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127 あだなは小黒竜


 というわけで、3日後。鳳城市についた。


 ついたったらついた!


 いやはや、大変な旅路だった。


 というかティンバイのやつ、お供も連れずに旅なんてして良い身分じゃねえだろ。行く先々で歓迎されるが、それと同時に刺客にねらわれたりもした。そのたびに2人で迎撃したもんだから何度も戦闘をするはめになった。


「くそ……もうお前と旅なんてしねえぞ」


「そういうなよ兄弟、はっはっは! 楽しかったじゃねえか!」


 というかこれ……帰りもあるのか。嫌だなあ。


 よく考えればティンバイって最初に会った時も敵に追われてたし、こいつもけっこう運のない男なのでは? なんて疑問に思う。


「さて、ここが鳳城か」


「ここに仲間に誘うやつがいるんだな? 強いの、そいつ?」


「まさか」


「え、じゃあなんで誘うのさ?」


 少なくとも俺がティンバイに誘われた理由は俺が強いからだ。師匠の弟子だというのもあるかもしれないが、その2つはほとんど同じ意味だろ。


「おめえ、戦いは兵隊だけじゃできないだろ」


「えーっと、つまり。あ、わかった。軍師だな!」


「そういうことだ。俺たちの馬賊も大きくなってきた。いつまでも馬賊上がりのゴロツキじゃこの先やっていけねえ。それで碩学せきがく先生シェンシォンを呼び招くことにしたんだ」


「でもフウさんがいるじゃないか」


 フウさんといえば、この前ティンバイの屋敷に行ったらなぜか頭を撫でられた。あの人もなかなか謎な人だ。


「八門先生はただの占い師だ。そういうのじゃなくて、もっと政治向けの頭のやつが必要だ」「つまりここに政治家がいるの?」


 引退した政治家、とかだろうか。


 でも俺、この国の政治がどうなってるかとか知らないなあ。木ノ下が一番えらい、というのは知ってるけど。


「ま、正確にはそのなり損ないがな」


「なり損ないねえ……」


 鳳城市は周りに高い壁のある、城塞都市だった。どうやら中央には城があるらしく、その名前は鳳凰城。どちらが先についた名前かは分からないが、後にできた方が影響を受けていることは必然だろう。


 街へ入るための入口へと行く。そこには衛兵とでもいうのか、男が2人立っていた。


「止まれ、通行証はあるか」


「ふむ、ないな」と、ティンバイ。


「商人ではないようだが」


「旅人だ」


「通行証のないものは中に入れることはできない」


「だとよ、どうする」


「どうするって――」


 まさか押し通るわけにもいかないだろう。


「なああんたら、俺様にめんじてここは通してもらえねえか?」


「どう免じろというのだ!」


 ティンバイの言葉をたちの悪い冗談だと思ったのか、衛兵たちは怒りをあらわにした。


「俺様、張作良チャンヅォリャンに免じてだ」


「ちょ、張作良!」


 衛兵たちもティンバイのことは知っているのだろう。


 しかし本物かと疑問視しているようだ。


 そりゃあそうだ、張作良の名前は知っていても、その顔まで知っている人は少ないだろう。


「おい、兄弟。お前もなにか言ってやれ」


「え、俺か?」


「まさか、あんたも名のある馬賊なのか?」


 衛兵が聞いてくる。


「いや、名前は榎本シンクだけど」


「え、榎本シンク! あの『小黒竜シャオヘイロン』か!」


「は? いまなんて?」


 ティンバイがくつくつと笑う。


「そうさ、あの『小黒竜』さ。嘘だと思うんならそうだな、お前らのパオトウを呼んできな。それがダメならもっと上だ。俺様が張作良だと証明できるやつをな」


「い、いえ。貴方様は張作良です! 我々の攬把であります!」


 我々の?


 こいつらも馬賊なのだろうか。そうは見えないが。


「そうかい、分かってくれれば良い。じゃあ通るぜ」


「どうぞ」


 そうして門が開けられた。


「いい場所だな」


 と、ティンバイ。


「なあ、あいつらも馬賊なのか?」


「ま、似たようなもんだ。ここは俺様の縄張りだからな、この街にも俺の手下はいるぜ」


「なんだ、そうなのか」


 あれ、じゃあわざわざ俺たちがここに出向く必要あったのか? てきとうに手下に頼んでその仲間にしたい人を呼び寄せれば……。


 いや、そういうのは礼儀に反するのだろう。たぶん。


「さて、どこにいるんだろうな。おい、そこの坊主」


 坊主、と呼ばれた子供はなあに? と鼻をたらしながら近づいてきた。


「ここらで一番栄えてる場所はどこだ?」


「あーっとね、あっち」


 あっち、と指された。


「そうか、ありがとよ」


 ティンバイはポケットからアメを取り出すと、子供にくれてやった。


 なんだかアメをやる大人って怪しいよね人さらいみたいで。あ、馬賊は人さらいもするから間違ってないのか。


「ありがとー!」


 子供はダッシュで去っていった。


「この街は豊かだな」


「そうなの?」


 いまの会話だけじゃよく分からないけど。でもまあたしかに、街の中はきれいだ。紅葉した木々が並んでいて、道もきちんと整理されている。


「アメをもらって目の色かえねえガキがいるってのは良い事だ」


「そういうことか」


 たしかにお腹が減っていていたらアメなんぞもらったら飛び上がって喜ぶだろう。


「いい街だぜ、まったく」


 俺たちは並んで馬をゆっくりと進ませる。俺たちの頭上をまるで囲むように紅葉した木々が揺れている。


 城壁沿いだった。街の中心に向かって進み始めている。


 ある程度区画整理された街だ。奉天とは大違い。たぶん街の中央に城があって、そこから城下町のように市が栄えたせいだろう。


 人通りの多い場所で馬に乗っているというのは迷惑なのだろうが、俺たちのなりを見てか文句を言ってくる人はいない。


 やがて市場のあたりに出た。


「有頂天に栄えてやがるぜ」


 その言葉の意味が正しいのかどうかは分からないが、そうだなとうなずく。


「おい、見ろよ兄弟。あそこで講談をやってるぜ」


「講談か」


 講談というのはつまり落語のようなもの。紙のない紙芝居、といっても良いかもしれない。でも内容は滑稽な話や説教臭い話などではなく、勇ましい英雄譚や軍記物などばかり。


 なにぶん映画やテレビ、もちろんスマホなんかもない場所だから、こういった娯楽は市民にとって最高の贅沢なのだ。


 俺も奉天ではシャネルと一緒によく聞く。


 さてさて、どんな話だろうかと馬上から聞き耳をたてる。


 そして聞こえてきた語りに、思わず吹き出してしまった。


「やあやあ、われこそは東満省が真なる英雄、張作良!」


 その名乗りで、見ている人たちは待ってましたの喝采をあげる。


「おいおい、ティンバイの話じゃねえか!」


 いや、たしかに奉天の街でも何度か馬賊ものの講談は聞いたことがある。その主人公は当然のようにティンバイだった。


 かつての英雄と同じように、現在を生きる男がこうして街のあちこちで語れているのだ。


「なんだ、俺様か」


 ちょっとだけ驚いたようにティンバイが言う。


「聞いてくか?」


「まさか、自慢じゃないがあそこの講談師よりも俺様のほうが張作良には詳しいんだよ」


 よって聞く必要はない、ということだろうか。


 とか言って、本当は照れくさいんじゃないのか? ちょっとだけ口元が笑っているし。


「――そして駆け出す『小黒竜』!」


 あれ、またその名前だ。


 初めて聞く名前、たぶん誰か馬賊のあだ名なんだろうけど……。


「向かってくる敵を切っては捨て切っては捨て! まさに天下無双の大丈夫だいじょうふ! なにを隠そうこの男、あの李小龍リシャオロンの弟子だというからおどろ木ももの木さんしょの木!」


 え、ちょっと待って。


 いま師匠の名前がでなかった? ってことはなにか、『小黒竜』って俺のことか?


「なんで俺が?」


「そりゃあ兄弟、民衆なんてのは流行りに敏感だからな。この俺様、張作良の手下に綺羅星の如く現れた期待の新星が気になってしかたがねえんだろ。いつの間にかいっちょ前にあだ名までついちまって」


 ま、俺がちょっと噂を流したんだがな、とティンバイは付け足す。


「お前のしわざかよ」


「嫌か?」


「別に、ただ嬉しくもないぞ」


 目立つのってあんまり好きじゃないんだ、俺。


 しかし驚いた、まさか俺の知らないところで俺も有名人の仲間入りをしていたとは。だからさっきの衛兵たちも俺たちの名前を聞いて通してくれたのか。


 ま、人の噂も七十五日っていうから。


 俺の名前なんてすぐに消えてしまうかもしれない。


 でもティンバイは消えないだろう、こいつは英雄だ、誰もが語り継ぐ男なのだ。言ってしまえば俺はその手下の1人。


 義兄弟ではあるけどね。



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