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130 アイラルンとお話し


 ティンバイがとった宿はこのルオの国では珍しい、2階建ての宿屋だった。


 俺たちはそれぞれ別々の部屋。当然だ、可愛い女の子ならウエルカムだが、こんなむさ苦しい男と一緒の部屋なんてやってられるか。もちろんティンバイのほうも同じ気持ちだろう。


「ちょっとしたら出るからな」


 と、ティンバイはいう。


 夜ご飯を食べに行くのだ。


「あいよ」


 俺はしばし、部屋で1人の時間を楽しむことにした。


 窓際に椅子を持っていく。窓を開けて外を見る。


 平和な街だ。夕方だというのに人々に活気がある。これが奉天の街ならば足早に家路を急ぐ人ばかりなのに。


 あそこは治安がそうよろしくない。もちろんティンバイのお膝元であるから大きな事件なんかはめったに起こらないが、スリや恐喝みたいなことは日常茶飯事なのだ。


 人が多くなればそれだけ治安も悪くなるというわけだろうか?


 その分、この鳳城市は良い。ハオだ、好。いかにも裕福な地方都市という感じ。老後を暮らすならばこういう街が良いだろう。


 俺の老後ってどうなるんだろうか?


 そんな先のことは想像できない。けれどきっと来るんだろうなとなんとなくだが思う。そのとき、俺の隣にいるのはシャネルだろうか?


 ふと、背後に気配を感じた。


「いい街ですわね、朋輩」


「……はぁ」


「あれ、いまため息つきましたか? ダメですわよ、朋輩。ため息をつくたびに幸せが1つ逃げていくんですから」


「なんでも良いけどよぉ、俺は1人でぼーっとしてたい気分だったの。分かる、そういうの? 黄昏てたかったの、俺は」


「まあまあ、朋輩にそんな風流は似合いませんわ」


「お前にもな、アイラルン」


 まったく久しぶりに出てきたと思ったらいきなり俺のことをディスりやがった。なんて女だまったく。


「ふふ、朋輩があの女から離れてくれたおかげで出てこられましたわ」


「あの女? シャネルか?」


「いいえ、シャネルさんじゃありませんわよ」


 そりゃあそうか、いままでもシャネルがいるときに時間を止めて出てきたりしてたもんな。でもだとしたら、あの女って誰だ?


 アイラルンが警戒する女なんているとは思えないんだけど。そもそも時間を止められるのに誰を警戒するというのだろうか。


 謎だ。


「ま、なんにせよ久しぶりだなアイラルン。元気してたか?」


「していましたわよ。朋輩こそ、最近は調子が良さそうで」


 アイラルンのきれいな金髪は風もないのに揺れている。不思議だなあ、なんて思うけどつっこまない。


「調子は悪くないね、うん」


「人気者になっているそうじゃないですか。わたくしも鼻が高いですわ」


「なんでだよ」


「だってわたくし、朋輩の最初のファンですもの。つまりは古参ファン、にわかとはちょっと違いますわよ。おほほ」


「なんだそりゃ」


 座るか? と、俺は椅子を一脚用意する。アイラルンは音もなく腰を下ろした。


「それで朋輩、わたくし1つ聞きたいことがありますの」


「なんだよ、2つまでなら答えてやるぞ」


「朋輩、巨乳と貧乳はどちらが好きですか?」


「はいっ!?」


 何いってんだ、この女神。


 巨乳と貧乳って……いや、どっちも好きだけど。え、いやいや。それ聞くこと、わざわざ。


「正直にお答えになってくださいまし。返答いかんによっては今後の展開も変わってきますので」


「展開って」


「さあ、どっちですの」


「えー。どっちかと言えば……巨乳かな」


 俺はロリコンじゃないのだ。たぶん、いちおう、あるいは。なんか自分でも自信ないが。


 でもべつにおっぱい星人というわけでもない。あ、いや。そういう意味では普通くらいが一番かも。美乳というか。そうそう、ちょうどアイラルンみたいな――。


 いや、アイラルンもでかい方か?


 いかんせんシャネルの胸がでかすぎて感覚が麻痺してやがる。


「巨乳、ですのね」


「まあ。っていうかこの質問なんの意味があるんだよ」


「それは朋輩、朋輩がもし貧乳が好きでしたら、さっきの娘」


「さっき?」


「はい、あのロリータな少女ですよ。あの娘にメロメロかと思いまして」


「フォンちゃん? いや、ないない」


 さすがにあれはね、犯罪でしょ。


 あれ、でもこの異世界では――もしくはこの国では――成人は15かららしいし。別に犯罪ではないのか。


「そういうことを言う男にかぎって、ああいう小さい女の子に頼られてコロっとなびくんですわ。父性本能がどうとか言い訳して、ただのロリコンのくせに」


「だから大丈夫だって。それに俺にはシャネルがいるだろ」


「あら朋輩、わたくしもいますわ」


「女神はカウントしません」


「そうですか、残念」


 まったく残念がっていない。からかわれている。


「バーカ」


 だから知能指数の超絶ひくい悪口を言っておいた。


「朋輩……」


 じゃっかん引かれている。


「で、今日はなに。それを聞きに来ただけ?」


「そうですわよ」


「お前も暇なんだな」


「ここだけの話、じつはそうですのよ」


 ま、俺も暇だからな。暇人同士、こうして話てるのも悪くない。


「あ、そうだ。アイラルン、ちょっと聞いてもいいか?」


「なんですの?」


「あのさ、シャネルがいまどうしてるかって分かる?」


「そりゃあ分かろうと思えば分かりますけれど、どうしてですの?」


「あ、いやあ。あはは」


 ごまかす。


 なんでも良いけど、分かろうと思えば分かるって良いよね。いかにも女神っぽい。


「ま、おおかたシャネルさんが他の殿方と浮気をしていないかでも気になるのでしょう?」


「う、うぐっ」


 図星だった。


 アイラルンはニヤニヤとまるで俺をからかうように見つめる。


「そういうの、相手のことを信じられていない証拠ですわよ」


「分かってるんだけどさ……でも気になるじゃん。なあ頼むよ、シャネルいまどうしてるか教えてくれよ」


 夕方だからな、1人で夜ご飯でも食べてるのだろうか。


 でもシャネルは美人だからな、外食なんてしてたら声とかかけられちゃったりして。シャネルはこの国じゃあ洋人ヤンレンって言われて嫌われてるからな、男に優しく声をかけられただけでなびいたりして……。


 ああ、童貞特有の妄想が爆発している。


「ま、あのシャネルさんにかぎってそんなことはありませんわよ。というか朋輩、シャネルさんが1人でいるとき、どんな状況か知ってます?」


「え、どんな状況って」


 知らないよ、そんなの。


「あれはちょっとすごいですわよ。もうね、本当に死んでいるんじゃないかってくらい何もしないんですの。動かないわけじゃないんですけれど、でも生気がないというか。やっぱり死んでるっていうのが一番分かりやすいですわ」


「なんだそれ」


「女神のわたくしからしてもゾッとしませんわよ。それにあの人、男から話しかけられても無視しますし、ちょっと極端ですわよね」


「うーん、確かに」


「ちなみに、いまは家にいるようです。お人形さんで遊んでおりますわ」


「人形か」


 たぶん、ドレンスを出る前にヨツヤ老人の家でもらったものだろう。あのメイドさんは元気にしているだろうか、あれも人形だから死ぬようなことはないだろうけど。


「ただ無言で人形を動かしておりますね、夜ご飯は食べていないみたいですわ」


「心配だな」


「たぶん、あちらも朋輩のことを心配しておられますよ」


「浮気なんてしないさ」


「でも心配してしまうものですわ、そうでしょ朋輩」


「まーな」


 でもとりあえず俺の心配は無駄だったわけだ。そうだよな、シャネルが俺のいない間に他の男と浮気なんてあるわけないもんな。


「安心されましたか?」


「ああ。なんだ、アイラルン。お前に初めて感謝してるよ」


「朋輩、それちょっと失礼ですわ」


 アイラルンがいきなり立ち上がる。白いローブのような服が夕日に反射してキラキラと宝石のように光った。


 そして、彼女は微笑んだ。


「では、朋輩。また」


「あれ、もう行くのか?」


「ええ」


 まばたきの瞬間にアイラルンは消えてしまった。


 いつものことだが、なんだか彼女がいなくなってしまうと心のどこかが寂しい。なんだか子供の頃、お祭りから帰ってきた後のことを思い出した。


 だけどその寂しさもすぐに消える。


 乱暴に部屋の扉がノックされる。


 ああ、だからアイラルンは帰ったのかと理解した。


「おい、兄弟。入るぞ、いいか」


「いいぞー」


 ティンバイは部屋に入ってくると、不思議そうに部屋を見回した。


「誰かいたのか?」


「どうして?」


「いや、兄弟の話し声が聞こえたからな。商売女でも連れこんでるのかと思ってよ」


「まさか」


 そんな度胸はない、童貞だから。


「とりあえず兄弟、行くぞ」


「おう、夜ご飯だな」


 まだそんなにお腹は減ってないけど。まあ良いや。


「剣も持っていけよ」


「言われなくても持っていくけど」


 なんでわざわざ? と俺は疑問に思った。


 見ればティンバイも珍しく、腰にサーベルを指している。こいつがモーゼル以外を使っているところを見たことがない。


 なんだかティンバイの表情が怪しい。まるでいままさに獲物を狩ろうとしている猛獣の目だ。これは一波乱あるぞ、俺はそう覚悟した。




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