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173 龍の最後


「王道楽土か……」


 と俺は誰にでもなくつぶやいた。


 木ノ下を殺した手の感触は、いまだに残っている。


「なあに、それ?」


「武による覇道ではなく、徳による王道によって満州に楽土を作ろうって考えさ。学校で習わなかったか?」


「あらシンク、学校に行ってたの? 意外とエリートだったのね」


 微妙に話がかみあっていないが、まあいいや。


 ティンバイはいったい王道によってこの国をとったのだろうか、それとも侵略者として覇道を突き進みこの国をとったのだろうか。それは俺が考えることではなく、後年の歴史家が考えることだろう。


 そのさいに俺が殺した木ノ下のことがティンバイの汚点にならないことを祈るだけだ。


 ふと、空が暗くなった。


 嫌な予感とともに、紫禁城の中にあった建物が一つ、粉々に砕け散る。かと思えば、そこから龍が現れた。


「リンシャン……ここにいたかよ」


 ティンバイが悲しそうにモーゼルをかかげた。


 龍はまっすぐにこちらに向かってくる。


 それにたいしてティンバイは魔弾を連射する。それだけで、龍はたじろぎ一度上空に逃げた。


 あきらかに龍の動きは精彩せいさいを欠いているようだ。この前、俺が『グローリィ・スラッシュ』をあてたダメージが残っているのだろう。


「あれを操っる魔術師がどこかにいるはずよ――」


「シャネル、頼む。俺はティンバイとここで戦う」


「まかせて」


 駆け出すシャネル。


「スーアちゃん、下がってろ」


 俺がいうまえにスーアちゃんは遠くへ逃げている。そしてこちらに手を振って、「頑張ってください」なんというか、分かってきたなスーアちゃんも。


「兄弟、このバカげた戦いもこれで終わらせるぞ」


「了解だぜ、攬把」


 龍は雄叫びをあげていまいちどこちらに向かってくる。


 恐ろしいまでに鋭利な牙が顔をのぞかせている。


 俺たちはその場から二手に別れる。


 龍が狙うのはティンバイだった。


「やれ、兄弟!」


 俺は腰だめに剣を構える。


「隠者一閃――」


 しかし、その詠唱のタイミングで龍がこちらを向いた。


 しまった、と思うがもうおそい。龍はタメの動作を完了させていたのだろう。その口から炎を吐き出す。


「――『グローリィ・スラッシュ!』」


 ――あれ、なんだ?


 不思議な感覚があった。俺の『グローリィ・スラッシュ』がいつもと感じが違った。なんだろうか、剣の中で魔力が滞ったような感覚がしたのだ。


 それが弾け飛ぶようにしてビームが出た。


 俺の放った一撃は炎と相殺されてしまう。


 だがそれで負ける俺たちではない。ティンバイの銃弾はその間にも絶え間なく龍に撃ち込まれている。


 龍はあしたもこちらもと攻め立てられ、右往左往している。


 そしてやはり逃げるために空に飛び立つ。


「いまだ――兄弟!」


 いまと言われても――。


 間に合わない。


 飛び上がった龍は空から俺たちに向かって炎を吐く。


 俺はとっさにティンバイに飛びつく。


 魔力のエフェクト。強い光が発生する。


 久しぶりに発動した『5銭の力+』。なくなったのはお金ではなく寿命か? そもそも俺はいま、金になるようなものをもっていなかったはずだ。


「なんだ、兄弟。いまのは!」


「ただの奥の手だ。ほら、すぐに立て。次が来るぞ」


 龍は狂ったように俺たちに向かって炎を吐く。それは球体状の火球だ。地面にボコボコと穴があく。


 どうすればいいのか分からない。


 俺の魔力はすでにつきかけている。


 シャネルがこの龍を動かしているやつらを殺すのを待つか? いや、そもそもこの紫禁城の中にこの龍を動かしているの人間がいるのか分からない。もしかしたら自立が型だったらどうするのだ。


 やはり俺たちでやるしかない。


 ――やるしかないのだ。


「ティンバイ、俺に任せてもらえるか?」


 ティンバイは目を細めて俺を見る。


「最後のトドメは俺様がやりてえんだがな」


「頼むよ」


「よしわかった、任せろ」


 作戦をたてる暇などない。


 ティンバイはすぐさま走り出す。


 俺は剣を構えた。


 さきほどの感覚――あれはなんだ?


 正しいかは分からない、しかしあれは『グローリィ・スラッシュ』の一つの進化系ではないのだろうか。


 だとしたら――。


 そこになにかしらの突破口があるかもしれない。


 ティンバイがたった一人で龍を引きつける。まるで軽業師のような動きだ。


 外からも龍のことは見えているだろう。しかしティンバイに入ってくるなと言われた子分たちは言いつけをしっかりと守っている。ティンバイもいまさら子分どもに助けをもとめる気などさらさらないだろう。


 広い紫禁城の上空を、流派縦横無尽にかけては隙きを見て火球を放つ。すでに降りてくるつもりはないのか、アウトレンジからこちらを撃っている。


 これではらちが明かない。


 そう思っているとティンバイがとんでもないことを叫ぶ。


「こいよ、リンシャン! 抱きしめてやるよ!」


 まさかその言葉を本気にしたわけではないだろう。


 龍はその体をゆっくりとこちらに向けて下降していくる。


 ――ティンバイ。


 と、声が聞こえた。


 それはリンシャンさんの声だろう。


 奇麗な、鈴の音のような声。


 俺は剣を振り上げる。


 ティンバイがこちらに走ってくる。それを追うように龍もこちらにくる。


「おらあっ! 兄弟、やれぇ!」


「行くぞ、隠者一閃――『グローリィ・スラッシュ』!」


 また、妙な感覚がある。


 俺はその感覚を大切にする。


 俺の『武芸百般EX』のスキルが、そのほうが良いと言っているのだ。


 それを信じて――。


 まるでそう、剣の中に魔力を停滞させるような感覚で。


 ティンバイとバトンタッチするようにすれ違う。


 龍がこちらに向かってくる。


 俺は剣を振り抜く。


「うらああぁ!」


 剣が光り輝き、そのまま龍を切り裂いた。


 いつものようにビームはでない。


 その瞬間、俺は察した。


 そもそも俺――そして勇者である月元――がやっていた『グローリィ・スラッシュ』は未完成の出来損ないだったのだ。


 考えてみればすぐ分かる。どうして「スラッシュ」と名前がついているのに出てくるのがビームなのだ。あれは魔力が溢れ出して流れ出たにすぎず、実際の『グローリィ・スラッシュ』は魔力をまとった剣で相手を切り裂くことなのだ。


 龍はその身をよじり、俺の剣をかわそうとする。しかしそれは顔面が大丈夫だっただけだ。車は急には止まれない、龍だって同じだ。


 そのまま勢いに任せて体が斜めに切れていく。


 その体のほとんどを、真っ二つに切り裂いてやった。


ハオ! 兄弟、よくぞやった!」


 切れた龍の下半身とでもいうだろうか、その部分はまるで魔力がオーバーフローするように弾けていく。


「もう一発だ」


 俺は龍の上半身に剣を向けようとする。


 だが、俺は自分の剣が粉々に砕けているのを知った。


 昔、フミナちゃんからもらった剣だ。長い付き合いだったが、とうとう壊れた。おそらく俺の込めた魔力に耐えられなかったのだろう。


 龍の上半身はその場に打ち捨てられるように転がっている。


 ティンバイはそれに近づくと、約束通り、本当にその体を抱きしめた。


「リンシャン」


 と、彼にしては珍しいほどに優しい声を出す。


「……ティンバイ、ありがとう」


 それが龍の出した声なのか、俺にはもうよく分からなかった。


 ただ――。


「覚えててくれたのね、私のこと……」


「当たり前だろ、リンシャン」


「……ありがとう」


 龍は最後の力を振りしぼるように上空へと飛び上がる。


 ティンバイはそれを追って駆け出す。


 外にとめてあった馬に飛び乗り「行け!」と、馬に言う。


「攬把!」と、周りの馬賊たちが声を掛けるが、


「追うんじゃねえ!」と、俺は思わず叫んでいた。「お前ら、誰もティンバイを追うんじゃねえぞ。二人っきりにしてやれ! 誰も、誰も追うんじゃねえぞ!」


 ティンバイは駆けていく。


 龍を追って。


 かつての恋人を――いな、いまでも好きな女を追って。


 その姿は北大荒ペータホアンを二人で駆けていた子供時代と同じようなものだった。


 二人が走った先には豊穣の稲穂が実っているかもしれない。


「殺しておいたわよ、あの龍を操っていた術士。あら、でもまだ動いているのね」


 シャネルが影のように俺の背後に立つ。


「ああ……」


「なんでかしら?」


「分からないのか?」


「あらシンクには分かるの?」


「簡単さ、愛だよ」


 二人はずっと、ずっと遠くまで駆けていく。


 そのまま、誰もいないところまで行けばいいのにと俺は思った。


 そしてここより北の大地で二人で添い遂げられれば――。


 ティンバイの駆る馬は、龍を追い北へと駆け登っていくのだった。



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