195 美少女との偶然の再開
パーティーが始まった。
俺はグラス入った白ワインをちびちびとやりながら、パーティー会場たる甲板のすみでたたずんでいる。
川辺に映る明かりは幻想的に揺れ、俺を楽しませる――なんて、文学チックな表現はどうでもよくて。
「なあシャネル、このエスカルゴばっかり持ってくるのやめてくれね?」
「あら、だってドレンスの名産よ」
自分も知らなかったくせによぉ。
さっきからこればっかり食べさせられているので口の中が脂っぽい。なんとか中和しようと白ワインを飲んでいるのだが……。
「それにしても人が多いな」
「楽団までいるわよ」
軽快な音楽が流れている。
見れば踊っている人たちもいた。
「怪しい人いた?」
「さあ、分からないけど」
俺たちはキョロキョロとあたりを見る。
疑って他人を見れば、誰だろうと怪しく見えるものだ。
「あれ、というかシャネルなにも飲んでないの?」
「別に、アルコールが飲みたい気分でもないし。私はこうして雰囲気を眺めてるだけで面白いのよ」
「ふうん」
変な趣味だな、踊る阿呆に見る阿呆って言うだろ? こういうときは楽しくアルコールでも摂取したほうが良いと思うんだけど。
もっとも、そういうのは強制するもんじゃないからな。
そういうの飲み会とかでも嫌われるらしいから。アルコールハラスメントね。
ふと思った、俺って未成年だよな?
……ま、ここ異世界だし。あんまり深いことは考えないでおこう。
気がつけばシャネルがまた食べ物を取りに行っている。
「おおい、エスカルゴはやめろよ!」
「わかったわ」
いちおう食べ物はビュッフェ形式でとられる。立食パーティーだ。
素朴な疑問なのだけど、ビュッフェとバイキングってなにが違うの? あれ、バイキングってそもそも帝国ホテルかどっかが勝手に決めた名前だっけ? よく覚えてねえな。
ぼーっと人々を眺めている。
チャリティーっていうくらいだから募金もつのっているみたいだけど、入れている人いるのだろうか?
さっきから募金箱を持ってうろうろしてる人いるけど……。
ローブをかぶっていて顔は見えないけれど、どうやら女の人みたいだ。
あ、こっちに来た。
「あの、もしよろしければ恵まれない子供たちのために募金をお願いできませんか?」
「募金ですか」
ま、いいかな。
俺はしゃがんで、靴下からコインを取り出す。
「えっ?」
女の人――シスターさんといえば良いのかな? は驚いた顔をする。
「はい、どうぞ」
募金箱にコインを入れる。
「あ、ありがとうございます」
うむ、無意識でやってたけどそりゃあそうだよな。いきなり靴下の中からコインを取り出す人とかおかしいよな。
シスターさんは募金をもらったのだから次に行けば良いのに、その場から動かない。
「まだなにか?」
もしかしてもっとお金をよこせというのだろうか。
がめついやつめ。
でも違った。
「あ、あの。この前お会いしましたよね?」
「ん?」
なんだなんだ、新手のナンパか?
というよりもつつもたせ? 漢字で書くと美人局です。あれね、美人な女の人を餌でつって、後ろから怖い男の人がでてくるやつ。「お前うちの女になにしてんだよ」ってね。
と、いらない警戒をするけど。よく見ればシスターさんはたしかに会ったことのある人だった。
ローブの下から特徴的な水色の髪が見えたのだ。
「先日はありがとうございました」
「キミか」
街でよく分からない男たちに襲われていた女の子だ。もちろん、つい先日のことなので覚えていた。
なにせローブの下に隠れる顔が美人さんだったからな。
「あの、この前は名前も言わずに立ち去ってしまってすいませんでした。私、アンと申します」
「アンさんか。俺は――シンクだ」
榎本って名字はこの国の人からしたら呼びにくいらしいからな。あえて名前を教えた。
「シンクさんですか、覚えておきます」
「覚えなくてもいいけどね」
たぶんもう会うこともないし――。
って、これこの前も思ったな。
二度あることは三度あるか? もしかしたらアンさんとはまた会うかもな。勘だけど。でも俺の勘はよくあたるんだ。
「今日はパーティーを楽しみに?」
アンさんはどうやら俺と話し込むつもりらしい。
いやだなあ、ローブがあるから良いけど女性と話すのはあんまり慣れていないんだ。
と、思っていると頼みの綱であるローブまでとってしまった。
人と話をするときに被り物は失礼だと思ったのだろうか。
「べつにパーティーを楽しんでるわけじゃないよ。仕事なんだ」
ちょっと格好つけて言ってみる。
うんうん、いい感じに酔が回っているから女性ともすんなり話せるぞ。
「お仕事、ですか?」
「そうだよ」
アンさんは片目を隠す特徴的な髪型をしている。鬼太郎みたいだ。
見えている方の目も髪と同じ水色で、はえー、さすがは異世界。
「お仕事ってもしかしてシンクさん、冒険者のかたですか?」
「バンドマンと冒険者だったらどっちに見える?」
「前者ですね」
アンさんは笑う。
なかなかに清楚な微笑みだった。
軽快な音楽が鳴っている。いっそのこと踊りにでも誘ってんみるか?
まさか、そんな度胸はない。
「ふむ」
あんまり話すこともない。
「冒険者ってことは、ギルドで依頼を受けたんですよね?」
「そうだよ」
「じゃあたぶんそれ、私のだした依頼です。というかこの前、私、依頼を出しに行ってたんです」
「へえ」
それを俺たちが受けたとなると、なんというか人の縁とうのは不思議なものだな。
「でもあのとき、どうして変な男たちに追われたのさ?」
これは気になっていたことだ。
「因縁つけられたんです……最初はなにか食事にでもって誘われたんですけど。断ったらいきなり豹変して」
「ふうん」
アンさんはじっと俺を見つめる。
その砂糖菓子のような色をした目は、どこかうるんでいる。
なにか言いたげだが、やっぱり言うのはやめたようだ。
「あらシンク、少し離れた隙きに手が早いのね」
ふわふわと広がったスカートのつばを苛立たしげに掴みながら、シャネルが帰ってきた。その目は当然のごとく怒気をはらんでいる。
「誤解」と、俺は先手を打つ。
「どうだか」
シャネルはギロリとアンさんを睨んだ。
それでアンさんは萎縮したように小さくなる。
「それで、シャネル。食べ物は?」
「いまいれかわりの時間だったからなにもなかったわ。ちょっと待ってって言われた」
「そうか」
まずいぞ、これはもしかして修羅場のパターンか?
俺としては平和に、穏便に、安寧になんとかしたいのだけど。……頼むぜシャネルさんよ。
なんとかこの場を乗り切ろう。俺はちょっとだけ酔いの回った頭でそう考えるのだった。




