134 キミは俺に似ている
出かけるということで、スーアちゃんは着替えてきた。
先程よりも可愛らしい、体にフィットした感じの服だ。チャイナドレスというにはなんだか色気が足りないけど、まあ同じようなもの。
「あの、私は貴方のことをなんとお呼びすれば良いですか?」
「シンクで良いよ、悪いけど俺は外人だからあざなはないんだ。だから名前を呼んでくれ」
「シンクさん、分かりました」
スーアちゃんは俺の名前を何度かつぶやく。まるで異国の発音が珍しいみたいだ。
「とりあえず朝ごはんでも食べるか、まだでしょ?」
「はい。あの、さっきもらったばかりでしたので」
「朝ごはんを? ああ、あの野菜か」
あれってなんだったんだろうか。
俺たちは並んで歩いている。街の中心部は昨日も行った鳳凰城で、その周囲には市などがたっているのだ。そこが中心街だ、俺とティンバイの泊まった宿もそこらへんだ。
「あの野菜、私にくれるんです。口を利いてほしいから……」
「口利き?」
「……はい。私は中央にもほんの少しだけ顔が知られているので、それで。自分を紹介してもらおうとああして色々もってくる人がいるんです」
「ふうん、つまりはワイロだ」
「……そんなものです」
恥ずかしそうにスーアちゃんは頷く。
「良いじゃないか、もらえるものならもらっておけば」
「……でも、私、全部そうです。街の人から家をもらって、食べ物ももらって、何もしていないのに秀才の資格を持っているからって。ただそれだけで……。もう科挙の試験もなくなったっていうのに。みんなはまだ私に期待してるんでしょうか?」
スーアちゃんはエメラルドのような瞳を俺に向ける。どこか猫目がちなのに気が強そうに思えないのは、たぶん彼女の目が大きすぎるせいだろう。
「どうだろうね、期待されるのは嫌?」
「……いや、です」
「俺もだよ」
「え?」
スーアちゃんは信じられないのだろう。目をパチクリとさせて上目遣いで俺を見る。その足が止まったので、俺も立ちどまる。
「俺さ、小黒竜なんて呼ばれてるけど、あれも嫌なんだ。いきなりなんだよって感じでさ。恥ずかしいよ、中二病くさいし」
「でも、みなさんシンクさんのことを慕っていますよ」
「しらねーよ。勝手に慕われても困る。そんな期待いらねえよ、そうだろ?」
「……はい」
「でもさ、期待らされたらそれに答えてやりたくなるんだよな、人間っておかしなもんで。だから俺はもう少し頑張ってみようと思う。スーアちゃんは?」
「私は……ダメです。その期待を一度裏切ってしまいました」
どうやら彼女は科挙とやらの試験に落ちたことを、いまだに申し訳なく思っているのだろう。トラウマのように胸に抱えて、だからこそなにもしたがらない。
スーアちゃんは泣きそうになっている。
「無理しなくても良いよ。そうだ、朝ごはんは饅頭で良いか? 温かいもん食べてさ、元気になろうぜ」
こくり、とスーアちゃんは頷く。
饅頭の屋台はそこら中にあるから、俺はその中でも一番具が盛りだくさんなものを選んだ。値段も相応だが、まあたまには良いだろう。
「謝謝」
「どういたしまして」
「……おいしいです、これ」
「なんか肉と野菜がたくさん入ってるんだとさ。2つ食べていいよ」
5つ買ったから。
俺たちはそこらへんの城壁の残骸だろうか、石の上に座って饅頭にかじりつく。
先程までは寒かった気もするが、時間がたってきて少しずつ暖かくなってきた。今日の天気は晴れだ。
「なあ、スーアちゃん。もし答えたくなかったら答えなくて良いんだけどさ」
「……はい」
「これは俺が師匠にされた質問なんだけど、スーアちゃんはどうして勉強しようと思ったの?」
(お前さんは強くなってなんとしたい?)
師匠が俺に聞いたのは、もうずいぶんと前のことのように思える。
俺はその質問にうまく答えられなかった。
「あ、あの……」
スーアちゃんもそれは一緒だろう。こういう質問って難しすぎる。自分の内面に直接問いかけるようなものだからだ。
だから、
「じゃあさ、どうして勉強を始めようと思ったの?」
俺は、シャネルのためと答えた。
「それは……みんなのためです。この国にいるみんなのために私は偉くなって、それでこの国を良くしたいと思ったんです」
「好」と、俺は手をたたく。「なんて良い子なんだ、キミは」
「この国は……ダメなんです。内側から腐ってるんです。行き過ぎた中央集権、地方のことなどなにも考えず、ただ税金だけを集めようとする。それで富む人はさらに豊かになり、持たざる人は飢えて悲しむ」
「そうだな」
俺はこの国で、貧乏というものをずっと見てきた。
「それら全ては中央、すなわち木大后が決めたこと。絶対的な権力を持つ女帝に私達は生殺与奪の全てを握られているんです」
「スーアちゃんはそれをどうにかしたかった?」
「はい、格差の是正をしなければ遅かれ早かれこの国は崩壊します。……いいえ、もう遅いのかもしれない」
――だからこそ、私は私の意見を本に書いた。
スーアちゃんははっきりとそう言った。
彼女はいま、いつものおどおどしている少女ではなかった。一介の知識人としての挟持を持つ、俺たち馬賊のような義士の1人だった。
「でもその本はあまりに過激すぎました。それで私はこうして東北に落ち延びた」
「全てはみんなのためにしたことなんだろ?」
「……はい」
なにが終わった人だ、どの口が言う。
俺にはわかった、スーアちゃんはまだ諦めてなどいない。
たぶんティンバイには俺よりもっと前に分かっていたのだろう。この子は諦めたフリをしているだけなのだ。
自分を誤魔化している。
「なあ――」
一緒に行こう、と俺は言おうとした。
「あの……私に優しくしてくれるのは良いんですが。でも私、やっぱり何度言われてもシンクさんたちと一緒には行けませんよ?」
「あはは」
さすが秀才様、こっちの考えなんてお見通しか。
でも、
「別にそれだけじゃないさ、キミに優しくしているのは」
「じゃあ……どうしてですか。あ、あの。もしかして私のこと……」
「たぶん、キミは俺に似ているからな」
もっとも、俺はスーアちゃんほど優秀じゃなかった。
引きこもっていたのだってイジメられて逃げただけだ。でもやっぱり彼女の気持ちはちょっと分かるのだ、同じ負け犬同士だからね。
逃げているときって思うんだよな、本当にこれで良いのか、って。
でも自分じゃどうしようもできないから。
もしかしたら俺は――誰かに助けてもらいたかったのかもしれない。俺にとってそれはいきなり現れた女神、アイラルンだろう。
スーアちゃんにとっての助けは? 俺だと良いけど、さてはて。俺にそんな大役務まるだろうか。
「似てる、ですか」
「うん」
あれ、なんかちょっとがっかりしている?
なんだろう、スーアちゃん、俺に何を言おうとしてたのかな。
「あの、美味しかったです。ごちそうさまでした」
「3つ目食べる?」
「あ、いえ」
「じゃあ半分こしよっか」
実は俺ももうお腹がいっぱいなのだ。
でもスーアちゃんは嬉しそうに半分の饅頭を受け取った。
その顔は、さっきまでの決意に満ちたものではなくて、どちらかといえば少女のような無垢なものだ。
人には二面性がある。
英雄たるティンバイがときに残酷なように。
少女たるスーアちゃんは、その実、誰よりもこの国を憂いているのかもしれない。
もしもこのままこの子は逃げ続ければ、きっと不幸になる。後悔しか残らない。
俺は、なんとか彼女を救ってあげたかった。




