184 馬賊VSアイナ
あくる日、俺は銃声の音で目を覚ました。
「――ッ!」
聞き慣れたモーゼル、しかしそれはどちらかといえば粗悪なものの音だった。たぶん正規品ではなくどこかで作られたパチもん。あるいは相当に手入れを怠っているか……。
シャネルもむくりと起き上がる。
「音、したわね」
「気づいたか?」
「まあね、それよりシンク、寝癖があるわよ」
「え、どこ?」
頭に手をやってなおそうとする。
「違うわよ、こっち。そっちじゃないってば。もう、やってあげるわ」
「ありがとう」
うーん、なんだか朝からシャネルに頭を撫でてもらえて幸せだなあ。
……って、そうじゃなくて。
ターン、という乾いた音がした。
また銃声だった。
「さて、どうしたもんんか」
といいつつも刀を手に取る。
さすがドモンくんの作った刀だ、よく手になじむ。けれどまだ実践でつかったことはない。かなり慎重にやらなくては、もらった昨日の今日で壊しましたじゃドモンくんが怒るだろうからな。
「あんまり危ないことしちゃダメよ」
「ちょっと見てくるだけだから」
これあれね、台風のときに田んぼを見に行く老人とは違うから。
どちらかといえばそう、近所で火事があったら見に行くあれ。
つまりは野次馬。
「心配だわ、私もついてく」
シャネルは薄いネグリジェのすそから杖を取り出す。
なんでもいいけどその扇情的な姿で外にでるつもりでしょうか。……やめてほしいな。
と思っているとさすがにシャネルも着替えだした。これは時間がかかるぞと思うが、まあそのほうが俺としてもいいからな。
シャネルの体を他のやつらに見られるのなんて死んでも嫌だぜ。
着替えること数分。
その間にも銃声は何度か響いていた。
「馬賊ね」
と、シャネルは断定する。
「ふん、こんなのは匪賊さ」
そこらへんに俺はうるさいぞ。
とはいえ、そもそもどうしてこの村で銃声が響いているのかは分からない。なにかしら理由があるのかもしれない。
勝手な予想で批判するのはよくないぞ。
というわけで外へ。
人の気配を頼りにこっそりと歩く。
集落の中央に村人が集められているのを発見した。俺とシャネルはそれを物陰からこっそりと見ている。
村人の周りを囲むように馬に乗った男がちが7人。全員が手にモーゼルをもっている。
ふーむ、なんだろう。もしかしていまから処刑でも始めるのだろうか?
「あら、もしかして今から順番に殺していくのかしら」
どうやらシャネルも同じようなことを考えていたらしい。
やべえな、シャネルに毒されたか? 俺まで思考がちょっとバイオレンス気味だぞ。
「おいシャネル、あんまり女の子がそういうことを言うなよ」
「あら、でも処刑って昔から市民の娯楽でしょ」
くそ、どこの中世だ。
あ、でもそういや最後にギロチンが使われたのは意外と最近って聞いたことがあるぞ。たしか最初のスターウォーズが公開されたのと同じ年だったとか……。
ま、いまはどうでもいいことか。
「お願いします、この村にはもうあなたたちに渡すものなどなにもないのです!」
たぶん村長だろう、一番偉そうな人が言う。
「そうかそうか、じゃあお前ら全員を殺しちまおうか。どうせもうなにもないんだろ?」
馬賊たちは下品に笑う。
どうやらこの村は長いあいだ馬賊に貢物をしていたらしい。
そんなのルオの国ではそこらじゅうで行われていることだ。そのお礼として馬賊は村を守ったりするのだが、どうもあの7人の馬賊とはそういう持ちつ持たれつの関係ではないようだ。
こんな痩せた土地で、貧乏人たちが争っている。
そんなことにならない国を作るためにティンバイたちは戦ったが、どうやらまだこういった遠くまでその結果は波及していないようだ。
「どうするシンク? 助ける?」
「いやだよ。だってこの村の人、俺たちに優しくなかったじゃないか」
「たしかにね」
こういうの因果応報っていうんだよな? 日本語あってあるか?
「絶対に助けないからな!」
と言いつつも、なぜか刀に手をかけてしまう俺。
あれ、なぜだ!?
「お優しいことで」
シャネルが呆れたように言う。
「違うから! これは昨日もらった刀の試し斬りをしたいだけだから!」
「はいはい、じゃあそういうことにしておきましょうか。それなら私は手を貸さないで良いわよね」
「ヤバそうだったら魔法ぶっぱなして」
「あっ、ちょっと待って!」
出ていこうとしたところをシャネルに止められる。
「なに?」
「意外と私達、出ていかなくてもいいかもよ」
「どうして?」
あれよ、あれとシャネルが指差す。
その指の先には……え、アイナさんっ!?
「いやいやいや、むしろ助けにいかないとまずいでしょ!」
「でも本人はけっこうやる気みたいよ」
「ほ、本当だ!」
なんだかアイナさん、いかにもな感じで肩をぐるぐる回しながら『さて、いっちょやってやりますか』みたいな顔をしている。
バカなのか、あの人?
……バカなんだな。
「お前ら、なにしてるアルカ!」
けっこう響く、自信満々な声。
「なんだてめえ!」
「お前ら最近この村を食い物にしてた馬賊ネ! このアイナ様が成敗してやるヨ!」
あちゃー。そもそもどうしてあの人、村にいるんだ?
ドモンの家からここまではけっこう遠いはずなのに。
「タイミングがいいやら悪いやら」と、俺は呟く。
「ううん、あの子これを狙ってたらしいわよ」
「はっ?」
「だって言ってたもの。馬賊がよく襲ってくるから、こうして見回りしてるんだって」
「なんでそれ俺に言ってくれなかったの……」
こっちはいちおうドモンくんにあの子に格闘技をやめさせろって言われてたんだぞ。そのためにわざわざまだこの村に残ってたのに。
なんのためにそんなこと言われたと思ってるんだよ。あの子を傷つけないためだろ。
俺は恨めしげにシャネルを見つめる。
シャネルは爽やかな笑顔だ。
「なんでっ!」と、もう一度聞く。
「だってそのほうが――面白そうだもの」
最低だ!
これはあれだな、シャネルもここのところ暇だったんだな。
そうだよな、切った張ったの馬賊家業から足を洗っていきなりこれじゃあね。ニートみたいなもんだからな。シャネルの大好きなお洋服も買えないし。
暇にもなるよな……。
さて、これでもう迷いなく助けにいかなければならない。
「お前らみたいな人間のクズはやっつけてやるアルヨ!」
あのバカ――もといアイナさんは馬賊どもを煽る煽る。
馬賊どもは怒りに目を吊り上げさせる。
たいしてアイナさんは余裕の表情。まったくどこからその余裕がくるのか。
「てめえ、ぶっ殺してやる!」
馬賊の一人が馬から降りてアイナさんに近づく。
「おい、待て。そいつ高く売れそうだ。殺すのはよせ。みろよ、金髪に白い肌。洋人は嫌いだが、悪趣味なやつらには高く売れる」
馬賊のリーダー格だろう、一番ガタイのいい男が言う。
「あいよ、攬把」
俺は鼻で笑う。
あんなただのデブチンが攬把?
俺は真の攬把というものを知っている。強くてなんだかんだで優しくて、自分の信念に真っ直ぐな男だった。それに比べてあれはただのお山の大将だ。
男がアイナさんに近づく。それにたいしてアイナさんはえいや、と拳を突き出した。
うーん、へっぴり腰。あれじゃあぜんぜん体重が乗ってないよ。ダメージは皆無だな。
「あれっ? おかしいアルナ」
「調子に乗んじゃねえぞ、このアマっ!」
男が拳を振り上げた。
それより一瞬前に俺は走り出す。
誰よりも早く、速く、疾く動く。
そしてアイナさんと男の間に入り込み、抜刀。
下段から抜き放たれた刀を音の振り上げた手首を切り裂いた。
軽々と飛んでいく手首から先。 それが地面に落ちても、腕を切られた男は状況を理解していないようだった。
「あっ? あれっ?」
「アイヤー! 腕がぶっとんだよ!」
アイナさんの声で男も理解したようだ。絶叫をあげて腕を振り回す。
返り血が頬につく。俺はそれをぬぐい、ため息をついた。
「アイナさん、あんまり無理しないでくれよ。ドモンくんが悲しむぜ」
「お前、いきなり、どこから現れたヨ!」
どうやら俺の動きが早すぎて見えなかったらしい。
「なんでもいいから、下がってろ」
俺は刀を構えて馬賊たちを睨む。
やれやれ、久しぶりの戦闘だ。ちょっくらもんでやるかな。




