178 変な女とドモンくん
というわけで、新しい剣が必要になったとき真っ先に思い出したのはドゥーモンとかいう名前の刀鍛冶のことだった。
ルオの北の方――つまりは北大荒に住むという刀鍛冶。これはぜひとも会いに行きたいと思った。
え、なんでわざわざ会う必要があるかって?
それがね……なくなってたんだよ。奉天の街に。
なんでもそうとうに評判が悪かったらしくて、もう仕入れないことにしたとか。もともとあった分は試しに買ってみたんだけど、『グローリィ・スラッシュ』一発で壊れたし。
そこで俺は思ったのである。
――そうだ、ティンバイのように特注で作ってもらえば良いんだ!
そうと決まれば話は簡単だ。そのドゥーモンさんとやらのところへ行くしかない。
そして突然俺はコミュ障だから、そこらへんの交渉はシャネルさんにお任せだ。
完璧な作戦。
俺ってば頭が良いな、偉いな。
「はいはい、ここで到着ネ」
「ありがとうよ、とりあえず何日かしたら帰るんだけど――」
「それまでこの村で待ってますよぉ。なにせお金たくさんもらってますからね、ハオハオ」
「ついでに先に宿も探しておいてもらえるかしら?」
「もちろんですよ、わたしお金持ち大好き。お金のためならなんでもやるよ、それ私の信念」
なんかヤバそうな信念だな。
ま、いいか。
「じゃ、よろしく」
俺は馬車から飛び降りる。
そして何を思ったのか――自分でも分からない――シャネルに手を差し出した。
「あら、気が利くのね。ありがとう」
シャネルは俺の差し出した手をとって、まさしく令嬢といったようなしとやかさで降りる。
こういう格好がけっこうさまになるのだから、シャネルはすごいと思う。
さて、俺たちがついたのはいちおう集落だ。
ルオの国ではどこにでもある寒村。これからどんどんこの国がよくなっていって、それでこんな村なくなるのだろうか? 分からないけど。
「それで、その刀鍛冶。悪魔さんだったかしら?」
「ドゥーモンらしいけど」
「そうそう。その人に会いたい、と」
いちおうシャネルにも説明したんだけど、意外とデーモンという名前が気に入ったようだ。
なんせゴシックでロリータなシャネルさんだ、悪魔信仰とか好きそうだよね。あ、アイラルンも悪魔みたいなもんか。
「とりあえずそうね、そこらへんの人捕まえて居場所を聞いてみましょうか。刀鍛冶なんて職業なら、こんな小さな村だしみんな知ってるでしょう」
「頼みます」
「ねえシンク、あんまり言いたくないけどこういうのも慣れなくちゃダメよ」
「はいはい、いつかね。それにキミがいれば十分だろ?」
「ふふん、もちろんよ」
おや、なんだか嬉しそうなシャネルさん。
「いや、他意はないぞ」
と、釘を刺す。
「だって私たち、夫婦ですものね。結婚式はなんだかんだであげられなかったけど――」
「いやいやいや」
まだそれ言ってたのかよ。
あ、ちなみに夜のお仕事ってただの買い出しのことでした。重いものを買うとかで。ま、そんなところだろうと思ったけどさ。
シャネルがそのへんにいる人に道をたずねる。
「ああ、ドゥーモンさんね。それならあの山の中に一人で住んでるよ。なんだい、あんたらあの人をたずねてきたのかい?」
40がらみの男だ。さえない顔をしている。
「ええ、そうなんです」
「やめたほうが良いよ、偏屈な人だから」
「偏屈さならうちの旦那も負けてませんわ」
旦那じゃないぞ。
というかそもそも俺は偏屈じゃない。
偏屈じゃないよな?
「まあ、山に入るのは止めはしないけど。あんたら旅人だろ? 泊まるところとかあるの?」
「それでしたら御者が先に根回ししてますから」
「ああ、あの馬車か。あんたらが噂の金持ちねえ……」
なんか変な噂がたってるな。
金持ちか……そりゃあたしかに結構お金ちゃんは持ってるけどね。
ティンバイのところはとにかく金払いが良かったからな、俺はあんまりお金ちゃんを使わなかったから、とにかく貯まりに貯まったんだけど……。
「あんたら、変なもんをもちこまないでくれよ。この前も変なもんが落ちてきて、私らは難儀してるんだから――」
「別に私たちは変なものなんて持ち込みませんよ」
シャネルはちょっと怒ったように声を低くする。
「……ふん、洋人が」
それにたいして村の人は小声でつぶやいた。
本当に小さな声だったが、俺の耳には聞こえた。
「おい、あんた」
「な、なんだよ。け、剣でも抜くつもりかよ」
「ああっ?」
お望み通りに、と俺は剣を抜いてやる。
「ひいっ!」
とはいえ、刃はない。
「別に、こんなもんただの重りさ」
「び、びっくりさせるなよ!」
「ただな、お前がシャネルをバカにするのなら俺だって容赦はしないぞ。剣がなくてもお前くらいどうにでもできるんだ」
睨みを利かせる。
馬賊生活が長かったせいか思考回路がヤンキーよりになっている気もする。
でも腹がたつのは仕方ない。
「シンク、あんまりすごまないの。さっさと行きましょう」
「……そうだな。ごめんな、おどかして」
自分よりも年上の男に謝るというのもなんだか変な気がするが、まあ、謝らないよりはマシだろう。
男はうらめしげに俺を睨む。
はあ……たぶん村では俺たちの評判最悪だろうな。
まったく……他人に嫌われるってのは慣れてないぜ。
俺たちは村を出て山へと入っていく。
普通の山。とくにコメントもない。でも道が意外と整備されていて歩きやすい。
「モンスターとかでないか心配ね」
「出てもなんとかなるだろ。というかルオの国にはあんまりモンスターいないよな」
「そうね」
そういうのお国柄、というわけだ。
半人とかもいないし。異世界といっても広いんだよな。
しばらく――具体的には一時間ほど――テコテコと歩いていくと小さな家が見えてきた。
しかもその横には工房だろうか、もう一軒なにか建物がある。
「煙突があるな……」
たぶんあれが刀鍛冶の家だろう。
「あるわね」
シャネルが家に行き、トントンと扉を叩く。
しかし返事はない。
俺たちは顔を見合わせる。
「留守か?」
「音がしないわね」
「たしかに」
どうしようか、出直そうか。
でもここまでけっこう遠かったしな……。
「ああっ、お前たち、なにやってるアルカ!」
いきなり背後から叫び声。
俺は飛び上がるほどに驚く。まったく気配がなかった。
「別に怪しいものじゃありませんわ」
しかしシャネルはさすがだ、ぜんぜんどうじていない。
「ここはドモンの家アルヨ! 盗みに入ってもぜんぜんまったくこれっぽっちも金目のものなんてないアルヨ!」
ないアルヨって……それってないの? あるの?
というかこの子……誰だ?
見たところ歳は俺たちと同じくらい。
紫色の目立つチャイナドレスに、髪の色は金色だ。この国ではかなり珍しい。肌も白いし、もしかしなくても外国人だろうか。
でも喋りには強烈ななまりがある。
「私たちはここに住むデーモンさんに刀をうってもらおうと思って来たのですけど」
「お前たち……変な組み合わせネ。ルオの国の人間と、お前洋人カ?」
「ええ、そいうい貴女も?」
「私はロイアの血流れてる。両親がアムール越えてこの国に来た。でも心はルオの人間ネ」
少女――というには大人びた女が、俺たちを警戒するように睨んでいる。
やれやれ、と俺はため息をつく。どうもこの村に来てからというもの、人に嫌われてばっかりだ。
「なあ、あんた今、ドモンと言ったか?」
「そうアルヨ。ここに住むのはドゥーモンでもデーモンでもない。ドモンよ。お前ら言いづらいからって人の名前を言い換えるヨクナイ」
「ドモン……ねえ」
もしかして、という気持ちが半分。
まさか、という気持ちが半分。
しょうじき日本刀を見た瞬間から心のどこかで察していたのだ。
――これを作ったのは俺と同じ転移者ではないかと。
そしてドモンという名前を聞いて、ピンときた。そうだ、そういうやつがいたはずだ、クラスに。といってもドモンくんと俺はほとんど関わりがなかった。
というかドモンくんとは誰とも関わりがなかったはずだ。
なにせ彼は――不登校だったからだ。
といっても俺の不登校とは具合が違う。彼の場合はサボタージュ。誰かにイジメられているわけではなくて、単純に素行が悪くて学校に来なかったのだ。
いわゆるところの不良。
当然、俺は苦手なタイプだった。
でも俺のことをイジメるようなことをしなかったから、そういう意味では他のクラスメイトよりも好感が持てた。
そうか……ドモンくんもこっちに来ていたのか。
アイラルンのやつ、不登校のやつくらいほうっておけよ。あ、それだと俺もほうっておかれるのか。
「というかキミ、ドモンくんのなに?」
「お前らこそ、ドモンのなにアルカ!」
「……友達?」
いや、友達は言いすぎたか?
「と、友達! ドモンに友達がいたアルカ! あの偏屈野郎に! これはめでたいアルヨ!」
やべえ……すげえ喜んでるぞ。
「友達なの?」
と、シャネルが聞いてくる。
「い、いちおう」
「そうと決まれば中で待ってロ! 大丈夫、どうせすぐに帰ってくるアルヨ!」
そんなこんなで俺たちは中に通される。
鍵はあいていた。不用心だけど、まあ田舎だしこんなもんか。
……というか、この子だれ?
謎だった。




