016 フミナの悩み
屋敷に帰ると、庭でフミナがぼうっとしていた。
それこそもう彫像か何かのように微動だにしないのだ。正直不気味。
「あ、お帰りなさい」
俺たちが帰ってきてとみて、やっと動き出した。
「た、ただいま」
「冒険者ギルドのほうはどうでした? 無事登録できましたか」
「ああ、できたよ。それでほら、これが冒険者カードだ」
「へえ」と、フミナは興味なさそうに答えた。
「なにしてたの?」と、シャネル。
「なにもしてません。……そういえばパトリシアはどこへ? さっきまでそこらへんに居たのに。お二人はパトリシアを見ていませんか?」
「見てないわ」
シャネルが俺の耳元でささやく。
「ねえ、フミナってちょっと頭が弱いんじゃない?」
「……俺もそう思ってた」
フミナはどこか人形のような表情で空を見上げている。
心ここにあらず、というやつだ。でも、もしかしたら何かしらの悩み事でもあるのかもしれない。俺にも経験があるが、人間というのは何か悩み事で心がいっぱいになると、こういうふうに人形のようになってしまうのだ。それはとてもつまらない人生なのだ。イジメられていても無理やり学校に行っていたときの俺がそうだった。
「そういえばシンクさん、服を着替えたんですね。よくお似合いですよ」
「おう、ありがとう」
シャネルの選んでくれた服だ。褒められて悪い気はしない。
バウバウ、と声が聞こえてきた。門扉の隙間から骨だか犬だかよく分からないパトリシアが帰ってきた。どうやら外に出ていたようだ。
「ああ、パトリシア。外に行ってたのね、お帰りなさい」
「バウバウ!」
しかしこの犬、飼い主の言葉よりも俺の方へ突進してくる。
俺はひょいと交わすと、その犬を蹴り上げた。
もう慣れたもんだ、こんな犬っころの扱いなんて。
蹴られた犬はしかし楽しそうにしている。
「本当に仲が良いのね」
「そう見えるかよ」
犬は俺の周りを楽しそうに回っている。まったく……勘弁してくれ。
「そろそろ夜ご飯にしますか……」
と、フミナは言うものの、実際にはまだそんな時間ではない。しかし何かを言うのも面倒だったので、そのまま頷いた。
いったい彼女の悩みはなんなのだろうか?
フミナが屋敷の中に入っていく。なんて小さな背中だろうか、その背中の中にいったいどれだけの悲しみがつまっているのか……。
「なあ、シャネル」
「なあに?」
「もしかしたらフミナのやつ、なんか悩みでもあるんじゃないかな」
「そうかしら。私にはただ呆然としているだけに見えるけど」
「とにかくさ、それとなく聞いてみてくれよ。風呂のときとかでもよ」
「分かったわ。にしてもシンク、思ったよりも優しいのね」
「なにがだよ」
「そういうふうに人様のことを気にする性格だなんて思わなかったわ」
そうだろうか?
もしかして俺はこの異世界に来て変わったのかもしれない。たしかにあちらの世界にいたころの俺ならば人のことなんて心配している余裕はなかった。
きっと力があるからだ。
俺はこの世界に来て、力を手に入れた。その気になれば他人を一方的に倒せるような強い力をだ。剣だってふれる、スキルだってある、それに、隣にはシャネルっていう美しい少女が。
「私、そういうの悪いことじゃないと思うわ」
「はいはい、あんまりからかうなよ。とにかく聞いておいてくれよ。助けになれるなら一宿一飯の恩義だ、力になってやりたいしな」
「一宿一飯どころじゃないからね、まあ分かったわ。私に任せておきなさい」
シャネルはその大きな胸を自信満々にはった。
……大丈夫なのか、任せて? 分からなかった。




