180 偏屈な男
外が薄暗くなっているのが感じられた。
俺たちは世間話を繰り返していた。
刀をうって欲しいというお願いはまだできていなかった。
「そろそろ暗くなってきたな。榎本、今夜の宿はあるのか?」
「あー、いちおう麓の村に泊めてもらうけど」
「麓? その人も一緒にか」
ドモンくんはなにか言いたげだ。
「そのつもりだけど」
「よく許したな、あんな排他的な奴らが」
「洋人ってやつ?」
「そうだ。アイナも――」ドモンくんは少しだけ悲しそうな顔をする。「それで俺と暮らしてるんだ」
「この国はそういう差別思考が強いよな……」
奉天の街でも最初はそうだった。
いや、べつに俺の周りでシャネルが認められていただけで、もしかしたら俺の目の届かないところでシャネルも悲しい思いをしていたのかもしれないが。
「まあ、やっぱり泊めてもらえないとならばここに戻ってこい。何日かくらいなら置いといてやる」
「ありがとう、ドモンくん」
「ふふ、その言い方もなんだか懐かしいな」
「ドモン、そう呼ばれたいアルカ? なら私が呼んでやるヨ」
「アイナ……お前は少しだけ黙ってろ」
ドモンくんの様子を見るに、手綱は握れていないのだろうか?
でもこういうのも意外と良いコンビなのかもね。
「あの……それでドモンくん。ちょっとお願いしたいんだけど」
「断る」
あらら、即答だ。
「せめてこちらのお願いを聞いてからでも良いんじゃないの?」
シャネルは少しご立腹。
「どうせ俺に刀をうてと言うんだろ、榎本」
「ま、まあ……」
「ふん、この国に俺のつくる刀を使いこなせるやつなんていねえさ。どいつもこいつも俺の刀を乱暴に使って壊す。それか刀を観賞用のもんだと思ってやがる」
「お、俺は違うぞ」
「榎本、お前のその背中の剣。見せてみろ」
「えっ……」
俺は柄だけになった剣をみせる。
「刃はどうした? それともはったり用の飾りか?」
「こ、壊れた」
やれやれ、というようにドモンくんはため息を付いた。
「この剣の柄なら、かなりの大剣だったんだろ。その刃を壊しちまうようなやつに俺の刀はやれねえな」
「い、いや……それは……」
違うのだ、乱暴にふるって壊れたのではないのだ。
ただ魔力を無理やり通して、それで粉々になっただけなのだ。
でもそれは言い訳だろう。
だって確かに、俺は剣のことなんて考えないで魔力をバカみたいに剣に込めた。
考えてみればこれまで剣を大事にしたことなんてなかった、手入れだってほとんどしてこなかった……。
たぶん、ドモンくんが言いたいのはそういうことなのだろう。
自分の刀を大切に使ってくれる人にしか渡したくない。売り手が客を選ぶなんて、という意見の人もいるだろうが、職人とはそういうものかもしれない。
「もっとも、俺とはまんざら知らない仲でもない。そんなに剣がほしけりゃ隣の工房から好きなのを持っていけ」
「い、良いの!?」
「といってもほとんどが試作品やら失敗作だ。捨てるくらいなら使えば良いさ」
「そ、それじゃあダメなんだ」
「ダメだぁ?」
「もっと頑丈な、強い刀が欲しいんだ」
「それで乱暴に使って壊すのか?」
「そうじゃなくて……」
「なんにせよ今日のところはこの話は終わりだ。アイナ、飯を作ってくれ」
「分かったアルヨ!」
「シンク、私達は帰りましょうか」
「ああ……」
シャネルに言われて、俺は立ち上がる。
ドモンくんは外まで見送りに来てくれる。
「悪かったな、気を悪くしないでくれ」
「いや、こっちこそいきなし不躾なお願いだったよ。ごめん」
「別にお前のことが嫌いってわけじゃないんだ。ただな、どうも俺は刀をうつということを特別に考えているらしくてな。簡単にできることじゃないんだ」
「でも貴方、店に刀をおろしてたのでしょ?」
シャネルが鋭くつっこむ。
「あれは生きるために仕方なくさ。それにしたって俺の本当にうちたち刀とは違ってた。自分でも分からないのさ、どうやって刀をうてばいいのか。この歳になってもな」
変なの、とシャネルはそっぽを向く。
けれど俺は少しだけドモンくんの気持ちが分かった。
きっとドモンくんはロマンチストなのだ。自分の中の幻想を求めている。そこにある名刀を自らの手で作り出そうとしているのだ。
それまでにうたれる刀はすべて、一振りの名刀のための準備でしかないのだ。
もっとも、理解はできるが生きづらそうだなとは思った。
じゃあね、と俺たちは手を振って別れた。
しばらく進んでドモンくんの家が見えなくなった頃にシャネルが口を開く。
「聞いたとおりの偏屈者ね」
「まったくだよ、けれどドモンくんらしいよ」
なんというか、昔から曲がったことが大嫌いな人だった。
たぶんその生きづらさのせいで不良になんてなっていたんだろうさ。
あの人は古い時代の不良だった、といまでも思う。学校やら社会やらに不満があって、それに抵抗していたのだ。
自分の意思を持って。
そしていま、形は違うかもしれないがドモンくんは自分の意思をもって刀をうっている。
なんだか俺は彼のことを懐かしく思えた。
「でもどうするの? 剣をうってもらえないとなると困るでしょ」
「そうだな、いつまでも無手でいるわけにもいかないし」
「いっそのことそこらへんの剣で妥協したら?」
「それだとまたすぐ壊れるだろ」
「安物買いの銭失い、ね」
「べつに安物ばっかり集めたわけじゃないんだけど。でもそうなると、どうしてフミナちゃんにもらった剣はあんなに丈夫だったのかな」
「そりゃあプルシャロン家の家紋が入るほどの剣でしょ。そうとなもののはずよ」
「けっきょくは造り手の腕次第か」
「そういう意味じゃ、あの人の腕の方はどうなの?」
「さあ……それは知らないけど」
けれど悪くないとそう信じていた。
奉天の武器屋にあった日本刀、あれはかなりの業物だ。手に持った瞬間によく馴染んだことからも理解できた。
やっぱりなんとか説得してドモンくんに刀をうってもらいたい。それもきちんとした――。
弘法筆を選ばずなんて言葉があるけど、あれはきっと嘘だね。達人ともなれば武器を選ぶのにだっていろいろと制約がでるわけだ。
まったく面倒なことだ。




