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125 義兄弟のちぎり


 トイレに行こうと馬賊の集団から離れた。


 小便なんてどこでしても一緒だけど、せっかくだから星の奇麗なところでしたいと思った。なんでそう思ったのかはわからない、たぶん酔っていたからだ。


「シャネルもこの星を見ているのかな……」


 満点の星空とはこういうことをいうのだろう。


 たき火みたいなか細い明かりじゃあ夜空の星の輝きはまったく消えない。それどころか格の違いを見せつけるように輝いている。


 見渡す限りの星。


 ずっと見上げていると本当に星が降ってきそうな錯覚におちいった。


 その中でも一段と光、そして大きいのは当然だが月だ。なんだかこの異世界の月はいつ見ても満月な気がする。多分気のせいだけど。


「ううっ……さむい」


 やっぱりここらへんは夜になると冷えるな。そもそももう秋も終わりかけだろうか? 雪とか振るんだろうか。


 そんなことを思いながら、さっさとたき火にあたりに戻ろうとズボンを脱ぐ。


 立ちションなんていつぶりだろうか……。


「おい、こんな場所でやめろよ」


 いきなり声をかけられて、驚く。尿意がひいた。


 見ればティンバイが独りで座っている。馬賊の集団から離れた場所でタバコを吸っているのだ。


「な、なにしてんだお前」


 思わず聞いてしまう。これで知り合いのティンバイじゃなければ幽霊かなにかと勘違いしたところだ。


「星を見てんだよ、悪いか」


「わ、悪かないけど」


「俺様がどこでないしようが勝手だろ。それよりその粗末なもんしまいな」


「粗末じゃないやい!」


 平均くらいのはずだ。いや、他の人のとか見たことないからよく知らないけど。


 うう、そんなことを言っているとまた尿意がきた。


 あわてて近くの茂みに行き、さっさと小便をだす。


 それで帰るのもなんだかあれだったので、ティンバイの元へ戻った。


「みんなと酒は飲まないのか? ティンバイは攬把ランパだろ、みんな一緒に飲めば喜ぶぜ」


「俺様は酒は飲まねえ」


「へえ」


 もしかして飲めないのかな、と思った。


 だとしたら意外だ。


 でもティンバイもそう思われるのがしゃくなのだろう。


「飲めねえわけじゃねえぞ、ただ飲まねえんだ」


 と続ける。


「どうして」


 俺は隣に座った。なるほど、たしかにここならば星がよく見えた。


「俺は攬把だ。酒に酔って醜態を晒すわけにはいかねえ」


「ふーん」


「ま、そういうわけだ」


 俺は腰に酒の入った徳利とっくりをくくりつけていたのを思い出した、さっきトイレに来るときになぜか腰に吊ったのだ。酔っぱらいって怖いね、こういうわけのわからないことするから。あはは。


「飲む?」


「てめえ、俺様の話を聞いてたのか?」


「まあまあ、どうせここには俺したいないんだから。酔っても良いじゃないか」


「ふん……俺様に臆さず酒を進めてきたのはお前が初めてだよ」


 それに免じて飲んでやる、とティンバイは酒の入った徳利をとる。そして一気に飲んだ。


 たしかに飲めないわけじゃないようだ。


「よっ、さすが攬把。強いねえ」


「バカにしてんのかよ」


「別にバカにしちゃあいないさ。でも酒を飲んで深まる仲だってあるだろ?」


 こういうの、ノミニケーションっていうんだよね。類語としてアルハラという言葉がある。え、対義語じゃないよ、類語だよ。


 ティンバイはキセルを取り出し、火をつけた。


 そして深く、深く煙を吸い込む。


「ふう……」


 まさに一息つくという感じだ。


「タバコはやるんだな」


「ああ……昔の女は嫌ってたんだけどな、どうにもな。だからこそ、あいつとの思い出みたいになっちまってよ。やめられねえんだよ」


 ティンバイのもつキセルはどうも年代物だ。古びていると言い換えても良い。思い出の品なのだろうか、青い龍がキセルの周りでとぐろを巻いている。


 いや、それよりも――。


「昔の女って?」


 俺ほら、童貞だから。


 意外とね、童貞って恋バナ大好きなのよ。


「べつにどうでもいいだろ」


「良いじゃないか、教えてくれよ」


 ティンバイはプカプカとタバコを吸いながら、しょうがねえなというように頭を掻いた。


「ここだけの話だぞ」


「絶対誰にも言わない」


 ま、言うと思うけど。


 というかティンバイもどうやらその人のことを話したいようだ。もしかしてノロケられるのかな、と警戒した。


「俺様はな、ここよりもずっと北で生まれたんだ。北大荒ペータホアンって言われる地域でなあ、知ってるか?」


「知らねえ」


「文字通りの痩せた土地さ。見渡す限りの荒野でなあ、作物なんててんで育たねえ。だから当然みんな貧乏さ。いや、貧乏なんてもんじゃねえ。飢えて痩せ細って、それこそ人が人を食うようなことがあるくらいのな。まあこの世の地獄だよ」


「そうなのか……」


 ティンバイにとっての原風景とは、荒廃した大地なのだろう。だからこそこいつは飢える人々を助けようとしているのだ。


「そんな土地でも親は子供だけは食べさせようとするんだよな、だから俺様もなんとか生きることができたよ。もう顔も忘れちまった親父だけどな、俺が人生で初めて食べた腹いっぱいの肉を、お前は知りたいか?」


「いや、聞かなくてもいいさ」


「懸命だな。そんな場所でもな、いい女ってのはいるもんだ。いつも笑顔でな……あんな女、俺の人生であいつだけさ。なあシンク、俺って怖いか?」


「あー、まあ」


 獣みたいな男だ。たぶん子供ならば見るだけで泣き出すだろう。でもそこが不思議な魅力でもあるのだが。


「実際、俺は村でも不気味がられてた。そりゃあそうさ、俺は独りで村のはずれに住んでたガキなんだ。家族はみんな死んじまってよ、俺だってそのうちに死んじまうはずだった。だから相手にされてなかった、1人を除いてな」


「それがその女の子?」


「そうだ。そいつは鈴上リンシャンって言ったんだがな、こんな俺にもいつもニコニコと笑いかけてくれたんだ。目が大きくて可愛らしくて、俺はな、笑っちまうんだが将来はリンシャンと結婚したいって思ってたんだ。まあガキの妄想だよ」


「それで……その女の子はどうなったの?」


「連れて行かれた、なんでも宮中でガキを集めてたらしくてな。国から兵隊が迎えに来て、俺の前からはそれっきりだ」


「どうして子供を?」


 普通に考えればおかしな話だ。


「どうしてかは知らねえがな、そのころ国中から魔力をもった子供が集められてたんだ。リンシャンは、生まれつき魔力を使うことができた。俺も後で知ったし、リンシャン自身もそれがなんなのかは分かっていなかったろうがな。だが、村にいた有力者はそれが魔力だと知っていたんだ」


「それでか」


「そう、それで。笑っちまうよな、北大荒の村でもでかい顔して他から搾取しているやつがいたんだぜ。そいつはな、金がほしくてリンシャンを売ったんだ。許せなかった、俺にはリンシャンしかいなかったのに、俺の元からリンシャンは奪われた」


 ティンバイはキセルを深く吸う。


 俺はなにかを察しそうになった。このキセルはいったい、もともと誰のものだったのだろうか? 少なくともティンバイが自分を虐げた人間を許しておくとは思えなかった。


「そのリンシャンさんは、宮中にいるのか?」


 宮中ってのはやんごとなき人が住む場所のことだったはずだ。


 つまりこの国では女帝――木ノ下が住む場所だ。


「さあな、もうとっくに死んでるかもしれねえ。というかその方が可能性としては高いさ。諦めてるよ、もう」


 その言い方では、諦めていなかったときもあったのだろう。


 俺はふと思った。


 もしかしてティンバイが長城を越えたい理由は、飢えた民のためだけではなく、その女の子を探しに行きたいからではないだろうか。


 そんなことあるわけ無いと思いつつも、全ては否定できない俺がいた。


 この獣のような男にそんなロマンチックな心があるだろうか?


「それよりシンク、俺はお前が気に入ってる。どうだ、このさい義兄弟の契をかわさねえか?」


「それってあれか、生まれたときは違えど死ぬときは一緒ってやつ」


「よく知ってるじゃねえかよ」


「そりゃあね」


 三国志、子供の頃によく読んだもの。漫画でね。なんか知らないけど小学校の図書室に漫画の三国志があったのだ。学校で漫画が読めるってんで大人気コンテンツだったのを覚えている。


「いいか?」


「もちろん。えーっと、一緒に盃で酒を飲んで、そのあとに地面にたたきつけて割るんだっけ?」


 いや、それはヤクザのなんかだったろうか。


 でも馬賊だってヤクザみたいなもんだし……。


「なに言ってんだ、馬賊流の義兄弟のちぎりっていやあ、これしかねえだろ」


 そういうと、ティンバイはふところから小ぶりのナイフを取り出した。それで自分の手に傷をつける。


 血がぷっくりとした小さな玉になって出てきて、そのまま流れ落ちた。


「痛そうだな」


「少しでいいんだ」


 俺は、えいや! と気合を入れてナイフを手に突き刺す。もちろん少しだけだよ。でも怖いから気合が必要だったのだ。


 俺の手からもちょっとだけ血が出る。俺たちは流れ出たその血をあわせた。


 血が交わる――そうか、これで義兄弟のちぎりか。


「俺様はこれよりお前のことを兄弟と呼ぶ」


「どっちが兄だ?」


「俺様に決まってんだろ」


「よし、双子ということにしよう」


「兄弟、双子にも兄と弟はあるんだぜ」


 あ、そうか。


 やっぱり俺様が兄貴のようだな、とティンバイが笑う。


 ふん、と俺は鼻を鳴らした。ま、どっちでも良いけどね。


 こうして俺に新しい兄弟ができたのだった。


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