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174 エピローグ


 俺たちはルオの首都からまるで逃げるように出ることになる。


「なんだよ兄弟、ずっとここにいたら良いじゃねえか」


 とはティンバイのセリフだが、丁重にお断りする。


「いや、まだやることがあるんだ」


「そうかい、兄弟。さて――俺たちも奉天に帰るかな」


「いやいや、お前は帰るなよ」


「ああっ? なんでだよ」


「いや、だってお前はこの国の王様になるんだろ」


「バカか、兄弟。俺様がいつそんなこと言ったよ。俺様はいつまでも一馬賊さ。国王だとか、帝王だとか、そんな言われかたされたくねえな。攬把、といつまでも言われてえよ」


 それはそれで無責任なような気もするが、しかしティンバイはもとよりそのつもりだったらしい。これから先の政治はスーアちゃんに任せるのだという。


 この国はこれからどのようにして舵取りをしていくのだろうか。


 平等な、貧乏人のいない国を目指すというのが目標らしいが。


「ふふん、シンクさん。次に行くんですか?」


 ティンバイの隣にちょうどいたフォンさんが俺に言ってくる。


「まあ」


 次、という言い方がなんだか引っかかった。


「私もそろそろお暇をいただきますよ、攬把」


「おう、さっさとどこへなりとも行きやがれ」


「――すでに、英雄の鼎の重さは計り終えましたので」


「言ってくれるじゃねえか」


「そして、貴方もですよシンクさん。アイラルンが熱を入れる理由がわかりました」


「えっ――?」


 いま、なんと言った? 


 けれど俺以外の人はなんの反応もしめさなかったので、もしかしたら聞き間違いかと俺は思った。


 ティンバイは意外とすんなり別れの挨拶がすんだが、他の人たちは大変だった。


 俺が出ていくと言うと、まあ騒ぎになる騒ぎになる。ダーシャンなんて泣きわめきながら俺を引き留めようとするのだ。


 それもあって俺は逃げるように国を出ることになるのだが。


「シンクぅー! 一生ここにいろよ! お前だってお前、お前!」


「うるせえよ、ダーシャン。暑苦しいからよるな!」


「たのむよぉ、まだいてくれよ!」


「バカ野郎、俺にはまだやることがあるんだよ」


「それって俺たち仲間より大切なのかよ!」


「離れてたって仲間は仲間だろ?」


「くうぅ~!」


 とまあ、そんな感じ。


 ほかにもハンチャンはまあ、いつもどおり冷静な感じで、「そうかい」なんて言うが、でその目元は泣いているようだった。


「なんかあったら遠慮なく帰ってこいよ」


「ああ。お前もさ、あんまり仕事ばっかりしてないでたまには家族のところに帰ってやれよ」


「分かってるさ。ありがとうな、シンク」


「こちらこそ」


 でもやっぱり一番心に残っているのはスーアちゃんだろう


「シンクさん……」


「ああ、スーアちゃん」


 彼女が俺たちのもとに来たのは、馬車の準備が整っていまからまさに旅立とうという時だった。スーアちゃんは忙しかったので、なかなか時間をとれなかったのだろう。


「行くって本当ですか?」


「まあね」


「おいていくんですね、私のこと」


 おかしなことを言う子だと俺は思った。


 だから肩に優しく手をおく。


 子供に言い聞かせるように、


「おいていくわけじゃないよ」


 と微笑んだ。


「すいません、へんなこと言っちゃいました」


 シャネルがなぜか俺たちから離れる。


 ――どうせ最後でしょ、好きにお話ししてね。


 とでも言いたげだ。


「スーアちゃん、俺はこの国から出る。俺にできるのは国を壊すことだけさ。あとはキミたちみたいな人が政治をきちんとやってこの国を新しく作っていくんだよ」


「はい、私、頑張りますから」


「ああ、応援してる。大丈夫だって、キミは俺が出会った人で一番頭が良い子だよ」


「ありがとうございます」


「出会った中で一番可愛い子かもしれないし」


 と、言ってあげる。


「もう、からかって。シャネルさんに怒られますよ」


「大丈夫、シャネルは一番きれい。きれい部門と可愛い部門は違うから」


「ふふ、男の人って都合が良いですね」


「どうとでも言ってくれよ。それじゃあね、ばいばい」


「シンクさん、そういうときルオでは『ばいばい』なんて言わないんですよ」


「ほう。じゃあ、なんて?」


再見ザイジィェン。そう言うんです」


「サイチャン? そうか。また会いましょうって、そういう意味か」


「はい、二度と会わなくてもそう言うんですよ。再見」


「そうだな、再見!」


 スーアちゃんが手を振る。俺はそれを背中に受けて、シャネルと馬車に乗る。


「もう良いの?」


「ああ」


「いっそのこと連れていけば、スーアちゃんも。お気に入りだったんでしょ?」


「バカいうなよ、俺にゃあお前だけで手一杯さ」


「愛一杯?」


 そんなことは言ってない。


 けっきょく、いてもずっと引き止められるだけだから。俺とシャネルは空が暗いうちに街を出たることになったのだった。


 あんまりね、いてもね、後ろ髪を引かれるだけだからさ。


 俺たちを乗せた馬車は外へと向かっていく。


 冷たい風が吹き荒れる。ルオには長く居たので、この風にもずいぶんと馴染んだ。けれどそれもお終いだ。


「悲しいの?」


 と、シャネルが聞いてくる。


「別に」と、俺はそっけなく答えた。


 どうせこの国に入った時も俺はシャネルと二人っきりだったのだ。それがまた元の状態に戻るだけ。


 仲間たちとはお別れだが、別にそれで俺たちの縁が切れいるわけではないのだ。


 けれどやっぱり別れは……悲しいのかもしれない。


 静かな――静かすぎるほどの夜だった。もしかしたらこの世界には俺とシャネル以外の人間がいなくなってしまったのではないかと、そんなおかしなことを考えてしまう。


 けれどそんなことはない。


 むしろ、逆だった。それを俺は首都から出た瞬間に気がつく。


 俺は、見た。


 荒野に整然と並ぶ馬賊たちの姿を。


 こんな夜中だというのに、馬賊たちは俺のために集まってくれたのだ。


 そのどれもが馬賊の正装たる服を着飾り、馬に乗り、モーゼルを構えている。


 ただ静かに、俺のことを待っていてくれた。


「兄弟、再見!」


 先頭に立つティンバイが叫ぶと同時に、並び立つ馬賊たちは全員が礼をする。


 まるで人の壁だ。どこまでも続く人の壁。


 それら全てが俺の仲間なのだ。


 俺の仲間たちは俺との最後となるかもしれない別れをおしんでくれている。


「再見、再見! ありがとう!」


「なんかあったらいつでも言いな! 韋駄天いだてんよりも早く駆けつけてやるぜ!」


「頼むぜ、ティンバイ!」


 なんだよ、逃げるようにして出たなんて。


 ぜんぜんそんなことはない。


 みんなが俺を見送ってくれるのだ、これを逃げているなんて言ったらバチがあたるってもんだぜ。


 馬車は荒れた荒野を進んでいく。


 俺はずっと再見を叫び続ける。


 いつか、次に俺がこの国に戻る時、きっとこの国はもっと栄えているだろう。


 大丈夫だ、この国の人間は強い。いままでずっと貧乏に耐えてきたんだ。どん底まで落ちればあとは上るだけ、よく言うだろ?


 だから俺はいまからその時を楽しみにしている。


 きっと大丈夫。


 いま、夜空には満天の星がきらめいている。


 しかし月はなかった。


 その星空に魔弾が昇った。


 その魔弾一つは、新たな星のように空に輝く。


 きっとその星は遠く遠く離れても見ることができるだろう。


 再見。


 その約束を胸に俺たちを乗せた馬車は走る。


 ふと、シャネルが俺に抱きついてきた。俺はそれを慌てることなく、きちんと抱きかえすのだった。



長かった第三章もこれで終わりです

ここまで読んでくれた皆様には本当に感謝しております

明日はオマケのステータス、そのあとは一週間ほど短編の更新となります

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