132 目立ちたがり屋のティンバイ、そしてフォン先生の家へ
朝、なんだか外からの声で目を覚ます。
「うるせぇ……」
なんだろうか、お祭りでも始まったのだろうか。
俺は起き上がり、しばしぼーっとする。いやはや、シャネルがいないのに1人で起きれたぞ、俺ってば偉いなぁ。
なんて思って、頭をぶんぶん降って覚醒。
持ち前の野次馬根性を出して窓の方へいき、外でなにが起こっているのか確認する。
……ん?
なんだろうか、外に人が集まっている。というかこちらを見ている?
うーん、なんで俺が顔をだしたらまた歓声があがってるんだ?
「小・黒・竜!」
知らない人が俺のあだ名を呼んでいる。
うーん、なんでだろう。
だが、俺のあだ名の他にティンバイの名前も叫ばれている。
もしかして、と思って俺は窓から体を乗り出して隣の部屋を見る。
やっぱりだ、ティンバイが手を振ってやがる。
「なにしてんだよ、お前……」
隣のティンバイの部屋へと声をかける。
「おう、兄弟。おはよう」
「……おはよう。いや、だからなにしてんの?」
「見て分からねえのかよ、俺様のことを慕うやつらに手を振ってんだ」
「はいはい」
つまりはいつものファンサービスね。
まったくティンバイのやつ、目立つことが大好きだからな。でもそれって危険なことだと思う。ティンバイは民に慕われると同時に敵も多いのだ。この街に入るまでも何度も戦闘があった。
こんなふうに自分がどこにいるのか知らせて良いのだろうか。
俺は窓をしめると、隣のティンバイの部屋へ行く。
ティンバイは朝だというのに馬賊の格好をしている。人前にでるからだろう、たぶん肩にモーゼルの弾を巻いているのおはオマケというか、演出だ。
「兄弟、お前も手を振ってやれよ。喜ぶぜ」
「嫌だよ、俺はお前と違って目立つことは嫌いなんだ」
「そうかい」
「というかさ、こんなふうに居場所を知らせて良いのか? 爆弾でも投げ込まれたらどうするんだよ」
「バカだなあ、兄弟は。見えない敵にビビってるなんて俺様の性分じゃねえよ、だからこうして、ここに張作良がいるってことを知らしめて、来るならいつでもこいってやってんだ」
「覚悟はできてると?」
「いつもしているんだよ。でも死ぬ覚悟じゃねぜ、どんな逆境でも生き残ってやるって覚悟さ」
「そりゃあけっこうなことだ。朝ごはん、どうする?」
「俺はもう食った」
「あっそ」
普通、旅行に来たときの朝食って一緒に食べるものじゃないか?
いや、べつにティンバイと仲良く朝ごはんを食べたいわけじゃないけどさ。
じゃあ俺は食べてくるよ、と宿を出る。すると周りにいた人たちが俺に群がってきた。
「小黒竜! すごい、本物だ!」
「にせものだよー」
適当に言う。
やめてくれ、こっちは人見知りなんだから。
「サインください!」
「悪いけどサインなんてないよ」
というかこの異世界、サインとかあるのね。
「すごい、握手して!」
「はいはい」
女の人だったので握手した。してから恥ずかしくなった。
「おい兄弟、俺様より目立ってんじゃねえ!」
2階からティンバイが叫ぶ。
「うるせえ、じゃあお前も降りてこい!」
「よし、ちょっと待ってろ!」
あの目立ちたがり屋め……。まじで降りてきたぞ。
そこらの人たちがティンバイの方へ行ったので俺は逃げるように宿の前から走りだす。
ちょっと離れた場所まで来て、やっと一息つく。
「まったくよ……俺はああいうの嫌いなんだ」
目立ちたいのなら自分だけでやっていればいいのに。
さて、こうして外に出てきたは良いがどうしようか。お金ならちょっと贅沢できるくらいにはあるけれど。
なにはともあれ朝ごはんか。でも1人で食べるのも寂しいよなあ……。
「あ、そうだ」
ピコン。(電球が灯る音)
ひらめいちゃいました。
フォンちゃんのところに行こう。昨日、無責任にもまた来るよなんて言っちゃったからな。ああいう口約束は意外と大切だと思う。
それにさ、ほら。三顧の礼ってあるじゃない。昨日は仲間になることを断られたけど、今日も行ってみればなんか変わるかもしれないし。
思い立ったが吉日という言葉もある。さっさと行こう。
でも道がうろ覚えで、かなり時間がかかった。道を覚えられない男、榎本シンク。
それでもきちんとフォンちゃんの家についたのは日頃の行いが良いからだろうか。
昨日も来た一軒家。小さなワンルームの家。
さてさて、フォンちゃんはいるだろうか。
なーんて思っていると、家の前で誰かと話をしていた。ラッキーだ。俺は思わず隠れてしまう。なんでかはわからないけど、そういう性格なのだ。
「あ、あの……いつもありがとうございます」
「良いんですよ、先生」
はて、なんだろうか?
なにやらフォンちゃんは麻袋を受け取っているようだ。中に入っているのは野菜のようだが、もしかしてカツアゲか? いや、そんなわけないか。
「お返しもできなくて……」
「いえいえ。でももしものときは、お願いしますよ」
「はい」
もしものとき?
なんだろうか、エロい話か?
いやいや、なんでもエロにつなげるのは童貞の悪いクセだぞ。
野菜を渡した男は去っていく。なんだろうか、服装が上品だぞ。
いわゆる長袍と呼ばれるゆったりとした服。知識階級や、貴人が着用する服だ。もちろん俺の周りにそんな服を着ている人はいない。八門先生のフウさんが似たのを着ているが、あれはチャイナドレスだ。
ちなみに、フォンちゃんもその長袍だが、この子の場合は女の子らしいリボンがついている。可愛らしいね、リボン。
フォンちゃんはもらった野菜の麻袋をまじまじと見ている。
そして、ふうとため息を付いた。
「おいおい、フォン先生。ため息をつくと幸せが1つ逃げてくぞ」
昨日アイラルンに聞いたばかりの情報だ。本当かは知らないけど、話のきっかけには良いだろう。
「え、あ、あのっ。お、おはようございましゅ!」
いきなり現れた俺にフォンちゃんはしどろもどろに挨拶してくれた。
緊張しているだけで警戒はされていないようだ。
良かった、これでまた泣き出されたら俺が犯罪者みたいだもんな。ま、ティンバイが居なけりゃあこんなもんよ、どんなもんだい。
「おはよう」
いやあ、良いねえ。
相手がバカみたいに緊張しているとこっちは逆に緊張しないですむ。
いつもなら俺がどもるところだけど、今回は立場が逆だ。でもなんかこの考え方、危ない気がする。自分より弱い子にしか強く出られないってあれだよね、ロリコンさんみたいで。
「あ、あの……すいません。なにか用事ですか」
「あ、いや。べつに」
うむ、改めて聞かれると困るぞ。
「そ、そうですか……」
「うん。ごめん」
あれ、なんで俺謝ってるの?
いやいや、雲行きが怪しくなってまいりましたぞ。
これ、どうやって会話を続ければ良いんだ?
コミュ障ここに極まる。
みずみずしい野菜だけが、沈黙する俺たちの間でキラキラと光っていたのだった。




