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179 刀鍛冶


「私の名前、アイナよ。お前ら、名前なにアルカ?」


 とりあえず自己紹介。


「榎本シンク……です」


「シャネル・カブリオレよ」


 なんというか、みょうにぐいぐいくる感じの子だ。というかバカっぽいぞ。


 いや、あんまり初対面の人にそんなことを言うのはダメだと思うんだけどね。


「榎本にシャネルか、まあとりあえずお茶でも飲め」


 そういって淹れられたお茶はみょうに薄かった。まるでただのお湯だ。


「えーっと、貴女はドモンさんの奥様ですか?」


 シャネルがそう聞く。


 まあ色ボケシャネルさんはそういうことが何よりも気になるわけだ。


 実は俺も気になっていたんだけどね。


「私とドモン、そういう関係違うヨ。ただの同居人。えーっとうまい言葉が出てこないヨ。ひも? なんかそんな感じネ」


 うっ……なんだ、微妙にシャネルの視線が痛いぞ。


 いやいや、俺はこのルオの国ではかなり頑張ったからね。ちゃんと馬賊として働きに出てたからね!


「ふうんそれにしてもシンクとそのドモンさん? どういう関係なの?」


「それ、私も気になっていたヨ! お前、ドモンとどこで知り合った!」


「あー、いや。同郷なんだ」


「ジャポネの?」


「あーうん」


 いいかげんシャネルには本当のことを伝えなくてはいけないとずっと思っているのだが、こういうのって改めて言うタイミングないよね。


 そのせいでずっとシャネルには嘘をついている。


 いまさら本当のことなんて言えないよ。べつに嘘をついていたからといってシャネルが俺のことを嫌いになるとも思わないけれど。


「そうか、ドモンはジャポネの出身だったアルカ。とにかく自分のことなんて話さない男アル。良いこと知ったネ」


 うんうん、とアイナちゃんはしたり顔でうなずく。


 うーん、ちょっとバカっぽいけど身長もスラリと高くてかなり整った顔立ちをしている。体つきは細く見えるが、実際は引き締まった筋肉がついているようだ。


 俺だって武道家のはしくれ、それくらいは分かる。


「それにしてもお前たち、どこから来た? まさかドモンもせっかく会いに来たお客さんだし、追い返すようなことはしないだろうけどナ」


「奉天からよ」


 と、シャネルが言う。


 ドレンスから、と言わないあたり、シャネルも奉天での暮らしを気に入っていたのだろう。


「アイヤー。それは遠路はるばるご苦労さんネ。あれ、でも奉天いま大変なことになってるんじゃないカ?」


「大変なことって?」


「えーっと、張作良チャンヅォリャンがいろいろやってて大変なことになってるって。ルオの朝廷に反旗はんきを翻してるってきいたアルヨ」


「それはもう終わったのよ」


「終わった、アルカ?」


「そうよ。ね、シンク」


「まあ終わったな」


 というか俺に話をふるな。


 正直に言おう、初めて会う女の子を前にして少しだけ緊張しているのだ。


 というかドモンのやつ……こんな可愛い女の子と一緒に暮らしているのか?


 羨ましいな。


 いや、でもはたから見れば俺も同じようなものか?


 ちらりとシャネルに視線をやる。


 こうしてまじまじ見るとシャネルは可愛いな、というか美しいな、見慣れてるはずなのにドキドキするぞ。


 いかんいかん、こんなことをしに来たのではない。


「それで、ドモンくんは?」


 俺は本題に入るようにきりだす。


「あー、材料を取りに行ってるアルヨ」


「材料?」


って……刀のか?


 刀ってなんでできてるんだったかな、玉鋼たまはがねだったかな。いや、そもそも玉鋼ってなんだ、鋼とは違うのか?


 鋼……ハガネタイプとかいぶし銀って感じで格好いいよな。


 なんて思っていると、言えのドアが開いた。


 入ってきたのはクマのような大男だ。


 ヒゲモジャの顔面から、濁った目がいぶかしげにこちらを覗いていた。


「客か、アイナ」


 と、大男が言う。


「ドモンの客よ」


「……俺の? 悪いが誰だ」


 俺は思わず立ち上がる。


「久しぶり」と、言う。


 俺の体感では1年ぶりくらいだろうか。でも大男――ドモンくんからすればかなりの年月を経ているのだろう。


 不思議そうに首を傾げてみせた。


「誰だ?」


「俺だよ、榎本シンクだ」


 そう言った瞬間、ドモンくんは驚くよりも早く破顔してみせた。


「ははっ、榎本か。なるほど、たしかに久しぶりだ」


 その笑顔は不良少年だったときのものと寸分違わない、無邪気なものだった。


 こうして見ればなるほど、ドモンくんなのだなと納得できた。


 俺はどちらかといえばドモンくんが好きだった。粗暴で、粗野で、荒々しくて、間違いなく不良だった。学校に来ることも少なくて遅かれ早かれ退学処分になるのが目に見えている生徒だった。


 けれどドモンくんには一つだけ、いいところがあった。それは弱い者いじめを絶対にしないということだ。それどころか他人の揉め事に口をだして仲裁することもよくあった。


 残念ながら俺へのイジメが本格化したころにはドモンくんはほとんど学校に来ていなかったけど、それでも何度か助けてもらったことがあったはずだ。


「そちらのかたは?」


「シンクの妻です」


 平気な顔して嘘つくよねー。


「そうか、おめでとう榎本」


 そして簡単に騙されるよね。


 いや、真顔で言われたら普通騙されるか。というか嘘だと思わないだろうな。


「違うから、シャネルって言って俺の同行人。俺、冒険者してるんだ」


「ほう、冒険者か」


 ドモンくんは部屋のすみに重たそうに体をおろす。


「そういうドモンくんは鍛冶屋をやってるんだろ?」


「ああ、そうだ。それを知ってここに来たのか? まさか俺に会いに来たわけでもあるまいし」


「いや、半分はそれであってる。奉天の街にいたときに日本刀を見たんだ。それでもしかしたら同じように異世界から転移してきた人がいるんじゃないかと思って」


 本当のところ、それが俺の復讐相手のうちの1人だったらもっと良かったのだが。


「そうか、奉天にいたのか。あっちはいま大変だろう」


 みんなこれだ。


 どうやら田舎まで話は回っていないよう。


「いや、もう終わったんだ。この国を支配していた木ノ下は死んだ」


 俺が殺した。


「木ノ下?」


 ああ、そうか。ドモンくんはそれも知らないのか。


「そう。木太后ムータイホウは木ノ下だったんだよ、俺たちと同じ、あっちの世界から転移してきた」


「転移……か。正直俺はなにもかも夢じゃないかと思っていたくらいだよ。榎本、お前に会うまでは」


「夢?」


「そうさ。こっちの世界がじゃないぞ、あっちの世界にいたときがさ。まるでそう、長い夢だったんじゃないかって思えて」


 そういう考えも、あるのか。


「全部現実さ」


 と俺は言う。


「ああ。こうしてお前に会えて確信したよ。そうなんだな、俺たちはいま違う世界にいるんだな。そんなこと、この二十年でだいたい分かってたけどな」


 ねえねえ、とシャネルが俺の服を引っ張る。


「どうした?」


「異世界って……なに? ジャポネってそんなに遠い場所なの?」


「あ、いや。あはは」


「なんだ榎本、その人には俺たちのことを話してないのか」


「ま、まあ」


 ふうん、とドモンくんは頷いた。


 どうやら空気を読んでくれたらしい。


「アイヤー、男どもはいつもそうね。隠し事するヨ」


「怒るなよ、アイナ。男には自分の世界があるのさ」


 なあ、とドモンくんはにっこりと笑った目をこちらに向けてくる。


 うん、と俺は頷く。


 やっぱりそうだ、俺はドモンくんだけはクラスメイトの中で嫌いじゃなかった。


 こうして名前もちゃんと覚えているくらいなんだから。


 俺はよけい、ドモンくんに刀を作って欲しいと思った。俺専用の刀を――あるいはそれを友情の証として。


 しかし、どう話を始めればいいか?


 どうやら刀鍛冶としては偏屈らしいが……ま、なるようになるか。


 俺は緊張に生唾を飲み込んだ。


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