014 制服を売ってお金をゲット
「ちょっとお兄さん、お洒落な服を着てますね!」
男は開口一番、俺にそう言ってくる。
「俺のことか?」
お洒落だなんて、そんなふうに褒められたのは初めてだ。もしかしてこれ、あれか? スカウトというやつか。原宿とか行ったらあるって聞いたことあるぜ。俺も芸能界のスターダムを駆け上がっちゃうのか?
いや、ってかここ異世界だ。
つうか俺が着てるの学校の制服だし。
「その服、どこのものですか? 素晴らしい、斬新なデザイン、見たこともない上質な生地、鮮やかな色付け。さぞ素晴らしい衣装とお見受けします」
「あんた、なんだ?」
「ああ、申し遅れました。わたくし、メティス商会の商人です」
「なんだそれ」
「メティス商会ってあれよ、ドレンスでもかなり有名な商会で、貿易から何からで幅を利かせてるの。本社は首都のパリィにあるのよね」
「よくご存知で、麗しいお嬢さん」
「世辞はいいわ。それで、どうして私たちに声をかけたの?」
シャネルはどうやら警戒をしているようだ。最近思うのだが、この娘は警戒心が強いのではなくただ単純に人見知りなだけなのではないだろうか?
「では単刀直入に。どうでしょう、お兄さん。その服をわたくしに売っていただけないでしょうか!」
「え、この服を? うーん……」
「5万フランでどうです!」
いや、それがいくらか分からないし。円で言ってくれないと。ドルでもなんとなく価値は分かるよ。
どうするの? というふうにシャネルがこちらを見てくる。
「ちょっと待ってくれ」と、俺は商人に言う。
そしてシャネルをひっぱり、ちょっとだけ商人から離れる。
「なあに?」
「なあ、シャネル。5万フランってどれくらいの価値だ?」
「1エキューよ」
「エキューってなんだよ」
「お金の価値よ。なに、知らないの? 銀貨がフラン、金貨がエキュー。それでもっと大きな金貨はピストル。こんなの子供でも知ってるわよ」
「すいませんね、ジャポネじゃ最近電子決済が流行してるんだよ」
「なによそれ。とにかく5万フランっていえばそれなりの大金よ、悪い話じゃないと思うわ」
「たとえばさ、パン一つはいくらくらいなんだ?」
「さあ、50フランくらいでしょ。1スーって言ったほうが通りが良いと思うけど」
「この国の通貨めんどうくさくね? せめて十進数でいけよ。なんだよ、5万フランは1エキューって。しかもスー? ピストル? 覚えられんわ!」
でもまあ、パン一つが50フランか。
つまり1フランが1円くらいだろうか。
おおっ、この服が5万円で売れるって考えたら、かなりのもんだぞ。
しかしふと思い出す、さっきシャネルはギルドで俺の分の登録料も払ってくれていた。それはたしか、6万フランだったはずだ。つまりは6万円。そんな大金を嫌な顔ひとつせずにポンと出してくれたのだ。
その恩返しがしたい。
「よし!」
「売るの?」
「ああ」
おっさん揉みてをして俺を迎え入れる。
「どうですか、お売りくださいますか?」
「ああ。しかし替えの服がないんだが」
「ああ、それでしたらあちらの服屋に行きましょう、もちろんお代は私がお払いしますよ、なにせこんな素晴らしい服を売ってくださるのですから」
「そんなに良いものかねえ?」
まあ制服というのは意外と機能的だし、なにより丈夫だ。良し悪しで言えば間違いなく良いものだろう。
というわけで、洋服屋へ。なんでも良いけど洋服屋って聞くと青山思い浮かぶよな、俺だけだろうか。でもここにはスーツなんて売ってない。この国の人たちが着るような一般的な服がおいてあるのだ。
俺はどうにも昔からお洒落にうとい、というよりも興味がなかった。だがらシャネルに見繕ってもらうことにする。
「なあ、シャネル。良さげなの選んでよ」
「あら、私が選んでもいいの?」
「その代わりそういうゴスロリみたいなのは勘弁な。俺は普通の服が良いぞ」
「あら、可愛いのに。でも良いわ、そうねえ……」
シャネルは嬉しそうに店内を物色し始めた。
「奥様ですか?」
「そう見えるか?」
「ええ、おキレイな若妻かと。あるいは恋人でしょうか?」
「どっちでもない」
そういうと、商人は自分がまずい事を聞いたと思ったのか、黙ってしまった。
まあ、たしかに男女が仲良く二人でいれば恋人だと思うだろうな。けど違う、俺たちはいい意味で言えば朋輩、悪い意味ならば共犯者だ。
しばらくするとシャネルが両手に服を抱えてきた。
「どうかしら?」
「着てみるよ」
意外なことに、店には試着室があった。なんだか高級な店だし、あるいはブテックとでも言ったほうが良いかもしれない。
中に入り、着替え着替え。
鏡に映った自分を眺める。
うーん、少し派手じゃないだろうか。
下は良い、普通のシャツだ。しかし上のジャケットがなあ。襟がこれでもかと立っているし、金の差し色がついている。なんだか昔の仰々しい軍服のようにも見える。でもこのジャケット、裾が長くてマントみたいで格好良いなあ……。
どうしようか、と思いながら試着室から出る。
「なあ、シャネル。これ似合ってるか?」
「ええ、格好良いわよ。シンクは身長が高いからこういう格好が似合うのよ」
「うーん」
まだちょっと迷っている。
ちなみに俺の身長は170と少しで、平均よりあるていど高いくらいだ。だがこの異世界ではそれでも長身の部類なのである。
「ドレンスはお洒落の国なのよ、だからこれくらい目立つ方が良いわ」
「そうですとも。そういう意味では旦那様の着ていたお洋服もとても良いものでございますよ」
商人もシャネルの意見に同調した。
「ふうん。なんにせよお仕着せのファッションは流行らないんだな」
だから俺が着ていた制服もすんなり認められていたわけだ。
「よし、これにしよう」
「はい、では。おい、そこのキミ」
商人はどこか横柄に店員を呼んだ。そして何やら耳元で囁き、小切手を持ってこさせる。そこに署名をした。なんだか雰囲気的に見て、この店自体がメティス商会とやらの傘下のようだ。
「もうけたわね、この服けっこう高かったわよ」
「そうなの?」
「ええ」
「もしかしてそれで選んだのか?」
「失礼な、ちゃんと良いものを選びましたよ」
商人たちの話は終わったようだ。
「ではこちらが約束の五万エキューでございます。どうもありがとうございました」
「もうけたわね」と、シャネルはもう一度俺に言う。
「そうだな」
俺たちが店を出るまで、商人は深々とお辞儀をしていた。




