013 俺のスキル
うーん、よく分からないな。
「なあシャネル。これスキルが書いてあるだけでよく分からないんだけど」
「説明がないわね」
「ああ、それでしたらスキルの部分をタップしてみてください」
「タップ?」
それって触ることだよな。
タップ、っと。
すると驚くことにギルドカードの文字が変わった。まるで画面が移り変わるように、だ。
「すげえ、スマホみたいだ!」
「スマホってなに?」
「ギルドカードみたいなもの!」
なんの説明にもなっていないが、シャネルは納得してくれたようだ。
「そうすればスキルの説明が見られますよ」
「ほうほう……って、おい。これスキルの説明はこの世界の文字じゃねえか!」
「あらそうなの? じゃあ私が読んであげるわね。ええっと、『武芸百般EX』。って、すごいわね、エクストラスキルだなんて」
「それってすごいのか?」
「基本的にスキルは『F』から最高位でも『A』よ。そこに『+』がついたりするけどね。でも『EX』は規格外。どおりでシンク、強いわけだわ」
「ほうほう、つまりはチートスキルというわけだな!」
「ええっと、説明は――」
『武芸百般EX』
あらゆる武術に精通し、武神とまで讃えられるべきスキル。また、どのような技であろうと武に関することであれば一目でその性質を見抜き真似ることが可能。
常時ステータスに補正(レベル5)がかかる。また武器を持った場合は力と素早さに、無手の場合は反射神経やラックなどのステータス外の部分に補正(レベル3)がかかる。
「――ですって、すごいわね。これかなりのスキルじゃない?」
「そうですよ、『武術百般EX』だなんて初めて聞きました!」
受付のお姉さんの声が大きかったのか、周りの冒険者たちが騒ぎ出す。
「おい、聞いたか? 『EX』スキルのやつがいるってよ!」
「すげえ、しかも武芸百般かよ」
「俺なんて『剣術D+』だぜ」
「お前なんてマシだよ。俺は『無手E』だよ。これでも武道家なんだぜ」
「なんにせよ、またすげえやつが出てきたな」
はっはっは、称賛の声が嬉しいぜ。でもそうか、このスキルってかなりすごいんだな。よく考えてみれば異世界に来たとたん、それまで握ったこともない剣で敵をばったばったとなぎ倒したんだし、何かしらのスキルを持ってて当然か。
それにしても嬉しい。
「それで、他のスキルは?」
「ええっと、『5銭の力』……? なにこれ。説明がないわ」
「ユニークスキルですね。固有のスキルですからギルドの情報にものっていないんですよ。もしかしたら何度もそのスキルが発動すれば、自動的にカードに記入されるかもしれませんよ」
受付のお姉さんが説明してくれた。
「ユニークスキルまで!」
「なんてやつだ、まさかあいつは天才か?」
「とんでもねえぜ! 勇者級だ!」
なんだかあんまり褒められるものだから、むしろ照れくさくなってきた。
「あの、シャネル。もう良いって。もう終わろう」
「え、もう一つあるわよ」
「え、三つもスキルがあるんですかっ!」
受付のお姉さんが嬉しそうに叫ぶ。そんなに凄いことなの?
「なんだって、あの新入り三つスキルがあるのか!」
「おい、新入りなんて言い方するんじゃねえよ。あの方はきっとさぞ高名な武術家の先生なんだ!」
「そ、そうは見えないが……」
「それが一流ってなもんだぜ。能ある鷹は爪を隠すってやつだ、一見弱そうに見えてもその実、かなりの実力を秘めてるんだよ! そうじゃなきゃあんなパッとしない男の隣にあんな絶世の美人がいるわけないだろ!」
「い、言われてみれば……そう見てみるとかなりの実力者にも見えるな」
おい、なんか今、酷いこと言われなかったか?
「ま、シンクが言うなら最後のスキルは言わないでおくわ。周りもうるさいし」
「でも凄いですよ、フルスキルだなんて」
「フルスキル?」
「人間は三個までしかスキルを持てないのよ。それは女神ディアタナが決めて不文律。でも実際はスキルを一つでも持っている人間は運が良い方よ。才能がある、と言っても良いかもしれないわね」
「ちなみにシャネルは?」
「私は『火属性魔法B』と、『幸運E+』よ」
「それって増えたりするの?」
「後天的に増える可能性はゼロではないけど限りなく低いって聞いたわ。そうよね?」
「はい、私もそう聞いております」
ならこうしてスキルが三個もあるのは本当にラッキーなのだな。幸運スキルはないけど。
なんにせよ、これで俺のスキルが分かったわけだ。最後の『女神の寵愛』ってのは聞かなくてもだいたい分かる。たぶん、アイラルンが俺にくれたスキルだ。シックス・センス。第六感。たしかにアイラルンはそんなことを言っていた。
あとでシャネルと二人っきりのときにでももう一度説明を読んでもらおう。
ま、騒ぎはあったがこれで登録は全てすんだ。
さっそく依頼を受けよう。
受付のお姉さんは会釈をして受付へと戻った。俺たちは壁際へ。
「この紙にね――」
「依頼内容が書かれてるんだろ?」
「あら、よく分かったわね」
「ま、だいたいな」
しかし文字は読めない。何か良さそうなのはないか、とシャネルのお任せで決めてもらうことにする。
シャネルは真剣に依頼内容を見る。そして、
「これは?」と、一枚の紙を指差す。
「どういう依頼?」
「ジャイアント・ウコッケイの討伐。10体から」
「なんだそれ……」
烏骨鶏って、たしかニワトリの仲間だよな。
「ここ最近、ウコッケイが巨大化して困ってるそうよ。夜なのに騒いで、城壁の近くの人たちが眠れないんですって。報酬は一体につき二万フラン。まあ、かなり安いけどこれくらいしかないわね」
「他はないのか?」
「他は難しそうなのばかり。というか簡単な依頼が一つもないわ。なんでかしら?」
「それはな――」
と、いきなり横から声をかけられる。強面のおっさんだ。
誰? と思ったけどたぶん何も知らない俺たちに教えてくれようとしている親切な人なのだろう。
「最近、郊外のババヤーガ山にドラゴンが住み着いたんだ」
「ドラゴン?」と、シャネルが片眉を上げる。
「ああ、そうだ。それも成体の竜だ」
なんでもいいけどこの人……格好が世紀末だな。モヒカンだし。
「それが住み着いたらどうなんだ? なんか困るのか」
「そのせいで山から強めのモンスターが降りてきてな、平地にいた弱いモンスターが全員逃げちまったんだよ。そのジャイアント・ウコッケイも山下りしてきたモンスターさ。おかげで俺たちみたいな下っ端冒険者には全然仕事がない状態だ」
この人、下っ端だったのか。
というか、これで納得した。さっきギルドに入ってすぐに出ていった人たちは自分のできる仕事がなかったわけか。通りで肩を落としていたわけだ。
「そこでだ、あんたどうやら強いんだろ?」
「いや、それは分からないけどさ」
「そう謙遜するなよ。さっき聞いてたぜ。『武芸百般EX』なんてすげえスキルだ。そこでよ、あんたがドラゴンを退治してくれねえか? そこに依頼もある」
たしかに、おどろおどろしい程のドラゴンの絵が書かれた依頼書がある。その紙は他のものとは違い、少しだけ赤い。
「これ、ランク8の依頼じゃない。できるわけないわ」
「ランク?」
「簡単に、依頼の難しさよ。さっき私が言ったジャイアント・ウコッケイの依頼でランク4。他のも軒並みランク5以上だから、一番マシだったのよ。ほら、そこに星のマークがあるでしょ」
たしかに星が8つ描いてある。つまりこれが依頼のランクを表すのだろう。
「ジャイアント・ウコッケイの二倍の難しさか……。ちなみにジャイアント・ウコッケイってジャイアントって言うくらいだから大きいんだろ。どれくらいだ?」
「だいたい5メートルくらいかしら。個体差はあるけど」
「つまりドラゴンの大きさは10メートルか」
「その考え方は素敵だけど、とても馬鹿だと思うのね、私」
どっちにしろデカすぎだろ。ジャイアント・ウコッケイだって俺の三倍くらいじゃないか。
「無理だな、諦めよう」
「ま、でっかい敵を倒すのは面倒だしね。一体や二体なら私の魔法で吹き飛ばせるけど、それ以上となると面倒だわ」
「そのドラゴン退治も誰かがやってくれるだろう」
「というかこれ、複数人でやる依頼でしょ。ほら、参加した人で報酬を分け合うタイプよ」
「つまりレイドボスか。ますます馬鹿らしいぜ。シャネル、俺たちも帰ろうぜ。このドラゴンが退治されてから、ゆっくり簡単な依頼をやっていこう」
「ま、私は何でも良いけど」
「あ、ちょ! おい、待ってくれよ」
「なんだよ、おっさん」
「頼むよ、この依頼やってくれよ」
「なんでそんなに俺たちにやらせたいんだ?」
「そりゃあ詳しく説明すりゃあ長くなるが……」
面倒くさいぞ。
「よし、シャネル。帰るぞ」
「あ、ちょっと。ちょっと待って。簡単に説明するから!」
「三行でな」
強面のおっさんが困っている様子っていうのはなんだ、かなり気味が悪いぞ。
「このドラゴンを倒すために勇者とか名うての冒険者が派遣されてくるんだけど、このギルドからはビビって誰も出たがらねえだからあんたみたいな強いやつが俺たちの代表として出てくれればギルドの面目もたつし頼むよ!」
おっさんは一息に言ってのけると、俺たちに頭を下げた。
「そんなこと言われてもよ。俺とシャネルが命をかけてドラゴン退治に参加する義理なんてないぜ」
「そうよ、こんな依頼どうせ売名行為の冒険者がやるものよ。今の話だと勇者もそのためにこの町に来るみたいだし、間違っても私達の出る幕じゃないわ」
おっさんは「そうか」と残念そうに言うと、「悪かったな、無理言っちまって」と謝り、とぼとぼとテーブルの方へ戻っていった。
なんだかその後ろ姿は疲れきったサラリーマンのようだ。ちょっと悪いことしちゃったかな?
けど俺だって命をかけるのは嫌だ。復讐を果たす前に死んじまうなんてゴメンだからな。でも、ちょっと気分が悪かった。
誰かに頼られたのなんて初めてだったのだ。それを断ってしまった……。
しかめっ面でギルドを出ると、いきなり声をかけられた。
「――ちょっと、ちょっとそこのお兄さん」
脂ぎった男の声だ。
「んー?」
見ればそこには身なりの良さそうな恰幅の良い男が立っていた――。




