147 武人、王
慎重に剣を構える。
いまのは不意打ち気味だったからなんとでもなかったが、次はそうはいかないだろう。なぜなら目の前の男は――強い。
よく見れば師匠は体中に傷をつけていた。おそらく俺が来るまでの間にやられていたのだろう。
間一髪だ、いま俺が止めに入らなければ師匠は死んでいたかもしれない。
「黒髪、黒目……そしてその大剣。お前がまさか小黒竜か」
「ほう、俺のことを知ってるかい」
有名人は困っちゃうねえ。
「ちまたで話題の小黒竜か、相手にとって不足はない」
弁慶男は背中から剣を二本抜く。
二刀流……はじめてやる相手だ。
「やめるんじゃ……いますぐ逃げろ」
師匠が後ろから俺に言う。
なぜ逃げろなどというのか分からない。そもそもこの眼の前にいる男はなんだ……?
俺は相手のスキルを確認しようと『女神の寵愛~視覚~』を発動する。
浮かび上がるスキル――。
『武芸S』
『筋力強化A』
なんだと、と俺は一瞬迷う。
ランク『EX』と『S』ってどっちが上だ?
「こないのか、ではこちらから」
一瞬で男が距離をつめてくる。
振り下ろされる剣、それをこちらも剣でガードするが――しかしその瞬間にはもう一本の剣が横薙ぎに俺の脇腹を狙っている。
たまらず後退、間一髪だ。
「ほう、いまのをかわすか。噂に違わぬ実力」
「お前、何者だ!」
俺は言う。
やめてくれよな、いまさら新キャラなんて。もうお腹いっぱいなんだから。
「これは失礼、まだ名乗っていなかったな。私の名前は王。北陽海軍の王といえば、分かるだろう?」
「知らん!」
そもそもこの国、名字がみんな同じようなもんだからね。王とか張とか多すぎだからね!
と、冗談めかしてはいるものの、この男の実力は本物だ。
「ほう、貴様も李小龍の弟子と聞いているからな、師匠になにか聞いているかと思っていたが」
「え――」
そういえば師匠は俺の前にも弟子をとっていたと言っていた。
それこそ才能だけならば俺に勝るとまで言ったいたはずだ。
まさかその男が目の前の弁慶? もとい、王だというのか。
「兄弟子として、弟弟子を再起不能にするのは忍びないが、しかししょうがないな。お前が小黒竜である以上、文句もあるまい」
「ふざけんなよ、いきなり現れて好き勝手言ってよ!」
そもそも状況が飲み込めていないんだ、こっちは。
なんだよみんなして、俺の知らないところで話を進めてよ。
俺が小黒竜だからなんだって言うんだよ、そもそもこいつなんでここにいるんだよ、師匠はボコボコにされてるしよ!
あー、くそ。面倒くさくなってきた。
いっそのことシャネルでも連れてきて魔法でここら一帯を更地にしてもらえば良かった。
「いくぞ」
わざわざそう言ってから、王はこちらに向かってくる。
二刀流……厄介な相手だ。
一つの剣を攻撃に、そしてもう一つを防御に使える。使いこなすことができれば攻防を同時にできて隙がない。
欠点とすれば片手で剣を持つことにより、一撃一撃の威力が少なくなることだろうが――。
「くっ!」
俺は王の上段からの切り落としを横に倒した剣で受ける。
腕から肩にかけて、とんでもない衝撃がくる。
慌ててバックステップ。もう一本の剣が空をきる。またもや間一髪だ。
腕がしびれている。片腕だから威力が落ちる? とんでもない、かなりの強さで振り下ろされた一撃だった。
「どうした、防戦一方か?」
相手の挑発。
しかし乗らない。無視を決め込む。
そうしたら、王のやつは苛立たしげに顔をしかめた。
「なにか言え」と、返事の催促までしてくるしまつ。
いるよね、ラインとかで既読ついてないのに連続で送りまくってくるやつ。ま、俺も物の本で読んだ話しだけど。だって俺、友達とかもいなかったし。高校に入ってからは。
「悪いけどな、戦いの最中にペラペラしゃべる趣味はねえよ」
「ふん、余裕がないだけだ」
「三下に見えるからさ」
ティンバイを見てみろ、あいつは戦いの最中にお喋りなど楽しまない。
ハンチャンだって、ダーシャンだってそうだ。馬賊の戦いとは寡黙で、必要最低限のことしかしゃべらない。それは戦いというものにいつだって死がついてまわる緊張感からだ。
「この俺が三下だと!」
王は激昂して、阿修羅のように高々と剣を構える。
どう見ても三下の構えだ。
たしかにこいつは俺よりも強いかもしれない。
才能も、ひょっとしたら俺以上かもしれない。
俺が勝っている要素はイケメン度くらいのものだ。(うぬぼれ)
だけど、負ける訳にはいかない。
こいつは戦いをどこか楽しんでいる、遊び感覚だ。それはきっと自分が強いという自信からくる余裕だろう。
俺は剣に魔力をためる。
「三下さ」
と、冷たく言い放つ。
まさに怒髪天の表情で、王は俺を睨む。
しかしその顔が、一瞬にして真顔になった。
その刹那、王の体が視界から消えた。
――速い。
この目をもってしてもとらえられない。
だが、俺は勘を頼りに剣を振り抜く。
「隠者一閃――『グローリィ・スラッシュ』!」
俺の剣は上空に向かって振られた。
空に向かって、火柱のようなビームが上がる。
「ぬうっ!」
王の声。
いつの間にか上空にいた王は、身をよじらせて俺のグローリィ・スラッシュを交わした。
だがそのせいで無理な体勢になっている。
俺はその隙をつくように振り抜いた剣をかかげて突き上げる。
しかし王はその一撃を、もっていた剣でふせいだ。
そして床に着地、そのまま俺とは距離をとった。
まさか、いまの連続攻撃を対応されるとは思わなかった。やはりこいつは発言こそ三下だが、実力は本物だ。
「いまのがお前の隠し玉か?」
「さあ、どうだろうな」
もう一度、剣を構える。
だが、王は笑いながら首を横にふる。
「ふん、興が削がれた。続きはまた今度だ」
「逃げるのか」
「生かしておいてやるということだ、次はもう少しマシな剣をもってくる」
そういった瞬間、王が持っている剣が粉々に砕け散った。おそらくさっきの俺の一撃で割れたのだろう。
王はそのまま俺に背を向けると、ゆうゆうと去っていく。
いっそのこと背後から不意打ちしてやろうかと思ったが、さすがにそれは人としてどうなのだという気がしてやめた。
それに――実は俺もギリギリの状態だったのだ。
最後の『グローリィ・スラッシュ』、あれがでかかった。魔力をごっそり削られた。
肩で息をする。
天井に大穴が開いているから、外の気持ちのいい空気を吸える。
「師匠、ごめん。天井壊した」
謝ってみるが、返事はない。
「師匠?」
俺は振り返り、師匠を見る。
倒れている師匠は、まるで死んでいるようだ。
慌てて駆け寄る。
「師匠、師匠!」
大きな声で呼びかけるが返事はない。
近くで見れば分かるが、師匠の体は思ったよりもボロボロだった。
王にやられたのだ。
「クソタレ」
俺は悪態をついて師匠を背負う。
早く医者に見せなければ。けれど医者なんてどこにあるんだ?
そこで俺は思い出す、ティンバイの馬賊には専属の医者もいたはずだ。ここからティンバイの屋敷まではそう遠くはない。
「師匠、死ぬなよ!」
俺は疲労した体に鞭打って走り出す。
師匠の息はか細い。
しかしまだ死んでない。
きっと俺が来なかったら死んでいたのだろう。
だからこそ――
「来てやったんだ、死なれちゃ困る!」
俺は走った。




