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131 ティンバイの粛清


 俺たちはその足で鳳凰城へと向かった。


 ここはどうやら鳳城市の行政機関が入っているらしく、まあ簡単に言えば市役所のようなものなのだろう。


 でも見た目はその名の通り城だ。いかにも古風な城だがいったいいつの時代に作られたものだろうか?


「なあ、この城に入るのか?」


「どうしたよ兄弟、ビビってんのか」


「あー、いや。でも俺たちって馬賊だろ?」


 いまは馬に乗ってないけど。


「そうだな」


「馬賊っていうなればお尋ね者じゃないのか? ここ入っていきなり捕まったりしないよな」


「バカか、この街を誰が守ってると思ってやがる。ここの役人と俺たち馬賊は持ちつ持たれつの関係さ」


「ふーん」


 ズブズブというわけだな。


「というかな、こんかいは俺様が来たって聞いたやつらがどうぞ夕食でもって頭を下げてきたんだぜ」


 えーっと、ということはなにか? 俺たちってもしかしてここに正式に客として呼ばれてるのかな。


「タダ飯だな」


「そうだ。もっとも、その前に腹ごなしの運動をしなくちゃならねえが」


 城門には街に入るとき同じ格好をした兵士がいる。これは衛兵なのか、それとも馬賊なのか。よくわからない。


張攬把チャンランパですね、お待ちしておりました」


 一番偉そうな兵士が言う。


 兜に羽がついてたからな、そう判断したんだけど。


「おう、俺様の出迎えごくろうだな」


「いま、門を開けます」


 ゆっくりと門が開く。まさにティンバイのために開いた門だ。


「お持ちのものを預かります」


 俺は言われて不思議に思う。


「お持ちのもの?」


 そんなものないが。しいていえば背中に担いだ剣だろうか。だがこれを渡すわけにはいかない。


「おいてめえ」


 ティンバイはギロリと言った男を睨んだ。


「は、はい」


 睨まれた男はカエルのように縮こまる。


「てめえ、人を殺したことはあるか」


「な、ないです!」


「だろうな。一度でも人を殺したやつは、まさか自分の武器を他人に預けたりはしねえ。お前も馬賊のはしくれなら覚えておけ、自分のえものは自分で持つんだ。他人に持たせるなんてのはお天道様が許してもこの張作良チャンヅォリャンが許さねえ」


「す、すいません。失礼しました」


「なあに、わかれば良いんだ。金輪際、バカなことは言うんじゃねえぞ」


 ティンバイは男の肩を叩くと、堂々と門を通っていく。その腰にはサーベルが吊ってあったし、服の中にはモーゼルがあった。でもこう言われては誰もそれを取り上げようとはしないだろう。


「それで、ティンバイ。どこで暴れるんだ?」


 俺は前を行くティンバイに小さな声で聞く。


「ほう、察しが良いな兄弟」


「わざわざモーゼルだけじゃなくて剣まで持ってきてんだ、かなりの接近戦をするつもりか、あるいは狭いところで戦うか。どっちかだろう」


「どっちもさ」


 うん、と俺はうなずく。


 たぶん戦うのはこの城の中だ。


 いったいなにがそんなに気に入らないのか、ティンバイは体を怒らせて進んでいく。その様子に周りにいる人間たちは恐れをなしていた。


「ここです」


「入るぜ」


 ティンバイはまるで押し入りのように部屋の扉を開けた。乱暴なやつだ。


 部屋の中には2人の男がいた。


 メガネをつけた小太りの男――たぶんこっちがこの鳳城市の偉い人だろう。


 いかにもガラの悪そうな小悪党――インテリヤクザの出来損ないみたい。頬には切り傷がある。


 その2人の男はもう席についていた。この国でよく見る円卓だ。というか中華料理店でも見るよね、円卓の中央にさらに丸い盆があってクルクル回るやつ。


 たぶんここで食事をとるってことなんだろうけど……。


「どうもどうも、天白ティンバイさん」


 小太りの男が言う。


「ああ? 俺様のあざなをなれなれしく呼ぶんじゃねえよ」


 ティンバイはそう言って席につく。小太りの男の顔が引きつった。


「攬把、お久しぶりです」


 インテリヤクザは立ち上がり頭を下げる。


「おう」


 ティンバイはそれだけ言って、終わりだ。愛想がない。


 怒ってるのは分かるけど、ちょっと露骨だぞティンバイ。


「そちらお方は……黒髪に黒目。そして背中にかついだ大剣からさっするに小黒竜シャオヘイロンさんでしょうか?」


 インテリヤクザが俺に言う。


「あ、はい。そうっす」


 発動スキル、コミュ障!


 いやいや、こんな場所にいきなり来て楽しくお話なんてできるかよ。


 俺はおずおずと席につく。料理、まだかなあ。食べてれば場が持つのに。


「それで、てめえがこの街を仕切ってるわけだな」


 ティンバイは小太りの男に言う。


「ただのしがない小役人ですよ、中央からは左遷されましてね。張さんの手下の力があって、なんとかこの街を統治しております」


 いかにもへりくだった言い方だ。


 でもそこはかとなくこちらをバカにしているような声色。


 こういうのなんて言うんだったかな……慇懃無礼いんぎんぶれいってやつだ。


「小役人ねえ……小役人ってのは小悪党となんかちげえのかい」


「はは、これは手厳しい」


 さっきからずいぶんと喧嘩腰だぞ、ティンバイのやつ。これってもしかしてあれか?


 ティンバイ、こいつらのことを――。


「先に言っておく、俺はてめえらと食事をとる気はさらさらねえ。ここで一つやることをやったら、そこの兄弟と2人で街の酒場にでも繰り出す」


「攬把、それはいくらなんでも――」


 インテリヤクザが言った瞬間、ティンバイはモーゼルを抜いた。


 早い、この俺の目をもってしても見切ることはできなかった。


「てめえに攬把とは呼ばれたくねえ」


 モーゼルから紫色の魔力を帯びた魔弾が撃ち出された。


 その魔弾はインテリヤクザの眉間にぶちあたる。ちょうど等間隔の場所に3つめの目ができて、インテリヤクザは悲鳴すらあげず仰向けに倒れた。


「ひ、ひいいっ~!」


 変わりに叫んだのは小太りの男のほうだ。


 その叫びを聞きつけて部屋に馬賊たちが入ってくる。


「な、なにかありましたか!」


「あ、パオトウ!」


「そ、そんな。なんで!?」


 おたおたとする馬賊たち。


 そりゃあそうだ、なごやかな会食かと思っていたら、いきなり銃声がして自分たちのボスが死んでいるのだ。慌てないほうがおかしい。


「うろたえるんじゃねえ! この男はこの俺様が殺した、文句のあるやつは相手になる!」


 そう言われても状況が飲み込めていないものがほとんどだろう。


 それでも何人かの馬賊はモーゼルを抜いた。


 その刹那――ティンバイは正確に拳銃を抜いた馬賊だけを撃ち抜く。一瞬だった。うち漏らしもない。


「ひいいっ。ひいいいっ!」


 小太りの男が怯えてテーブルの下に潜り込む。


「おい、兄弟。そいつを出せ」


「あいよ」


 俺はテーブルの下に手を入れて、首根っこをつかんで小太りの男を引きずり出す。けっこう重たい。


「おいてめえ、俺様の縄張りで魔片を売りさばくとはいい度胸だな。それもそこらの無頼漢がやるんじゃねえ、小役人が組織ぐるみだ? それにまんまと乗るうちの手下も情けねえがよ!」


 ほう、つまりこの男たちは魔片を売っていたのだな。


 そりゃあティンバイは怒る。


 この前の戦いもそうだったが、ティンバイは魔片が大嫌いなのだ。あれは人間を堕落させるものだといつも言っている。


 あれのせいでダメになった民草を何度も見てきたのだという。この国じゃあ、魔片窟なんてのは娼館くらいありふれているんだ。


「ゆ、許してくれ――」


「いいや、許さねえ」


 ティンバイは小太りの男に銃を向ける。


「金ならいくらでもやる、だから――」


「金は全部もらっていく、お前を殺したあとにな」


「たのむ、私はこんなところで死にたくないんだ!」


「あばよ」


 ティンバイのモーゼルが火を吹いた。


 そして男は、ただの動かない死体になった。


 ふう……俺、ぜんぜん活躍してないな。


「こいつら片付けとけ。くそが、胸糞悪い!」


 ティンバイは部屋を出ていく。俺もそれに続いた。


 けっきょく夜ご飯はお預けだ。


「それにしてもティンバイ、良かったのか?」


 俺たちは来た通りに城の中を歩く。


 すれ違う人たちが恐れるように俺たちを見ている。ぜんぜん気づかなかったが、俺もティンバイも返り血を浴びていた。


「なにがだ」


「あの小太りの、いちおうこの街で一番偉い人なんだろ?」


「ふん、替りなんてもう用意してある。あんな中央から派遣されてきた腐れ役人じゃなくて、もっとまともなのをな」


「用意が良いことで」


「この街に来た理由の一つでもあるからな」


 ふーん。


 どうやらこれは最初から計画されていたことらしい。


 なら先に言ってほしかったな、俺にも。


 俺たちは血のにおいをまとわせて歩いていく。まるで2匹の獣になったような感覚だ。だがティンバイは獣でも正義を行使する獣だ。


 彼は英雄である。


 その判断基準は単純明快。


 ただ、ただ、民草のために。


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