124 戦闘が終わり、ハンチャンの告白
夜、俺たちは宴をしていた。
奉天までは戻れないので野営での宴会だ。そのために最初から酒や食料を持ってきていたのだ。
「うめえ、うめえ!」
ダーシャンが肉にかぶりついている。デブってのは美味そうにご飯を食うから見ていて楽しい。
「なあ、そういえやダーシャンは今日の戦いでどこにいたんだ?」
「そりゃあおめえ、ちゃんと戦ってたさ。5人もやったんだぜ、5人も!」
「そっか、そりゃあ良かったな」
俺はもう何人殺したかなんて分からないよ。
こうなったらバイオレンスさでシャネルのことは悪く言えないな。
「お前も先駆けご苦労さん、いっぱい報酬でるんだろうなぁ……分かってるよな」
「はいはい、4割だろ。ったく、ダーシャンも今回の戦いで死んでおけばよかったのに」
「言うようになったな!」
こういう冗談は馬賊の中じゃあよくかわされるものだ。
そのくせ仲間が本当に死んだらとてつもなく悲しむのだから、馬賊ってのはあんがい義理人情に厚いということがよく分かる。
いろいろなところで火がたかれていて、俺たちもその一角で温まっていた。こういうとき、たいていはいつものメンバー、つまりは酒場で集まるダーシャンの班と一緒だ。どこもたいていがそういうもので、でも中には他の馬賊と交流を深めている人たちもいる。
ま、俺の場合は知らない人が苦手だからいつもどおりだけど。
いかにも安そうな、熱い酒を飲む。あんまり飲むと目が回るから気をつけなければ。
「となり、良いか?」
酒を飲んでいると突然声をかけられた。見ればハンチャンだった。
「よう、『死にたがりの毛』。生きてるみたいだな」
馬賊としては挨拶代わりの憎まれ口。
「おかげでな」
ハンチャンは俺の隣に腰を下ろした。どうやらこいつも飲んでいるようだが顔色はまったく変わっていない。
「肉、食べる?」
俺は皿に乗った肉を差し出す。ちょっと酔ってるから気持ちが大きくなっている。
「ああ、もらうよ」
ハンチャンの表情は陰気なものではなく、どこか柔和になっていた。
憑き物が落ちた、と言ったのはティンバイだ。
「なあ、あのさ。友達になろうぜ」
俺はさきほど断られた言葉をもう一度言う。
「ああ」
今度は頷いてくれた。
「榎本シンクだ、よろしく」
手を差し出す。
「なんだ?」
「握手だよ、握手」
「片手でか?」
「そうだよ」
「不思議だな。お前、ジャポネの出身なんだろ? あっちじゃそうなのか」
「そうだよ、これが友情のしるしだ」
ハンチャンは照れながらも握手をかえしてくれた。そうすると歳が若く見えた、もしかしたらこいつは20代の後半くらいかもしれない。
「毛光半荘だ。あざなで呼んでくれ」
「わかったよ、ハンチャン。俺はあざながないけどシンクがあざなみたいなもんだ。そう呼んでくれ」
「ああ」
俺たちは酒を酌み交わす。するとダーシャンも混ざってきた。
「俺、ダーシャンだ。『青龍刀の大山』って言ったら分かるか?」
「知らんな」
「やっぱりあんまり有名じゃないんだよ、そのあだ名」
というかそれ、自分でつけたろ。
「くそっ、やっぱりまだまだか」
「しかし目立つな、そのうち周りからそう呼ばれるだろう。生き残れば、な」
「デブだしね、うん。目立つね。まとになりやすそう」
「うるせえな、生き残ってみせるさ」
俺たちはひとしきり笑いあった。
そして笑いが途切れたところで、俺はふと気になっていたことを聞いた。
「なあ、ハンチャン。お前どうして死にたかったんだ?」
聞いてからずいぶんひどいことを聞くものだと自分でも思った。
でもお互い酔っているからかハンチャンは気分を害した様子はなかった。
「俺は最低の男なんだよ」
「どこがだよ。格好良かったぜ、先駆けするお前」
「そうだよ、このちんちくりんのシンクとはやっぱり年季がちげえ」
「ふ、先駆けか。あんなもん、誰もやらねえから俺がやってただけだ。俺は死んでも良かったからな。そしたらいつの間にか先駆けは俺の仕事になってただけさ。なんの因果か、毎回生き残っちまったせいで」
「でもおかげでみんながお前に憧れた」
実際、ハンチャンは馬賊の中で一目置かれている。もっとも、他人とは関わろうとしないから不気味にも思われているだろうが。
「……俺に憧れを抱かれる資格なんてねえよ。俺はな、若い頃に妻と娘を捨てたんだ」
俺は酒を飲む。
聞かないほうがいい話だったかもしれない。
ダーシャンがすかさずハンチャンに酒をついだ。まあ飲め、とそういうことだろう。
「あの頃の俺は若かった。まだ18かそこらのガキだったんだ。シンク、お前がそれくらいか?」
「ああ」
「俺の住んでいた村はずいぶんと貧乏な村だった。誰もが飢えて、誰もが明日の生活もさだまらなかった。でもな、俺は幸せだったんだ。本当だぜ。妻がいて、娘がいて。貧乏でもそこには小さな幸せがあったんだ」
「それなら良いじゃねえか」と、ダーシャン。
しかしハンチャンは首を横にふった。
「だが幸せだけじゃあ食っていけなかったんだ。それで俺は馬賊に入ることにした」
「それってここの?」
「いいや、そのときは違う馬賊さ。馬賊の稼ぎはたいてい秋から冬にかけてで、年の暮れには村に戻る。それで夏の終わりくらいまではわりに自由だ。そのまま帰ってきてもいいし、足を洗っても良い。馬賊ってのはそういうもんだ」
「つまり出稼ぎ感覚なわけだ」
馬賊が増える理由の1つを俺は知った。
「そうだな。それで俺は秋から冬まで馬賊に入った。自慢じゃないが俺は活躍したんだ」
「そりゃあいまのハンチャンを見てれば分かるよ」
「それで新年になって俺は村に帰った。いや、村があった場所に、だ」
「それって……」
「俺が帰ったとき、もう俺の村はなかった。聞いた話じゃ馬賊に滅ぼされたらしい。バカバカしい話だ、どうしてあんなに貧乏な村を襲うのか。意味なんてないじゃないか。けれど結果が全てだ」
「だがそれは妻と娘を捨てたってことにはならないだろ」
「いいや、俺が捨てたんだ。俺が村をでなければもしかしたら2人は助かったかもしれない。それに……俺はあのとき思っていたんだ。このまま2人を捨てて俺だけ生きようと。妻は病弱だった、娘はまだ小さかった。俺だけなら生き残れる……俺だけならこの貧乏から抜け出せる。そう思っていたんだ」
「でもお前は帰ったんだろ、村に。村のあった場所に」
「だが一度でも抱いたその思いは消えない。俺は妻と娘を捨てた。それからさ、自分の命に頓着しなくなったのは」
「よく話してくれたな」
ダーシャンがハンチャンの肩に手を置く。
「よせよ、最低な男だろ、俺は」
「そうは思わないよ」と、俺も慰める。「悪いのは貧乏だ、ハンチャンじゃない」
「そうそう、あんたもそう思ってるから攬把についてきてるんだろ?」
「……そうかもな。あの人はすげえ、本気でこの国から飢える民をなくそうとしてる。そのために長城を越えて国をのっとるつもりだ」
「スケールが違うよな」と、ダーシャン。
「まさしく英雄か」
俺は一度だけ見たことのあるティンバイのスキルを思い出す。
『魔弾』
『騎乗B+』
『英雄』
まったく、スキルだけでどんな人間か分かるというものだ。馬賊の英雄、か。
あの男ならばやってくれる。そう信じて集まった馬賊たちが3000人。そしてそれを後押しする民たち。
ティンバイが天下をとる助けができるならば、それは素晴らしいことに思えた。




