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196 パーティーのテロリスト


「あの、私アンって言います」


 アンさんはペコリ、頭を下げた。


 シャネルはそんなアンさんのつむじを冷たい目で見つめる。


「そう。貴女、シンクのなに?」


「なんでもないって、シャネル。昨日言ったろ、街でたまたま助けた人」


「ふうん」


 疑っているのかよ。まったく、俺に女の子を口説くようなことができるわけないだろ。


 アンさんは困ったような顔をしている。さっさと逃げれば良いものを、どうやらそのつもりはないようで。


「あなた、聖職者?」


「あ、はい。シスターです」


 どうでもいいけどシスターって姉とか妹って意味もあるよな。頭おかしいよな、姉と妹が同じ単語で済ませるって。だって姉と妹ってぜんぜん違う存在だろ?


「……じー」


 なんだ、シャネルのやつ。


 なんでわざわざ自分で「じー」って言ってアンさんを見ているんだ?


 あ、これまさか!


「貴女、可愛いわね」


 このパターンか!


「えっ?」


「奇麗な目をしてるわ、もう一方の目も見せてくださらない?」


「あ、いえ。それは――」


「お、おいシャネル」


 まあ怒り狂って修羅場になるよりは良いんだけどさ。でもこれはこれでどうかと思うぞ。だっていきなり人様のファッションをダメ出ししてるんだから。


 いや、修道服はファッションというかなんというか、制服だからな。ただの。


「そんな辛気臭いローブ着てないでもっと可愛らしい服着てみたらどうかしら?」


「えっ? えっ?」


 アンさんは俺に助けてくれという視線を送ってくる。


 無理ですよ。


「私のお古いで良いなら――」


 シャネルが何かを言おうとしたとき、わっと歓声が上がった。


「なんだぁ?」


 この場を乗り切れるのではないかという期待をこめて声の方を向く。


 どうやら有名人を囲んでいるようだ。


「ああ、司教様ですね」


 ほう、人垣になって見えないがどうやらこのパーティーを主催した人が来たのか。


「司教ねえ。ずいぶんと偉いのね、まさか今度のコンクラーベに?」


「はい。司教様は今度のコンクラーベで大司教――つまりは教皇様になる可能性のあるかたですよ。私は絶対に司教様、がなれば良いと思ってるんです」


 ほうほう。


 ――おや?


 俺は嫌な予感を覚える。


 一人の男が遠巻きに人垣を見ている。


 怪しい。


 なぜかって? 勘だよ。


 いや、それじゃあ無茶だよな。厳密にいえばこのパーティーに男一人でいるということが怪しいのだ。


 俺は刀に手をかける。


「誰か気になるの?」と、シャネルはすぐに俺の考えを理解する。


「ああ――」


 男が、懐から何かを取り出そうとしている。やはりテロリスト!


 俺はその瞬間に走り出す。


 取り出したのは爆弾だ。導火線にマッチで火をつけている。


 俺はその導火線を――。


 抜き放たれた刀の一線で切り裂いた。


 テロリストはぎょっとした顔をして、しかし次の瞬間にはその場に沈んでいた。俺の拳が腹部に深々とささったのだ。


 刀で斬らなかったのは、まあ温情というやつだ。こんな楽しいパーティーで血を見ることもあるまい。


「ふう」


 残心、の後に刀をしまう。


 いきなりのことでまだ誰も反応できていない。俺は爆弾――筒状だ――を拾い、やってきたシャネルに手渡した。


「はい、プレゼント」


「まあ、ありがとう。素敵だわ」


 なんてつまらない小芝居を挟む。


 それからやっと他の人たちが動き出す。さきほど、武僧と呼ばれていた男が走ってくる。


「エノモトさん!」


「うん、とりあえず危ないやつがいたから制圧しておいた」


「素晴らしい反応でしたね。そちらは連行しますので」


 男は軽々とテロリストを持ち上げていく。


 すげえな、筋肉ってあると便利そう。


 入れ替わるようにアンさんが来る。


「シ、シンクさん!」


「うん」


「大丈夫でしたか?」


「そりゃあね」


 こんなのただの自爆テロだ。べつに相手が武術の達人ってわけでもなかったし。


 人垣の中から知らない人がこちらに向かってくる。まるでモーゼが海を割ったように人がよけている。


 誰?


 長い金髪の、堀の深い男……。映画俳優のようなイケメンだ。


「ありがとうございました」


 とても落ち着いた、聞いているだけで安心するような声だ。


「え?」


 誰だろうか。


 となりにいるアンさんが感動したような顔をしている。


 逆にシャネルは「私、苦手だから」と一言呟いて離れていった。


「シンクさん、このかたが司教様ですよ、知らないんですか?」


「こら、アン。自分の知っていることを他人も知っているというわけではないのですよ」


 うーん、含蓄がんちくのある良いことを言うなあ。


 さすが司教様。偉い人。


 どうやら俺はこの人を助けるためにここに雇われたわけだな。


「どうも、榎本シンクです」


「あらためてはじめまして。エトワールです」


 握手を求められる。


 俺はズボンで手を拭いてから握手に応じた。


 その手をあわせた瞬間、俺たちは目もあわせた。


 慈悲深い、優しげな目が俺を見つめている。ただただ優しいげな。あるいは怖いくらいの。

その目は逆に俺という人間を罪深いものだと告発しているようにすら思える。


「すいません」


 なぜか俺は謝って手を離す。


「パーティーはまだ続きますので、どうぞ楽しんでいってください」


「はい」


 なんだろうか。


 シャネルじゃないうが俺もこの人が苦手なようだ。


 ペコリと頭を下げて逃げるようにシャネルのもとへ。


「……なんだかなあ」


「ふふん、私たちって言ってしまえば陰だから。ああいうキラキラしたのとは合わないのよね」


「陰キャだしな」


 いや、シャネルは陰キャか?


 どっちかというとそういうのすら超越したヤバいやつってイメージだけど。


 エトワールさんの周囲にはまた人が集まっている。


 俺たちは鼻つまみ者、あそこの輪には入れない。


「あの、シンクさん」


 なぜかアンさんもこっちに来る。


 べつにエトワールさんの近くにいればいいのに。


「貴女もあっちにいれば?」


 しっし、とシャネルは手を振る。


 ちょっとひどいね、シャネル。いつものことか。


「いえ……私もあそこには」


 ほう、この娘も陰キャなのか? そうは見えないけどさ。


 なぜか俺たちは並んでパーティーを過ごす。たいして会話もなかったけど。


 そうして夜は更けていく。


 ま、てきとうに飲み食いはできたので楽しかったですよ。はい。


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