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128 鳳先生はおどおど少女


 ティンバイが仲間に迎え入れようとした人は、フォンさんというらしい。


 鳳城市に住む鳳先生フォンシェンシャオ。まったく分かりやすい名前だ。


 その人は街ではかなりの有名人らしく、てきとうにそこらへんの人を捕まえて、


「鳳先生の家はどこだい?」


 とティンバイが聞くと、すぐに教えてくれた。


 俺はてっきりティンバイの屋敷のように大きくて広い家に住んでいるのだと思っていた。なにせ有名な人らしいから。


 でも俺たちがついた家はこぢんまりとした、それこそどこにでもありそうな家だった。


 家の周りにはたくさんの木が生えていたが、そのどれもが葉を散らし始めていた。そして散らばった赤い葉っぱをホウキで掃除するツインテールの少女が1人。


「おい、ちょっと良いかい」


 ティンバイが馬から降りて、その少女に声をかける。


「ひっ……」


 少女は怯えたようにホウキを落とした。


「あいや、すまねえ。怖がらせちまったか。べつに怪しいもんじゃねえんだ」


 いきなりこんな平和な街に、派手派手しい馬賊のなりでやってきた男を見て、怪しくないと思うやつがいたらどうかしている。


 とはいえ、俺も同じようなものなので何も言わない。


 少女は、


「あわ、あわわ……」


 と、なにか言いたそうだが緊張して喉がつっかえているらしい。


「あ、なんだって?」


 追い打ちをかけるようにせっかちなティンバイが言う。


 それが恫喝どうかつに思えたのだろうか、少女はその場に卒倒しそうになった。


「あぶないっ!」


 俺は慌てて馬から飛び降り、少女を支えてやる。


「やれやれ、俺様はそんなに怖いかねえ」


「言い方がキツイんだよ。もっと優しくしてやれって」


 俺は少女に大丈夫か? と声をかける。少女はコクリと頷いた。


 さすがにここまで小さい子だと――小学校高学年くらいか?――俺も女を感じない。童貞でも大丈夫。これで興奮してたらロリコンだ。


 しかしふと、桃のような匂いがした。子供特有の甘さと幼さが混じり合った匂いだ。断じて興奮はしていないぞ。


「俺様たちは鳳先生に会いに来たんだが、お前は先生の召使いか?」


「あ、あの……あのっ……」


 少女は何かを言おうとするがどもってきちんと声が出ていない。


 やれやれ、と俺はティンバイにもうやめとけと目配せする。


「ゆっくりで良いんだぞ。あのお兄ちゃんも別に怒ってるわけじゃないんだ」


「おう、これは俺様の地だ」


 と、いう言い方すらも怒気をはらんでいるように聞こえる。


「あの、その……」


 少女は見ていて可哀想になるくらいにおどおどしている。


「おい、ティンバイ。もうお前ちょっと離れてろ」


「しゃーねぇな」


「ティ、ティンバイ……?」


 少女がまともに口を聞いた。


「おうよ、そこらの乳臭えガキにも俺様の名前は知ってるか。何を隠そう、この俺様こそ東満省にその名をとどろかす張作良チャンヅォリャン天白ティンバイ様だ! そうだと分かったらさっさとお前のご主人様をだしな」


「あ、貴方が……大馬賊の張作良ですか?」


「だからそう言ってるだろう」


「ひいっ!」


 別にティンバイは怒っていない。それは付き合いの長い俺だから分かることだが、初対面の人からすればその獣じみた相貌は恐ろしく映るだろう。


 しっし、と俺はティンバイをあっちにやる。


 ティンバイはつまらなさそうに遠くへ行った。


「ごめんね、怖がらせちゃって。悪気があるわけじゃないんだ」


「あ、あの人が張作良なんですね……」


「そうだよ。俺は榎本シンク。いちおう名乗っておくけど、知ってる?」


「し、知ってます。最近そこらの辻講談でも名前を、聞き、ました」


 少女はかまないように、一言を区切ってゆっくりと喋る。


 俺も有名になったもんだ。


「そうか、それなら話は早い。俺たちはここに住んでる鳳先生に会いに来たんだ」


「あ、あの……」


「なに?」


「鳳、は、私、です……。はい」


「うん?」


 いま、なんて言った。


「あの、鳳は私です」


「ああ、そういうことか」


 わかったぞ、この子は鳳先生の娘かなにかだな。


「そっかそっか、お父さんかお母さん出してくれるかな?」


「え? あ、いや。父も母も遠くに住んでいます、ここにいるのは私だけです」


「あ、そうなの」


 これは無駄足だったかな。


 見ればティンバイは苛立たしげに貧乏ゆすりをしている。


「あ、あの……貴方たちが私に会いに来たのは分かりました」


「いや、だからね。鳳先生に会いに来たのよ」


 少女がまっすぐにこちらを見る。


 ――ん?


 その視線に俺はなにかを察した。


 俺の第六感がびんびんと告げている、この子だ、と。


「もしかして……」


「私が、フォン九蓮チューレン雛愛スーアです」


 まさか、こんなに小さな女の子が?


「お、おいティンバイ」


「なんだよ、俺様は怖がられるから近寄らねえぞ」


 あ、もしかしてすねてんのか?


「バカなこと言ってねえで、こっちにこい!」


「んだよ、兄弟」


 ティンバイは不承不承とこちらにくる。


「なあ、鳳先生ってどんな人なんだ?」


「俺も詳しいことは知らねえが、そうとう若いってことは聞き及んでるぜ。なんでも若干12歳で院試に受かって秀才になったとか――」


「え、秀才? なにそれ」


 つまり頭いいのか? できすぎ君か?


「なんだ兄弟、科挙も知らねえのか。ま、外国人じゃあ仕方ねえな。そういう難しい試験があるんだよ、俺には関係ねえがな」


「ふーん」


 試験ねえ。


 ま、学校を不登校だった俺にも関係ないけどさ。


 つまり鳳先生はかなり若い頃になにやら試験に受かった、と。


「で、でもその次の挙人きょじんにはなれませんでした……」


「そりゃあそうだろ、挙人の試験である郷試は三日三晩の過酷なもんだって話だ。そんなガキの、しかも女の体じゃあ頭があっても体力がついていかねえ――んっ?」


 どうやらティンバイもなにかを察したようだ。


「あ、あの……」


「おいおい、まさか。このちんちくりんのお嬢ちゃんが?」


「らしいぞ。俺たちが探していた鳳先生だ」


「そ、そうです……」


「こいつは驚いた」


 まさか、という感じだ。


 俺たちの前にいる少女は怯えるように顔をうつむかせる。


 大丈夫か、この子?


 なんとなーく、俺は不安なのだった。



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