144 シャネルの教室
「あら、シンク。どうしたのよ、いきなり」
オーソドックスな黒と白のゴスロリドレスに身を包んだシャネルは、俺が庭に入ると同時に目ざとく俺のことを発見した。
「迷惑だったか?」
「そうね、いま子供たちのお勉強を見てるから」
というわりにはシャネルはまったく迷惑そうではない。
むしろ俺に会えて嬉しいというのが、口元の微笑みから見て取れる。あんまり人前でニコニコすることのないシャネルだが、最近はこうして彼女の機嫌を察することができる。
「ここでさ、ちょっと見学しても良いか?」
「ええ、良いわよ。スーアちゃんもいるのね、こんにちは」
「こ、こんにちは」
学校、というよりも昔の寺子屋のようだ。
四合院の一部屋を借りて、そこでお勉強を教えている。けっこう大きな部屋で、子供たちは一クラス分、30人くらいいた。
「あれ、もしかして小黒竜(シャオヘイロン?)」
子供の一人が、俺のことを筆で指差す。ちょっと墨が飛んで、机を汚す。
「ちがうよー」
と、俺は適当に答える。
「小黒竜だ!」
違うと否定したのに、もう子供たちの中では俺が小黒竜で決定なようだ。ま、正解なんだけど。
部屋にいる半分、男の子たちが騒ぎ出す。
「はいはい、静かに。お勉強に集中して」
シャネルが杖をペシペシと手でたたき子供たちを制する。
それでもきかん坊の男の子たちは俺が来たことに大興奮、とうとう席をたって俺の元へ来る子まででてきた始末。そうなれば僕も僕もと男の子たちが集まってくる。
やっぱりね、男の子って好きだから。こういう有名人というか、強い人が。自分で言ってて恥ずかしいけど。
でもあれだろう、戦隊ヒーローみたいなもんだろ? 感覚的に。
「本物だ!」
「ニセモノだよ」
「握手!」
「はいはい」
「先生の旦那さんなんでしょ?」
「違うからな」
俺は独身貴族様だ。
というかなんでこの子たち、俺を見ただけで小黒竜だって言い当てたんだ?
さてはシャネルのやつ、子供たちに自慢したな。私の夫は小黒竜よ、って。シャネルなら言いかねない。というかそう言ってたろ、確実に。
「ほらみんな、シンクもお勉強に来たんだから」
シャネルがこっちにウインクをする。
なんらかのアイコンタクト、俺はすぐに察する。
「そうだぞ、キッズども。俺も勉強するんだ」
開いている一番後ろの方の席に座る。三人がけくらいの長いテーブルだ、それがいくつも並んでいる。
俺の隣にはスーアちゃんがちょこんと座る。なんだか俺の人気に驚いて、いつにも増して無口だ。なのに態度はおどおどしている。
「はいはい、みんなの座りなさい」
小黒竜が勉強するのなら、と子供たちも座った。
なんていうか、俺って本当に人気なんだな。自分のことながらちょっと怖い。
テーブルをはさんだ隣から、少女が声をかけてくる。
「あの、小黒竜さん」
「なんだい」
少女とはいえ女の子、優しく接するべし。
「先生とそちらの方、どちらが正妻で、どちらがお妾なんですか?」
「はいっ!?」
な、なんてこと聞くんだこのおませさんは!
「あ、いえ……ただ気になったので」
「あわ、あわわわわ」
隣にいるスーアちゃんはテンパりすぎて口から泡でも吹きそうな様子だ。
「あのな、俺はどっちとも結婚なんてしてないからな」
「え、そんな有名なのに?」
「有名人なら結婚するのかよ」
まったく、この国の考えってどうなってるんだ。
「そうだったんですか……」
「たとえばティンバイが結婚してるか?」
「張天白はみんなのアイドルですから、結婚なんてしません」
どこか熱を持って言われた。
それこそアイドルの追っかけをしている子みたいに。
えー、つうかティンバイってそんな扱いなの? 俺は? 俺はアイドルじゃねえの?
「はいそこ、うるさいですよ」
シャネル先生に注意される。
ごめーんと頭を下げる。隣の少女もそれで黙った。
さて、勉強ってなにをシているのかと思っていたらどうやらいまはみんな、黒板に書かれた文字を写しているようだ。
……黒板とか、もうあったのね。
いったいいつからあるんだろうね、黒板って。ゲームの起源は古代エジプトまで遡るらしいっすよ。某カードゲームのアニメで言ってたから間違いない。
「先生、書けました!」
女の子が手を上げる。
「あら、上手いわね。他は?」
「僕も書けた!」
どうやら何回も同じ文字を書いているらしい。小学生のときあれよね、漢字を覚えるためにやったりしたね。
黒板に書かれた文字は、こっちの文字とドレンスの文字だ。漢字はなんとなーく分かるような、分からないようなだけど。ドレンスの文字のほうはぜんぜんだ。
「あれ、なんて書いてあるの?」
と、隣のスーアちゃんに聞く。
「『あなたに、一生、ついて行きます』と書いてあります。単語じゃなくて複雑な文章で教えているんですね」
「なんだその文章」
人生で使う機会あるのか?
いや、シャネルの場合はありそうだけど。
「はい、じゃあみんなだいたい書けたわね。女の人はこう言えるような素敵な人見つけて、男の人はこう言われるような素敵な人間になりなさい」
うーん、なんか良いこと言ってる……のか?
よく分からねえ。
「じゃあ次は、これ。『花をあげます』。こっちの文字だと、こうで。ドレンスの文字だとこうよ」
どうやらシャネルさん、いつの間にかこっちの文字を覚えたらしい。
たぶん俺があっちこっち馬賊として旅をしている間に覚えたんだろうな。
「あんな字を書くんですね」
「なんでも良いけど、文字は違うのに言葉は通じるよな」
俺のもといた世界では、文字も言葉も違うのが普通だった。
「ディアタナ様がそう決めましたからね、言葉の違いは争いをうむ、と」
「ふむふむ」
神話の話だろうか。
それとも、本当にディアタナとかいう女神はそういうふうにこの世界を作ったのだろうか。
見たことはないが、そのディアタナという女神。俺の相棒でもあるアイラルンと比べてじつにしっかりしている。
みんなからもちゃんと崇められてるみたいだし。
アイラルン、大丈夫か?
ずいぶんと同じ女神であるディアタナさんに差をつけられているぞ。ま、競ってるわけでもないのか。
シャネルが筆と紙をくれる。スーアちゃんはそれを受け取るが、俺は見てるだけで良いよと断る。筆とか使ったら汚れそうだし。
知識欲のあるスーアちゃんはしっかりと文字を書き始める。よくやるなぁ、と俺は隣で見ている。
というかシャネルもすごいな、意外とちゃんと先生をやっている。
うーん、美人だ。
身内贔屓ではないが、とんでもなく美人だぞシャネル。おっぱいも大きいし。これはここにいる子供たちの性癖がゆがみますわ。
良いなあ、俺も小学校の先生があんなに美人だったらちゃんと勉強したんだろうけど。あ、でもそのころ性欲とかなかったか。
「先生、こんな感じですか?」
スーアちゃんが手をあげる。
先生って、むしろスーアちゃんがそう呼ばれる方だろう。
「あら、上手ね。それにその服も可愛いわ、よく似合ってる」
「あ、ありがとうございます」
いま服のこと関係あったか?
ま、スーアちゃんが嬉しそうにしてるし良いか。
少しすると俺は飽きてしまい、つまらなくなってきた。しょうがないのでシャネルを視姦することに。
うーむ、エロい。
あ、こっち見た。
慌てて目をそらす。
「どうしたの、シンク?」
なにか用事があるとでも思ったのか、シャネルが近寄ってきて俺を覗き込む。。
甘い匂いがして、銀髪が机の上にたれる。胸のたにまが、ががが!
頭の中がバグりそうだ。
新発見、二人っきりのときよりも周りに人がいるほうがなんだかエロく感じる!
「な、なんでもない」
声がうわずる。
自分でも分かっているが、童貞丸出しだ。
「そう」
シャネルはくすりと笑うと去っていく。
もしかしていま、遊ばれたのか?
魔性の女、というやつだな。




