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191 シャネルが聖職者を嫌いな理由


 昔、いつか世界に爆弾が落ちてきて、ぜんぶぜんぶ終わってしまえば良いと思っていた。


 部屋から外を見て、そう思っていた。


 毎日がただ漠然と流れていく。


 昨日と今日に変化はなく、当然ながら明日になってもなにも変わらない。そんな日々を過ごしていた。


 ――「ねえ、シンク」


 シャネルが窓際に座る俺に言ってくる。


「うん?」


「今日はなにかあった? 帰ってくるのが遅かったけど」


「それがさ、道に迷ってたんだよ」


「あらそう、なにか面白いものがあって寄り道でもしてきたのかと思ったわ」


 シャネルはテーブルにパンをじかに置いている。テーブルクロスとかないんですかね?


 このアパートには前の住人のものだろうか、家具が残ったままになっていた。だから生活することになんの不自由もなさそうだ。


 ふかふかのベッドもある。


 また、共同ではあるが風呂もあるのだ。良い事だ。


「面白いことってのはなかったけどさ」俺は外を見る。夕日が沈みかけている。「女の子を助けたよ」


「良いことしたわね」


 シャネルがマッチでロウソクに火をつける。魔法を使わなかったのは賢明だ。


「ま、もう会うこともないだろうけど」


「こんなちっちゃい女の子でしょ?」


 シャネルは腰のあたりに手を当てる。


 くそ、俺が成人女性とまともに話ができないと知って言ってるんだな。


 ま、今回はかなり特別だったけどさ。


「そうそう」


 と、てきとうに答える。


 名前も聞かなかった女の子だ、どうしてあの子が追われていたのかも分からない。


 分かる必要もないのかもしれない。


「ねえシンク、この国はどう?」


「ん? そうだなあ……」


 べつにどうとも思わないけれど。


 でもまあ嫌いじゃないかな。石畳の町並みはいかにも中世っぽいし。中世ってなんなのか今をもってよく分からないけどさ。


「私は嫌いだな。聖職者ばっかりで」


「ふむ」


「聖職者なんていうのは偽善者の同義語よ。あいつらどうせお金のことばっかり」


「なんだよ、ずいぶんと言うな」


 そりゃあ俺だって無宗教の日本に住んでいたんだ。坊主よりも生臭坊主の方が多い、なんて揶揄される国。宗教家なんてはなから信じちゃいないけどさ。


「昔ね、村に神父がきたことがあるの」


「ほう」


 シャネルが住んでいたのは森の中の小さな村だった。


 もっとも俺が行ったときには住民は全員死んでおり、シャネルがただ一人いただけなのだが。


「その神父はいけ好かないやつだったわ」


 シャネルがコップにワインをそそぐ。夜ご飯の準備をしているのだ。


「どういうふうに?」


「あのね、その神父ね! ディアタナを愛せってそういうの」


「まあ宗教ってそういうものだろ」


「それで、あろうことかこう言うの。『ガングーなどという人間は神を冒涜した大罪人である。英雄などといえ、所詮は人。神を信じぬ者は必ず破滅する』ってね」


 シャネルは声色を変えて言う。


 その声真似が似ているかどうかは分からないが、シャネルの怒りは伝わってきた。


「それでね、さらにこう続けるの! 『あなたがたもガングーのように成りたくなければお布施をするのです――』ってね。バカバカしい」


「つまりシャネルは贔屓の英雄がバカにされたから、宗教者が嫌いと?」


「そうよ。あいつらきっといまだに500年前のことを根に持ってるのよ。あのね、あのね、ガングーは人民皇帝として即位するとき、即位式にロマリア法王を呼んだの。自らが正式な国の盟主であるということを知らしめるために宗教にも頼ったのね」


「へえ――」


「でも彼はロマリア法王から下賜かしされた王冠をそのまま頭に乗せることはなかったの。なぜか分かる?」


「知らんよ」


 実はどうでもいいのである。


 それより早く夜ご飯を食べたい。


 しかしシャネルの話に付き合ってやるのも大事なことだ。


「あのね、ガングーはまず王冠を自らの手でもったの。普通なら頭に乗っけられるところを!」


「ほう」


「それでね、あろうことか自らの手で王冠を頭にいだいたのよ。これには自分こそがドレンスの王であり、そしてそれは神により選ばれたのではなく人民が望んだのだ、という意味があるの。だからこそガングーは人民皇帝という二つ名があるのよ」


「へー、すごいね」


 つまりどういうことだ?


 せっかく偉い人からもらったものをわざわざ拒否して、自分でかぶり直したのか? それってかなり失礼じゃないか?


「ま、これはロマリア法王からすれば信じられないくらいに不遜なことよね」


 あ、やっぱり。


「で、どうなったの?」


「どうもならないわよ。ガングー政権は強大な軍事力を盾に成り上がった政権よ。だからどれだけ文句があってもなにも言えない。ここにガングーの大胆さがあるわね。どれだけ神を冒涜しようと英雄としての自分を作りあげる。そして国民はそれに熱狂する」


「カリスマ性か」


「そういうことね。で、聖職者どもはいまだにコケにされたことを根に持ってガングーを恨んでいるのよ」


「ま、どっちもどっちだな」


 その昔、ときの天下人だった豊臣秀吉は自らの権威を示すために当時の天皇をダシに使ったという。ようするにガングーとやらもそれと同じようなことをしたわけだ。


「というわけで私は聖職者が嫌いなの」


「よく分かりました」


 さ、というわけで夜ご飯を食べましょう。


 いやあ、今日もこの世界の歴史に詳しくなっちゃったぜ。


 にしても教皇ねえ。いったいどんな人なのだろうか。一つの宗教のトップ。きっと本当に聖人君子みたいな素晴らしい人なんだろうな。


 俺と違ってさ。


 ま、会うこともないだろう。俺には関係ない世界の住人だ。けっきょくのところはね。


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