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189 アイラルンとの会話


 暗い部屋の中、シャネルがゆっくりと服を脱いでいる。


「まったく、ランプもロウソクもない宿だなんて」


 俺は『女神の寵愛~視覚~』のスキルで目がべらぼうによくなっているから、見ようと思えばシャネルのあられもない姿を見ることができる。


 しかしそれはしなかった。


「そ、そうだな」


 ドキドキしながら顔をそむける。


「こっち、見ないでね」


 シャネルの声も少し艶っぽい。


 俺たちは互いに恥ずかしがったままだ。


 いまさら俺たちの関係に対しておかしなことかもしれないが、どうしてもこうして裸体になるというのは抵抗がある。俺たちにいわゆる性交渉はない。皆無だ。


 シャネルと一緒にいてどれくらいの時間が経っただろうか。すでに一年に近い時間が経過している。


 俺は1歳としを取り、年齢は18だ。


 18歳、いまだ童貞だ。


「まだよ、まだあっちを向いていて」


「分かってる」


 どこかから風の音にのって笑い声のようなものが聞こえてきた。それがあの因業な女神のものだと気づいた時、俺はやれやれと思った。


 プライベートなんてありゃしない。


 シャネルは着替えを終えた。いま着ているのはフリルがある程度おさえられた紺色のセーラー服のようなドレスだ。というかこれセーラー服だろ? 水兵さんが着るというやつだ。


 ……可愛いな。


「どうかしら?」


「いや、良いな。それどこで買ったんだ?」


「この前の水辺の街で買ったの。兵隊さんの服なのだけど、女の人が着るのも流行ってるんですって」


「う、うん」


 いいなあ。


 シャネルの白い髪と濃い色の服は日向と日陰のようなやわからいコントラストをうんでいる。


 高校時代に暗い青春を送っていたからな、こういう制服プレイとか良いぞ。


「それでね、ここらへんいもう少しフリルが欲しいのよ」


「ほう」


 シャネルは腰回りと肩のあたりを指差す。


 あんまりフリルなんて追加したらまたぞろロリィタファッションに近づいてしまうぞ。


「ダメかしら?」


 しかし上目遣いでそんなふうに言われて断れるわけもなく、


「良いんじゃないか?」


 こうなれば毒を食らわば皿までだ。


 いっそのこと俺もゴスロリ好きになれば良いのだろうか?


「というわけで縫い物をするわ」


 シャネルはいきなり服を脱ぎ始める。


「うわっ!」


「見ないでね」


「見るもんか!」


「むう……」


 見ないなら見ないで機嫌が悪くなる、まったく面倒な女だ。


 俺はいっそのこと、と部屋を出ることにする。


 帯刀して、服のうちポケットにはモーゼル拳銃をいれる。


「少ししたら帰ってくるからな、それまでに縫い物でもなんでもやっておけよ」


「あ、出るならロウソクを――」


「買い出しだな、了解」


 ドアを手早く開ける。


 石づりの螺旋階段を降りて下へ。


 振り向く。


 ところどころ壁が割れたアパート。何人か入居者はいるようだが、まだ1人も会っていない。ま、こんな場末の安アパートだ。どうせろくでもないやつが住んでいるんだろうな。


 ここが当分の間、俺たちの住処となる。


 まったく、ホテルではなくアパートを借りるというのは名案だった。敷金礼金とかがあって――この時代にもあるのだ!――普通のホテルよりは割高だけど。


 洒落た螺旋階段を降りて少し行くと門がある。それを出ると細い小路こみちが。


「いやー、それにしても朋輩。とんでもないところに来ましたわね」


「わっ、びっくりした!」


 いきなり来るんだもんなあ、もう……。


「まいどおなじみアイラルンですわ」


「もう親の顔より見たぜ」


 いや、これは言い過ぎだな。


 アイラルンはいつもどおりのゆったりとしたローブ? を着ている。いかにも女神っぽい服装。こいつはいつも同じ服だな。洗濯とかしてんのか? いや、女神だからそういうのないのか。


「まさか敵の本拠地にこうして乗り込むとは。朋輩もなかなか胆力のある御方で」


「なにがだ?」


 俺は周りに人がいないことを確認して歩く。


 もし誰かが見ていたら俺はただ独りごとをブツブツ呟いて歩く変なやつだからな。


「まあ、順番でいけば順当なんですけれどもね」


「順番順当、なんかラップみたいじゃないか?」


 アイラルンは鼻で笑った。


 はいはい、どうせ面白くないですよ俺は。そもそも面白かったらダテに陰キャはやってねーぜ。


「はなしを戻しますけれど、朋輩。へスタリアではお気をつけてくださいね」


「こんな平和そうな街でか?」


 アイラルンは俺の前にでて、とおせんぼする。


 そしてビシッ! と俺を指差す。


「朋輩、その! その甘い考えが間違いのもとなのですわ!」


「なんだよもう、いきなり興奮するなよ」


「ここがどこかご存知で!」


「へスタリアだろ? 俺のもといた世界じゃあイタリアだと思うんだけど……あってる?」


「ザッツライト、正解ですわ!」


「やった、なんか正解の景品とかあるの?」


「あるわけないですわ。それでへスタリアというのはどういう国ですの?」


「どういうって……えーっと海産品が有名らしいな。海がきれいで……あとは知らねえ。そういうのはシャネルにでも聞いてくれ」


 どうせまた過去の英雄の話をからめてよく分からない説明をしてくれるだろう。


 なんでも良いけどそのうち嫉妬するぞ、死んだ人間に。


「他にもあるでしょうに、大切なことが」


「大切なこと……シャネルは今日もかわいいな。あのセーラー服いいよな」


「ほかには?」


「あー、お前も奇麗だぞ。うん」


「あら、ありがとうございます。って、そういう話ではなくて――」


「ヴァティカンか?」


 アイラルンはこくりと頷いた。


 本当は最初から分かっていたけど、ちょっと遊んでいただけさ。


「そうです」


「あそこはディアタナとかいう女神を祀る宗教の本部で――つまりアイラルンから見れば敵ってことか? 嫌いなのか、そのディアタナが」


「別に嫌いとかありませんわ。興味ないですし」


 ……うわ、これ女子のよくいう嫌いの歪曲表現だ。


 というか、


「ディアタナって女神も本当にいるのか?」


「そりゃあ。わたくしがいるくらいですから」


「じゃあさ、その女神ももしかしてお前みたいにどこかの誰かに憑いてるとか。そういうのあるのか?」


 スタンド能力みたいにさ。


「まさか。あの女はわたくしと違って博愛主義ですわ。誰にでも平等ですわよ」


「お前は偏愛主義だもんな」


「その偏愛のおかげでここまで来たのはどこのどなたでして?」


「言うなよ、こっちだって感謝してるんだ」


 こうして俺に復讐の機会をくれたのは間違いなくアイラルンなのだから。


「とはいえ、ここが敵地の真っ只中というのに変わりはありませんよ」


「具体的にどう気をつけるんだ?」


「そうですね、まずは変な女に引っかからない」


「うん?」


 つまりディアタナのことか?


 まさか。俺みたいな一般市民の前に女神様なんて現れないだろう。いや、アイラルンも女神かよく考えてみれば。


「他にもお酒を飲みすぎない」


「はい?」


「お酒で失敗したという話しはよく聞きますが、成功したという話しは皆無ですからね」


「性交したって話しなら聞いたことあるぞ」


「朋輩、下品ですわ」


「すいません」


「とにかく朋輩は気が抜けておりますから危険がいっぱいですわ。間違っても、ディアタナの宗教に帰依きえすることを誘われても断ってくださいまし」


「きえ?」


 わけわかんない言葉つかわいでいただきたい。


「宗教に所属すること!」


「ああ。まあ大丈夫でしょ。新興宗教のあしらいとか得意だったし」


 引きこもりの時だけどね、ときどき来たんだよ。「貴方のために祈らせてください」って。そういうときの最強の対応はあれよ。


 ――いま親いないんでよく分からないです。


 これで十中八九追い払えるぞ!


「ま、それなら良いんですけどね」


 アイラルンはやっと俺の前からどいて。そしてなにをするかと思えば、俺の手を握ろうとしてくる。


 ひらりと身をかわす。


「なんだよ」


「いえ朋輩、たまには良いかと」


 訳わかんねえよこいつ、久しぶりに出てきたと思ったらよ。


「なぜ俺がお前と手をつながなくてはならない」


「迷子になるかと思って」


「なに言ってんだよ」


 と、歩いていると……。


 あれ、ここどこだ?


 俺は振り返る。アイラルンがニコニコしている。


「ま、まだ慌てるような時間じゃない」


 来たと思われる道を戻る。


「……どこだここ?」


「ドツボですわね」


「ア、アイラルン。都合が良いとは分かっているが……そのですな」


「さて朋輩、わたくしもそろそろ帰りますわ」


「ちょ、ちょっとまって! 道教えてくれよ」


 あっち、とアイラルンが指差す。


「おう、ありがとう!」


「というのは嘘ですけれどね」


 ……なんだこいつ。


 俺もちょっと腹がたってきたぞ。あーあ、いっそディアタナとやらの宗教に鞍替えしようかな。まあ別にアイラルンを信仰しているつもりはさらさらないけどさ。


「あら朋輩、あちらをご覧になって」


「うん? ああ、大通りのほうか」


 賑やかな人通りの多い道が見えた。


 とりえずそちらに出るのもありかもしれないな。


 よし、そうと決まれば。


 俺は大通りの方に向かって歩き出す。とはいえ、自分の家の場所は分からないが。


「なあ、まさかと思うがアイラルン」


「はい、なんですか」


「お前もアパートの場所わからないとか?」


「朋輩、これでもわたくし女神ですわよ。全知全能とまでは言いませんが」


「おう、疑って悪かったな」


「……でもやっぱりこの国ではあまり力が発揮できないみたいで」


「はい?」


「あまり期待しないでくださいまし」


 おいおい。


「ダメじゃねえか」


「まあまあ、たまには2人でデートと洒落込みましょうよ」


 嫌だって言ったら怒りそうなのでなにも言わないでおいた。


 アイラルンはるんるんと歩いている。アイラルンからすれば敵のふところだろうに緊張感のないやつだ。


「ほらほら、朋輩。こっちに来てくださいまし」


「……おう」


 なーんか調子が狂う。


 ま、良いんだけどね。


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