんだけどな……。
え、爆発?
「朋輩……もしかして」
「うむ、なんだか俺も嫌な予感がしてきた」
なにせ俺の第六感はアイラルンからもらったスキルだからな。外れることはまずないのだ。
爆発といえば?
そうだね、芸術だね。
いや、違う。
俺のツレ、シャネル・カブリオレだ。
あいつまさか外で魔法をぶっ放したんじゃないだろうな。
「なにかあったんでしょうか?」
「心配だな」
俺は刀を腰にさす。すぐにシャネルを探しに行かねば。
なんて思っていると……。
トタトタという足音がして、勢いよく扉が開け放たれた。
「はあ……はあ……」
シャネルだ。
かなり息をきらしている。
なんだかエロいぞ。
「どうやら怪我ないようですわね」と、アイラルン。
たしかに、シャネルの服は少しだけコゲているがどこも怪我をした様子はない。
「ひどい目にあったわ……」
シャネルは開口一番そういう。
「おかえり。どうしたんだ」
というかさっきの爆発、やっぱりシャネルだったのか。
「変な娘に絡まれたのよ」
「え、男か?」
だとしたら俺、嫉妬しちゃうんだけど。
「それが違うのよ。ちっちゃな女の子」
女の子ぉ?
「なかなか危ない感じの女の子だったわ」
「危ない?」
え、この世にシャネルより危ない女なんているのか?
いや、いない(反語)。
「とりあえず巻くためにこの前の爆弾をつかったのだけど……ちゃんと逃げられたかしら?」
「爆弾?」
ってあれか、船上でテロリストが使おうとしてたやつ。
え、あれ使ったの?
もしかして外、ひどいことになってるんじゃないのか。
シャネルは窓際に行き外を見る。
それにアイラルンもついていく。ちなみにアイラルンの姿は俺にしか見えません。
うむ、美少女が2人並んでいる光景はすばらしいな。
銀と金の髪はどちらもきらい。
それに顔ね、どっちも美人。
でもその美貌が、同時にゆがんだ。
「……まさか? ついてきてる」
と、まずシャネル。
「げ、朋輩。あれはまずいですわ」
と、アイラルン。
なんだ、まさアイラルンも知ってる人なのか?
どれどれ、と俺も外を見てみる。
たしかにいる、女の子だ。二階の部屋からなので身長はよく分からないが小さそう。
「紫色だ……」
髪の毛の話です。
すげえな、ロマリア。いろいろな髪色があるんだな。
「朋輩、悪いのですがわたくしはドロンさせてもらいますわ」
ニンニン、とよく分からないことを言ってアイラルンは煙のように消えた。
部屋には俺とシャネルだけ。
そしてアパートの外には謎の少女。
いや、マジで誰?
「シンク、あれどうにかしてよ」
「え、無理だろ」
シャネルがどうにもできない人間を俺がどうにかできるわけがない。
しかし少女は俺たちに逃げる時間も与えない。そのままアパートへと入ってくるのだった。




