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015 ぶどう酒を飲んでみよう! 不味いけど


 店の外に出ると、俺はシャネルに銀貨を四枚渡す。


「なあに、これ?」


「これはエキュー銀貨というそうだ」


「知ってるわよ、そんなこと。ああ、分かったわ。私にお金の管理をしてほしいのね。甘えん坊さん」


「違う、これ返すよ。さっきギルドで俺の分も出してくれただろ。あれ、けっこう良いお金してたんだな」


 一人3万円相当。二人で6万円だ。


「ああ、そういうこと。いいわよ、って言いたいところだけど」


「それじゃあ俺の気持ちが晴れないんだよ」


「でもこれ、四枚あるわよ?」


「一枚はこれまでのお礼」


 シャネルはまじまじと俺の差し出した四枚の銀貨を見て、しょうがないわねとでもいうようにため息をつくと受け取ってくれた。


 それを巾着袋の中に入れる。


 俺は残った一枚の銀貨を服の内ポケットに入れた。うん、このジャケットは洒落ているうえに機能的でたいへんよろしい。


「さて、仕事にあぶれた私たちは今からどうしましょうか?」


「そうだなあ、屋敷に戻るか?」


「それよりも――」シャネルは声をひそめる。「復讐する相手の情報を集めるのは?」


「ああ……そうだな」


 だが情報といってもなあ。俺たちは本当に手探りの状態なのだ。


 でもまあ、情報収集といったらなにせ酒場が一番だろう。


 俺たちは近くにあった少し広めの酒場に入る。そこには昼間っからアルコールをあおっているようなダメな大人たちがたくさんいた。


「客層が悪そうだぞ」


 と、俺が言うと、


「これくらいの方が有用な情報を持ってるわ。きっと」


 シャネルにそう返された。


 俺たちは手近な席に座る。すぐに看板娘というやつだろう、元気な若い娘が注文をとりにいきた。


「いらっしゃいませー、なんにします? オススメは肉料理だよ。うちのは絶品なんだ!」


 現代日本でいえば女子高生くらいの歳だろう。つまり俺とは同い年くらい。なんだかファミレスのバイトを思い出す。違うのは、おそらくこの娘はこの仕事に生活をかけていることくらいか。


「どうする、シンク?」


「うーん、そうだな」


 簡単なメニュー表もあるのだが例のごとく文字は読めない。もっともメニュー表といってもボロボロの羊皮紙に書かれているだけだ。文字が理解できても読めるとは思えない。


「とりあえず、その肉料理をもらおうかしら。あとぶどう酒でも」


「あ、俺も同じので」


「あいよっ!」


 にしてもぶどう酒か……。


 つまりワインだよな。勢いで頼んじゃったけど飲んで良いのか、俺? まあこの世界に未成年の飲酒をとやかく言う法律なんてないだろうけど。あれ、そもそも成人って何歳だ、この世界?


 肉料理とワインはすぐに運ばれてきた。


「これ、なんの肉?」


「さあ、知らない。けど家畜じゃないかもね、そこらのモンスターの肉かもしれないわ。でも誰もそんなの気にしてないわよ」


「うーん、たしかに」


 そもそもモンスターの肉ならここに来るまでに何度か食べた。ま、あれは消し炭みたいなもんだったけどね!


 肉料理は美味いとも不味いとも言えぬ、いうなれば普通だ。味付けはとにかくしょっぱいだけ。香料など使われていないのだろう、深みなんて微塵もない。


「とうぜんだけど、フミナの屋敷で出る料理よりはおとるな」


「そうね。でも冒険者たるもの、舌が肥えちゃあ損しかしないわ。旅の途中じゃあ満足な食事も取れないでしょ」


「そのことなんだが、この町はいつでる?」


「それはシンクにお任せするわ」


「ならもう少しフミナの厄介になるか。個人的にはその勇者ってやつのことも気になるんだよな。どんなやつなのか」


「ふふ、男の子ね」


「そうかな? でも皆気にしてるだろ」


 周りの会話を盗み聞きしても勇者の話でもちきりだ。どんな人間なのか、どれくらい強いのか、あるいはこれまでの輝かしい伝説。


「女の人はそんなこと気にしてないわ」


「じゃあ何を気にしてるんだ?」


「ドレンスは恋とお洒落の国よ。考えてることなんてただ一つ、好きな人のこと。もし他にあるとすれば、その人とのデートでどんなお洋服を着るか。それだけよ」


「なんとも単純だな」


「あら、私たちからすれば殿方の方が単純ですことよ」


 シャネルはおどけて笑ってみせた。


 肉を食べて、ワインを一口飲んでみる。


 ……苦い。


 ワインって勝手にぶどうジュースみたいなものを想像していたけど、これは違うね。酸味とか雑味が多いし、なによりも舌触りがねっとりしている。


「美味しい?」と、シャネルが聞いてきた。


「まずい」


 素直に答えるとシャネルは微笑んだ。


「良いことよ」


「なにが?」


 その質問に、シャネルは何も答えなかった。でもどうやら彼女は酒飲みが嫌いらしい。そのわりには自分も飲んでいるのだが。


「それにしてもシンク、前々から思っていたのだけど、私たちってお互いの復讐対象のことを知らないわよね」


「ああ、言われてみればそうだったな」


「そこをまず教え合わないと」


 俺の復讐相手。


 あの5人について思い出すと、俺の胃は締め付けられるように痛む。もし5人にむごたらしく復讐すればこの気持もなくなるのだろうか。


「5人、いる」


「あら、そんなに」


「4人は男で、1人は女だ」


「どんな相手? 親のかたきとか?」


「違う……理由はあんまり言いたくない」


 イジメられた仕返し、というのは好きな女の子にいうにはあまりにも情けない。


「言いたくないなら言わないで良いわ」


「名前は、月元。火西。水口。木ノ下。金山」


「全員ジャポネの人ね」


「ああ、そうだ」


「じゃあこっちも。私が探しているのはココ・カブリオレ」


「カブリオレ?」


 それはシャネルのファミリーネームだったはずだ。それが同じということは、まさか?


「そう、私の兄よ。ココは私の村の人を皆殺しにした。だから私が殺す」


「家族を殺すのか?」


「私は――」シャネルは寂しそうに目をふせた。「その家族に、他の家族を殺されたわ」


 親のかたき、というのはまさしくシャネルの話だったのだ。


「そいつはアイラルン好みの話だな」


「ええ。容姿は私と似ているわ。銀の髪に藍の瞳。身長も同じくらいだったはずよ」


 ああ、そうそう。とシャネルは付け足す。


「あとお酒が好きな人よ」


 だから彼女は酒飲みが嫌いなのだろう。


 分かったよ、と俺は答えた。そして俺は酒を飲む。中国の故事には臥薪嘗胆(がしんしょうたん)というものがある。簡単に言ったら復讐するために辛い思いに耐えるというもの。(まき)の上で寝て、苦い(きも)を舐める。あえて自分をイジメて復讐心を忘れさせない。


 俺はまずいワインを飲み終えた。


 思うに俺はここのところ復讐の心を忘れていた。これではダメなのだ。絶対に。


 その後、周りの人にそれとなく情報を探ってみた。シャネルの場合は楽だ。「私に似た人を見ていない?」と、そう聞くだけなのだから。


 しかし俺は説明のしようがない。


 けっきょく、情報は何一つ集まらなかった。


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