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145 翻訳はコロンブスの卵


 しばらくすると文字を書く時間は終わったようだ。


「さて、今日はここまでにしましょうか」


 シャネルの言葉で、子供たちは一斉に立ち上がり礼をする。ありがとうございました、と声までそろっている。


「はいはい、またね。明日はお休みだから、次は明後日」


 というわけで、授業も終わり。


 すると、子供たちが我先にと俺の方へくる。


「小黒竜!」


「剣見せて、剣!」


「なんか格好いいことやって!」


 まったく、子供というのは。


 というか最後の格好いいことやってって無茶ぶりでしょ。なんか面白いことやってよとなにが違うさ?


 子供たちが小黒竜、小黒竜とあまりにうるさいから、俺は庭でてきとうになにかやってやることにする。


「特別だぞ」


 と、しょうがなくであることをアピールする。


 しかし子供たちは大喜び。今回は女の子まで混じっている。


「やったあ!」


 子供たちは大はしゃぎ。


 俺は庭に出て剣を抜き、それを振るう。


 子供たちの歓声。


 調子に乗って気分がよくなる。


「よし、そこのキッズよ」


「僕?」


「ああ、そこらへんにある石を一つ投げてみろ。空中で切ってやる」


「石を!?」


「すげえ!」


「さすが小黒竜!」


 剣を居合のように構える。


 もっとも俺のもつ剣は日本刀のように沿っているわけではないから、居合なんてただの格好だけなのだが。


「じゃあ、行くよ」


 子供がこぶし大の石を拾う。


「おう、こい」


「よいしょ!」


 ――え?


 まさかのオーバースローだ。


 投げると言うかもう投擲とうてきだ。殺意を持った一撃。


 俺としてはもっとふわっと投げてもらえると思っていたんだが。


 しかし体は一瞬で動く。


「うらあっ!」


 驚いていたので思ったよりも気合の入った声がでる。


 横薙ぎにスパンッ、と石が切れた。


「す、すげえ!」


「ふう……」


 あっぶねえ……。


 ここで切れなかったら赤っ恥だぞ。


「本当に切った!」


「石を剣で!」


「かっこう良い!」


 うーむ、まあ称賛の声は気持ちがいい。


 オーバースローでビビったことはまあ、水に流すとしよう。あぶねーだろと頭の一つでもひっぱたきたいところではあったが。


「なにバカなことやってるの?」


 と、シャネル。


「いや、まあ」


 俺は剣の刃を確認する。


 刃こぼれ一つない。自分でもどうやってるのか分からないが、まあ『武芸百般EX』のおかげだろう。


「ほらほら、みんな。早く帰らないと親御さんたちが心配するわよ」


 はーい、と子供たちは素直に頷いて帰っていく。


 みんな俺に手を振っている。そうとう楽しかったようだ。


「それにしても、すごいですね」


 と、スーアちゃん。


「え、そんなにすごかった?」


「あ、いえ。シンクさんではなくて」


「そうか……俺はすごくなかったか」


「いえ、その、シンクさんももちろんすごかったんですが!」


「シンク、あんまり女の子をからかっちゃあダメよ」


 ひいっ!


 シャネルさん、目が笑ってないですよ。


 浮気とかじゃないですからね。


「あの……私がすごいと思ったのは勉強をしている子供たちです。奉天では男の子だけではなく、女の子も勉強をしてるんですね」


「そうね、あの人……なんて言ったかしら。一番えらい人」


「もしかしてティンバイか?」


「そうそう」


 シャネルのやつ、マジで男に興味ねえな。これ男子生徒の名前とか覚えてるのか。


「ティンバイがどうしたんだ」


「あの人が言ったらしいのよ。『これからは男女平等の時代が来るってなもんだぜ、もちろん男も女も違いはあるが、どだい人間様の頭のできなんて男女でそこまで違いはねえ。勉強はどっちもやって損はねえだろ』ってことらしいわ」


「へー」


 なんでも良いけど声真似あんまり似てないね。


「というわけよ。とっててもこの学校にいるのはお金持ちの子供だけよ。そういう意味ではドレンスよりやっぱり遅れてるわ」


「ドレンスではみんなが勉強できるんですか、お金がなくても」


「ええ。だいたい教会が学校をやっているのよ」


「そうなんですか……この国の寺院でもやってみても良いかもしれませんね」


 なんか大変そうだな。


 俺からすれば勉強なんて義務教育で勝手にやらされるものだから、あんまりそういうこと考えたことなかったけど。


 意外とあれって、恵まれてたのかもな。


「さて、お昼ごはんでも食べに行く? スーアちゃんはどう? 楽しかったかしら」


「はい、ドレンスの文字をもっと覚えたいです」


「それなんだけどね、私がいなくても教えられれば良いんだけど。なにかいい案はないかしら。いまのままだと、私がいなくなればこの国でドレンスの文字を教えられる人がいないわ」


「つまり翻訳辞書がほしいってことだな」


 俺が言うと、二人は首をかしげた。


「シンク。なあに、それ?」


「え、翻訳でしょ? ドレンス語辞典みたいなの作ればいいじゃないか」


「……つまり、対応する文字を本に載せてしまうということですか?」


「うん」


 二人がなぜか俺を尊敬するような眼差しで見つめる。


「す、すごいわねシンク。私そんなこと思いつかなかったわ」


「そうですね、今まで誰もやったことのないことですよ。もしそれができるとしたら、すごいことです」


「え、ないのかよ」


 いや、ないのかもな。


 だからこそこんなに驚いているのだろう。


 こういうのコロンブスの卵っていうんだよな? 気づいてしまえば簡単だけど、初めて思いつくのはとっても難しいってやつ。


「翻訳を本にまとめる、良い案ね、最高だわ」


「シンクさん、すごいです」


「そうか? ま、そうだな。俺はすごいな」


 こういうのを天狗になるというのです。


 いやはや、あっちの世界の知識でこうして褒められる。良いことだね。


 シャネルは翻訳の本を作るつもりになったようだ。嬉しそうに俺の手を握る。


「これから忙しくなるわ」


「はい頑張ってね」


 適当に答える。


 それより昼飯が食べたかったのだった。


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