193 コロッセオは冒険者ギルド
さて、長い長いショッピングも終わって、一度アパートに戻って買い込んだ服を置いた。
するとシャネルが、
「冒険者ギルドに行くのもありね」
なんて言い出した。
いきなり労働の素晴らしさに目覚めたのかと思えばそうでもなく。
「ギルドに舞い込んでくる依頼ってその国の特色というか、生活が見えてくるでしょ? そういうものを知るのも大事だと思うの」
「そりゃあ結構なことだけどさ、なんだシャネル。この国にいつくつもりか?」
「ま、少なくともコンクラーベが終わるまでは居ましょうよ」
俺もそのつもりだったが。
そのためには毎日の生活に張り合いが必要だろうな。シャネルは連日ショッピングをしているだけで楽しいだろうが、俺はそうはいかない。
なにかしら体を動かしていないと。
別にアウトドア派というわけじゃないぞ。ただ暇というものに苦痛を感じるだけだ。
「それにね、シンク。私たちの旅の目的を忘れちゃダメよ」
「ああ」
俺は、俺のことをイジメていたやつらに復讐する。あと2人だ。
そしてシャネルは住んでいた村の人間を皆殺しにした兄に復讐する。
そのために俺たちはこの世界を旅しているのだ。
なんにせよ、そうと決まればさっさと冒険者ギルドに行くべきだろう。
この安アパートからコロッセオまでは歩いても案外近い。
すぐに到着する。
マジマジと有名な建造物を見る。
ふむ、こうして見ればもともと俺のいた世界のコロッセオよりも建物が崩壊していない。むしろ過去のカタチをよく残している方だろう。
ま、どれだけ長い間、ここにこうして建っているのか知らないけど。
入場口にはアーチ状の門があり、そこを越えて中に入ると緩やかにカーブした柱廊がある。
外からの光が入り、黒ずんだ石たちがキラキラと光っている。
その廊下をいかにも実力に自身がありそうな男が――ときおり女の人も――歩いている。
「どっちだ?」
初めて入る建物なので、どこに行けば良いのかよく分からなない。
「とりあえず道なりに――」
と、シャネルはいうのだが、俺は階段が気になってしかたがない。
あの階段を登れば、もしかしたら闘技場の観客席に行けるのではないだろうか?
だってコロッセオってあれじゃない、なんか闘技場が一段落ちた場所にあって、それを円形に囲った観客席が上から見るってイメージ。
もう気分は観光だから、俺はそちらを先に行きたいと提案する。
「ま、良いんじゃないの?」
というわけで階段を登る。
とたとたとた(擬音)。
いやあ、なんだか小さい頃にオモチャ屋に連れて行ってもらったときみたいにワクワクしてるぞ。
なんせ俺ちゃん、引きこもりのときは暇で暇でしかたなかったからな。テレビとかよく見てたんだ。とくにお気に入りだったのは外国とかの旅番組。自分の知らない世界に恋い焦がれていた。
それでコロッセオも何度か見たのだ。
そのあこがれの場所に、異世界といえ俺はいま立っている。これが喜ばずいられるかよ。
「ちょっと待ってくださいな、シンク。早いわ」
「そうは言ってもな――」
楽しみで仕方がないのだ。
2階へ行き、ああやっぱりだ。観客席に到着する。
すると、そこには何人かの冒険者がいた。そして、中央の闘技場には男が2人。いままさに戦いを開始しようとしている。
どうやらこの建物、中央はいまだに闘技場としての機能を持っているようだ。
「演劇をするわけではないの?」
と、シャネルは冗談なのかよく分からないことを言う。
「すげえ……」
俺は想像以上のコロッセオの光景に息を呑む。
だってこれは――俺が思っていたコロッセオとは違う。
これはまったく崩壊していない、当時のままのコロッセオだ。
中央の闘技場だって真っ平で、砂が敷き詰められている。観客席だって真っ白い大理石で装飾された豪華なもの。
いまだって闘技場として残酷なショーができそうだ。
だけど、どうやら中央で戦っている男たちの剣は刃が潰れているようだ。殺し合いではなく模擬戦だろう。
俺はしばらくその戦いを興味深く眺めていた。
でもシャネルはふわりとあくびをする。こういうのはお好みじゃないんだろう。
「お、あっちが勝ったな」
たいして見どころもない戦いだった。
「はいはい、すごいすごい」
「おいおいシャネル、もうちょっと盛り上がれないのか?」
「だって興味ないもの」
たしかに。
俺もコロッセオに興奮しているだけで、2人の男がやっている模擬戦に興奮しているわけではない。
「あれならシンクの方がよっぽど強いわよ」
「そりゃあね」
素手でも勝てるだろう。
しばらく眺めていると俺も飽きてきた。下に戻りぶらぶらと歩いてギルドとしての受け付けを見つけた。どうやらもともとは剣闘士の待合室かなにかだったようで、けっこう広い空間だった。
どこにでもあるギルドの待合室のような場所。
壁には俺に読めない文字でいろいろな依頼書が並んでいる。
受付のお姉さんはちょっとふくよかだけど、まあ総合的に見れば美人だろう。顔が整ってるし、包容力がありそうな優しい笑顔を俺たちに向けている。
「それで、シャネル。どうだ?」
「うーん」
シャネルは依頼書を流し見していく。
「なんか面白そうな依頼はあったか?」
「そうね、どれもつまらなさそう」
「どんな依頼があるんだ?」
「なんかね、護衛とかの依頼が多いの。たとえば教会の偉い人の護衛とかさ」
「ふうん。そんなに治安が悪いのか?」
こくり、とシャネルは頷いた。
そしてしばらく真剣に考えるような表情になる。
シャネルの真顔は俺に氷結した果実を思わせる。美しさを内に秘め、しかし外面は人を寄せ付けない。そんな表情はけっこう好きなのだ。
俺は思わず見とれてしまう。
どれだけの時間を一緒に過ごしても、節目節目でこの人は美しいと思える。
「たぶんだけど、これテロを警戒してるのね」
「テロ?」
「ええ、たぶんだけど――」
「それってつまりコンクラーベをねらって変なやつらが問題を起こすってことか?」
「そうね。だからそれを未然に防ぐような仕事が求められてるみたい。それかもしくは、起こってしまったときの迎撃用」
「テロねえ。そんなやつらいるのかな」
「いるわよ」
シャネルは言ってから、クスクスと笑った。
「なんだよ」
その笑いがやけに挑発的だったもので、俺は聞き直す。
「だって私たちだって、バレたら危ないのよ」
「なにが?」
意味が分からない。
「だって私たちってべつにディアタナを信仰してるわけじゃないわよね」
「ああっ、まさか!」
俺はピンと察してしまう。
「ふふん」と、シャネルは怪しく笑う。
「も、もしかしてこのテロを起こすやつらって――」
「邪教徒。つまりはアイラルンを祀る人たちよ」
おいおい、マジかよ。
それはやばいな、マジでシャネルの言う通りバレただけで袋叩きにされても文句ない。
もしかして、あれなのか? このロマリアという場所はアイラルン本人だけではなく俺たちにとっても敵地だったのか?
いやだなあ。さっさと出ちゃうか?
「ま、そういうわけだからせいぜい鳴りを潜めて暮らしましょうね」
そういうと、シャネルは一枚の紙を手に取る。
「なに、それ?」
「今夜のディナーパーティーの招待状よ」
意味が分からない。
けどシャネルは上手いこと言ったとでも言うように微笑んでいる。
「つまりは?」
「この依頼、受けてみない? 今夜なんだけど、水上に浮かぶ船の上でチャリティーパーティーがあるそうよ。そこの護衛任務」
「ふうん。パーティーで出る食事は食べていいの?」
「ええ、たぶんね」
それなら良いか。
そのクエストを受けて、テロとやらを警戒する雰囲気を掴むのもいいしな。
なんて思っているのはたぶん俺だけ、シャネルは単純にパーティーに出たいだけかもしれない。こいつは人見知り、というよりも人嫌いのくせにそういう場だけは好きだからな。
「でもあんまり目立たない方が良いんじゃないのか?」
「いいのよ、こういうのは――」
そこでシャネルは目を細めた。
「――楽しんだもん勝ちなんだから」




