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143 スーアちゃんとシャネルのところへ


 シャネルは朝から出ていったので、俺はかなり暇な一日をスタートさせた。


 べつにシャネルは服を買いに行ったわけではない、街の子供たちに勉強を教えてに行ったのだ。


「暇だなあ……」


 いまは何時だろうか、この部屋には時計というものがない。


 というかこの国ではほとんどの人が時計なんて持っていない。きちんと刻まれた時間という概念を持つ人すら少ない。いちおう、この世界でも一日は24時間なのだけど。


 時計がなくて待ち合わせとかどうするのかというと、これがとんでもなくアバウトなのだ。昼頃、とか、ご飯を食べたあとで、とか。そういう約束を平気でする。


 それで遅れたとしても、万事において時間にせっかちな日本人と違ってルオの国の人はおおらかに笑って「おそかったねー」と許してくれるのだ。


 まあそういう国民性なのだろう。


「いまは……10時くらいか? たぶん」


 そんな国に住んでいると、時計がなくてもだいたいだが時間が分かるようになってくる。


 シャネルが帰ってくるのは昼。


 まだまだ暇な時間は続く。


 別に一人で外に出ていっても良いのだけど、そうしたところでどうせやることなんてないのだった。


 というわけでグダグダしていると、家の扉がノックされた。


「はーい、誰ですか?」


 壁に立て掛けてあった剣を手に取る。


 何事も警戒しておいて困ることはない。


「あ……あの、私です」


 おや、このいかにもおどおどした声は。


「スーアちゃん、どうしたの?」


 俺は扉をあける。


 はたして、長屋の前にいたのは可愛らしいつばひろの帽子を目深にかぶったスーアちゃんだった。服装はこの前シャネルにもらった藍色のロリィタファッションだ。


 たしかこの国だと青は王族のものでタブーな色だったはずだが、スーアちゃんもなかなかロックな女の子だ。


「お、おはようございましゅ」


 あ、噛んだ。


「おはよう。そんなに緊張しなくてもいいよ、俺とキミの仲じゃないか」


 と言ったらなんだか語弊ごへいがあるけれど、まあようするにお友達だ。


「は、はい」


 スーアちゃんも俺と同じこの長屋に住んでいるので、いうなればお隣さんのようなものだ。


「で、今日はどうしたの?」


「あ、あの。お願いがあるんです」


 ほう、お願い。


 お金を貸してほしいとかじゃなけりゃあ、たいていのお願いは聞く。だってスーアちゃん、可愛いから。


 ロリコンじゃありませんよ。


 ロリコンじゃありませんよ。


 大切なことなので(以下略)。


「お願いって?」


「あの、シャネルさんのところに連れて行ってほしいんです」


「シャネルのところに?」


「はい。シャネルさん、子供たちに勉強を教えてるんですよね?」


「うん、いまも子供の先生しに出かけてるよ」


「そ、それを見たいんです!」


「またどうして?」


「あの、私も外国のことに興味があって」


 別に恥ずかしがることでもないと思うが、スーアちゃんは顔を赤くして言う。


「さすが勉強熱心だね」


「すいません……」


 帽子のつばをもって、恥ずかしそうに顔をかくすスーアちゃん。


 この子はすごい大先生なのだから、もっと自分に自信を持てばいいのに。でもオラオラ系のスーアちゃんとか、それはそれで嫌だ。


「つまり一人で行くのが恥ずかしいから、俺についていってほしいと?」


「そうなります」


 うん、分かるよその気持。俺も初めていくところとか恥ずかしいもの。


 ちなみに、これに似たようなもので個人経営店に入るのが恥ずかしいというか怖い、というのがある。


 チェーン店なら楽勝なんだけどね。


 個人でやってる店って、ちょっとハードルが高い。現代日本にいた頃も、家の近くの定食屋さんにどうしても入れなかった。オムライスが絶品らしかったのだ、食べたいと思ってもけっきょく一度も食べれなかった。


「良いよ、じゃあ一緒に行こう」


「本当ですか! ありがとうございます!」


 まあ、シャネルのいる場所なら俺だって行きやすい。


「ちょっと待ってて、準備するから。それとも中に入ってる? 寒いでしょ」


 もう冬だ。


 この前ダーシャンから聞いたが、ここらへんももう少し冬が本番になれば雪が降るらしい。寒いのは嫌だぜ、なんてデブのダーシャンは言っていたが、あいつはいつも厚着をしているようなものだろうから、寒いのは平気そうなのに。


「じゃあ、失礼します」


「どうぞー」


「あ、この部屋暖かいですね……」


「火鉢があるからね」


 正月になったら餅でも焼くか。この国にはクリスマスはないけど正月はあるらしいし。


 あ、でも餅はあるのか? こんど誰かに聞いてみよう。


 俺は壁に吊るされていたジャケットを着る。ドレンスにいた頃にシャネルが買ってくれたもので、この国ではとにかく目立つジャケットだ。


 とはいえ、最近では寒いのでよく着ている。この前、ティンバイが羨ましそうに「どこで買った?」なんて聞いてきた。


 ま、あいつの場合は目立ちたがり屋だからこういう服も好きなのだろう。


 にしてもこのジャケットももう長いこと着てるな、さすがにところどころヨレヨレになってきた。またこんどシャネルに見繕ってもらうか。


「その服……」


「ん?」


「格好良いですね」


 スーアちゃんはお世辞だろうか、顔を隠して褒めてくれる。


「ありがとう、スーアちゃんの服も似合ってるよ」


 似合ってるよ、だってさ!


 いやあ、俺も大人になったものだ。女の子を褒める言葉がこんなにさらっと出てくるだmなんて。


 でもこれ、たぶん相手がスーアちゃんだからだ。


 たとえばこれがシャネルや、フウさん相手だったら冗談めかしてでも褒めることなんてできないだろう。


 なんで褒められるのかな、スーアちゃんだと。おっぱいか? おっぱいがないからか? なんていうか、大人の女性を褒める=口説くみたいな気がするんだよな。


 そのてんスーアちゃんを褒めるのは大丈夫だ。


 ま、一歩間違えれば犯罪だけどね。


「よし、これで。じゃあ行こっか」


「はい」


 剣をかつぐ。こう見えて俺もスーアちゃんも有名人、外でなにがあるかは分からないからな、用事するに越したことはない。


 長屋を出て、大通りの方へと歩く。


 スーアちゃんはちょこちょこと後ろについてくる。


「そういえばシンクさん」


「ん、なに?」


「独立の宣言なんですが、昨日ようやくできたんです」


「へえ、そうなのか」


 スーアちゃんは嬉しそうにはい、と頷く。


 たぶんかきあげたのがそうとう嬉しいのだろう。俺にまで言うくらいだからな。ま、スーアちゃんのことだから他の人に言いふらしたりはしないだろうけど。


 それにしても独立か……。


 え、マジでやるの?


 なんだか実感わかないなあ。こういうのって独立したあとから実感でてくるもんなのかな?


「ちなみにさ、無学でわからないんだけど。独立ってしたらどうなるの?」


「別に、いまとたいして変わりませんよ」


「そうなの?」


「はい。この東満省はもともとルオの国からすれば北の僻地です。中央からの締め付けはあるものの、中央からの支援などでメリットを得たことなど数えるほどしかありません」


「へえ」


「長城のこちら側は、もとから独立国みたいなものです。とくにこの奉天なんかは自分たちで政治から経済まで全てを回していますから。問題があるとすれば、ルオの国が認めないこと。それに諸外国がどうでるか……」


「諸外国ねえ」


 そうか、いきなり独立うんぬんとか言ったら外国を巻き込んだ大騒ぎになるのか。


「まさかガングー時代のドレンス共和戦争ようなことや、それに蜂起ほうきしたアメリア独立戦争のようにはならないと思いますが」


「あー、うん」


 ぜんぜん分からねえけど、とりあえず頷いておく。


 そもそもさー、歴史とかなんで学ぶ必要あるのさ? 過去は過去、俺は今を生きて未来に行くぜ!


 なーんて、中学の頃はうそぶいていた気がする。


 その結果が高校で不登校なのだから世話ないぜ。


「諸外国が心配しているのは、この東満省が独立したとしてルオの国をそのまま乗っ取るか。乗っ取った場合、経済的に安定するか。そこです」


「ふうん」


「しかしこの国は大丈夫ですよ」


 スーアちゃんは断言する。


「どうして?」


「この国の人間は強いですから、いままでどれだけの貧乏でも耐えてきました。それは先の見えない暗闇のような不幸でした。けれどティンバイさんがこの国をとれば、みんなは希望を持ちます。貧乏だって乗り越えられる」


「そうなると良いな」


「はい、きっとそうなります」


 俺たちは並んで歩いている。


 ふむ……そこには問題が一つ。


「ときにスーアちゃん」


「はい」


「シャネルの教えてる学校ってどこにあるんだ?」


 スーアちゃんが立ちどまる。


 俺も立ちどまる。


「さ、さあ?」


 翡翠色の猫目を困ったように曲げて、可愛らしく小首をかしげるスーアちゃん。


 まったく、俺たちは目的地も分からず歩いてたのか。……バカじゃねえのか。


 しゃーない、そこらへんにいる人に聞くか。恥ずかしいけどスーアちゃんの前だからな、ちょっと格好つけるとしましょうね。


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