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190 美人を助ける!


 知らない街を女神様と歩く。


「ほうほう。人の営みというのは面白いものですね」


 なにも言わない。


 べつに意地悪で無視をしているわけじゃないぞ。アイラルンの姿は他の人に見えないから、はたから見れば俺が一人で喋ってると思われるかだ。


「あ、朋輩。カフェがありますね」


 小さく頷く。


 街角にあるカフェ――オープンテラスといえばドレンスのパリィが有名だけど、へスタリアの方でも最近は流行っているのか。もしかしたらこの国は文化的にドレンスの影響を色濃く受けているかもしれない。


 この前のエスカルゴもしかり。


「入ってみましょうよ」


「1人で入ってもな……」


 それとも1人なのにコーヒーを2杯注文しろっていうのか。まあ神様へのお供えものなんてそういうものだろうけど。


 あれ、というか……。


 俺は服のポケットを確認する。


 ない。


 ないぞ!


「朋輩、どうなさいましたか?」


「ないんだけど」


「なにがですの?」


「……お金」


 アイラルンは顔をしかめた。


 美しい顔がしわに歪む。


「甲斐性なし」


「う、うるせえ!」


 シャネルがいないとこんなもんだよ。


 しょうがない、と俺は靴下の中から小銭を取り出す。


「朋輩、いつも思っておりますけれどそれ衛生的にどうですの?」


「え? 大丈夫だろ。まあシャネルにもよくやめろって文句言われるね……」


 靴下が伸びるからやめろとね。


 でもべつに食べ物じゃないんだし、衛生的には良いはずだ。


 この靴下コイン、一回は約束通りやめてたんだけどね、再開したんだよね。なんせこういう新しい国に入るとそこの治安がどんなもんか分からないからな。


 そしてこういうときにも助かる。


 たいした額はない小銭だけど、まあロウソクくらいは買えるだろう。雑貨屋を探さなければ。


「せっかくのデートなのに割り勘な殿方ってどう思います?」


 くだらない会話。べつにデートでもなければ、割り勘するような場所にもいかない。


「俺は男女平等が良いと思うぞ」


 街を行く人にぎょっとした顔をされる。


 でも俺の腰にさした刀を見てか、すぐに目をそらされる。


 この国では俺のように武器を持っている人が少ないのか、あまり見ない。それでもときどき冒険者みたいな人とすれ違うのだけど。


 冒険者の見分け方は簡単。武器を持って、3、4人で我が物顔で道を歩いている人間がいればそれが冒険者だ。


 まったくよぉ、どいつもこいつも騒ぎながら歩いてる。もしかして冒険者って陽キャの職業なのか?


 ふと、ちょっとだけ嫌な予感がした。


「朋輩――」


 アイラルンに声をかけられたその刹那、俺はその場から身を離そうとする。


 けれど、遅かった。


 ドンッ!


 後ろから衝撃がきた。だれかにぶつかられたのだ。


「きゃっ!」


 きゃっ、じゃねえよ。きゃっ、じゃ。


 俺はいきなりだったものだからその場に倒れる。


「あらら、朋輩。もう少し踏ん張ったらどうですの?」


 頭上からアイラルンの声が聞こえてるが、うるせえ。じゃあお前背後からタックルしてやろうか? まじで危険なんだぞ。


「ご、ごめんなさい」


 俺にぶつかってきた女は頭を下げて平謝りする。


 というか女だったのか……けっこう小柄だな。顔はローブを目深にかぶっていて見えないけれど声は可愛らしい。


 これは、うん。男として許すしかないか。


「いや、いいよ。こっちもぼーっとしてた」


 顔が見えないと緊張することもない。これ豆知識ね。


「ふふっ、朋輩。このかたのお顔が気になるのでして?」


 まあそりゃあな、男として気になるな。むしろ顔が見えない方が美人って妄想もできて良いかもだけど。


 なんて思っていると、アイラルンが女性のローブをはぐりとった。


「えっ!? か、風?」


 おおっ、御尊顔が!


 やべえな、かなり美人だ。


 見たことのない髪の色をしている。薄い水色……さすがは異世界。こんな髪色の人もいるのか。肌白いなあ……。照れているのか顔――というか目を逆手でかくしている。なんかエロい。


「み、見ないでください」


 女性はローブをもどそうとするが、アイラルンがそれを引っ張る。どうしてもローブが戻らないことで女性は焦りだす。


「おい、アイラルン。やめてやれ」


 俺は思わず言う。


 アイラルンはぱっと手を離した。


「ねえ朋輩、私とどっちが美人ですか?」


 お前は口裂け女か。いたよね、そういう妖怪。


 俺はくだらない質問には答えない。


「アイラルン?」女性はローブを戻してから、首を傾げた。「貴方、邪教徒の人ですか」


 表情は見えないものの、どこか怒気をはらんだ声。


「いや、違うって」


 俺はしどろもどろに答える。


 我ながら童貞くさいと思うのだが美人さんとの会話は苦手なのだ。


 さて、いうことがなくなった。ここはさっさと別れるべきなのだろうが。


 じゃあね、っていうのがどうも唐突な気がして言えない。


 女性の方もさっさと行ってくれれば良いのに、俺のことを見てなにか迷うような素振りをみせている。いや、厳密には俺が腰にさした刀に視線をロックオンさせているようだ。


 はて、なんだろう?


「あ、あの――」


 なにか言おうとする女性。


「あ、いたぞ!」


 しかし、それを遮るように怒声が聞こえた。


「い、いけない!」


 女性は逃げようとするが、しかし遅かった。


 男が3人、囲むようにして俺たちの方に来る。


「やっとおいついたぜ、ネエチャン」


 ……いかにもガラの悪そうな男たち。


 冒険者か?


 冒険者だろうな。


 女性はなぜか俺の背中の方に隠れる。


「なんだ、てめえ?」と、すごまれる。


「なんなんでしょうね?」


 俺は正直に答えた。


 だって状況があんまりのめてないもん。どうやらこの3人が女性を追いかけていたのは分かった。女性がそれから逃げるために急いでいるのも分かった。


 つまりはあれだ、こいつら3人が悪者か?


「ふざけてんじゃねえよ!」


 大ぶりのパンチが飛ぶ。


 最低限の動きでよける。


 まるで止まっているようなパンチだった。


「あっ?」


 男は渾身のパンチがはずれたことに驚いているようだ。そうだろうな、相手からすれば絶対に当たると思っていた攻撃。だというのに俺の立っている位置は変わらないのだ。俺の体をすり抜けた、と思うかもしれない。


「おいおい、こんな往来おうらいでケンカなんかやめようぜ」


「うるせえよ!」


 とうとう剣を抜かれた。


 まじで、やるの? 嫌だなあ。日本刀って管理が面倒なんだよな、人を斬ったらあとで手入れしなくちゃいけないんだよ。だからダルくてあんまり使いたくない。


 でもしょうがない――。


 周りにいた人たちが触らぬ神になんとやらで俺たちから距離をとる。


「――まったく、コンクラーベがはじまるとこういうやつらも街に来る」


 街の人だろう、誰かがそう言った。


 すいません。


 なにせ冒険者なんて荒くれ者ばっかりだからな、ケンカなんて日常茶飯事。だからこそ評判も悪いんだろうな。


 俺は違うよ?


 平和主義者なんだ。


「なあ、あんたら。事情はしらないが辞めたほうがよくないか?」


 なのでいちおう和平の道をさぐる。


 だけどそれが煽っていると思われたのだろう、男たちは怒りくるう。


 やれやれだ。


 俺は女性に逃げろ、とアイコンタクトを送る。


 しかし女性はうっとりと俺を見つめる。


 いやいや、逃げてくれよさっさと。


「その女を渡しな」


「事情は知らないが嫌がってるぞ」


 うんうん、と女性は頷く。


「関係ねえ!」


 剣が振り上げられた。


 だがあまりにも隙きだらけ。俺はあいた土手っ腹に前蹴りを食らわす。


「ぐふっ!」


 男は後ろにいたもう2人を巻き込み、派手にふっとんだ。


 そして男が立ち上がる前にその眼前に刀の切っ先を置く。


「わるいが俺も今日この街に入ったばかりでな。さすがに流血沙汰は起こしたくない。どっかへ行ってくれないか」


 頼むぞ、という思いをこめて言う。


 ここでさらに向かってこられるようだったら本当に斬るしかない。


 だが男たちは意外と物分りが良かった。


「そ、そんな女のなにが良いんだよ!」


 なんて捨て台詞を言ってさっさとその場を退散する。


 というか、そんな女はひどいだろ。こんなに美人なのに。


「大丈夫だった?」といちおうは聞く。


 それと同時に俺は刀を納めた。


「はい。あの、ありがとうございました」


 成り行きとはいえ人を助けたのだ、悪い気はしない。


「どういたしまして」


「あの、なにかお礼を――」


 お礼ねえ……まさかエロいことをしてくれるわけでもあるまいし。


「そうだな、雑貨屋の場所を教えてくれないか? ロウソクが欲しいんだ」


 女性はそんなことで良いの? と首を傾げたがすぐに場所を教えくてくれた。


 俺は「ありがとう」と言う。


 それでは――と女性は頭を下げて雑踏の中に消えていった。


「というわけで、雑貨屋の場所は分かったな」


「朋輩、なかなかのプレイボーイっぷりですわね」


「なにがだ?」


 アイラルンとの会話はこっそりとおこなわれる。


「最後のなんてわたくしもう感動して泣いちゃいそうでしたわ。お礼に雑貨屋を教えろだなんて」


「べつに。なんでもしてくれるって言っても本当になんでもしてくれるわけじゃないだろうし。お金をくれっていうのもなんか違うだろ」


 だからあれくらいで良いのだ。


「でも朋輩、今回はかなりスムーズに女性と話せましたわね。成長しましたか?」


「まさか。ローブのおかげだよ」


 顔が見えなければそんなに緊張しないものだ。


 もしあの女性が素顔をさらしていたら、そりゃあ俺もキョドっていただろうさ。


 それにしてもなあ、この国もいまは治安が悪いのだろうか。よそからたくさん人が入ってきているのだろうし。まあ俺もその1人だけど。


「さっさと買い物をすませなければ日が暮れますわよ」


「そうだな」


 それにアパートの場所も分からないのだ。


 俺は早く帰ろうと雑貨屋へ急ぐのだった。


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