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123 戦闘、民がそれを望むなら


「全軍進め!」


 ティンバイの号令で俺たちは馬を駆け出させた。


 ぐっ、と俺の馬の前をハンチャンの馬が行く。


 ――負けてたまるか。


 俺はそう思い、手綱に力を入れる。馬は俺のやる気に答えるようにスピードをあげた。


 相手の馬賊たちは迎撃の構えなのだろう、こちらのように全速力の突進ではなく、ゆるやかに距離をつめている。


 遠くに陣営が見えた。


 白い旗があがっている。おそらくそこに『白狼の王』がいるのだろう。


(普通はそうだよな)


 なんて、俺は戦場だというのにのんきに思う。


 そうだ、普通は大将なんて後ろで堂々と構えているものだ。


 しかし俺たちの大将はどうだろうか?


 俺とハンチャンの少し後ろ、両の手にモーゼル拳銃を持ち、獣のような眼光で相手をにらみながら颯爽と駆けている。その後ろには『張』の名の文字を書いた青い禁色の旗が揺れている。


 どこの世界に旗持ちよりも先を行く大将がいるものか。


 これでは3人で先駆けをしているようなものだ。


 俺たちは、そのまま相手の群れに押し入るようにして突撃を敢行した。


 四方八方が敵だ。まさに混戦といった様相。


 馬賊の戦いでは拳銃以上の飛び遠具は使われない。あっても弓矢がせいぜいで、これは馬を傷つけないようにするためだという。


 馬というのは勝った馬賊にとって一番の戦利品なのだ。それをみすみす傷つけるようなことは絶対にしない。だからこそ、馬賊たちは暗黙ではあるがおきてとして大砲などの飛び道具を使わないのだ。


 つまり、勇敢な男たちの近接戦闘がおこなわれる。


「うおおおっ!」


 ティンバイが吠えた。


 その拳銃からは魔力のこもった弾が射出される。


 これこそが『魔弾の張』のあだ名の由来だ。ティンバイの撃つ弾は魔力を帯びる。それは魔法ではなく、やつの特異な体質による技なのだ。


 魔弾は敵の鎧を軽々と貫通する。また自由自在に曲げることもできる。なによりも、色とりどりの魔弾は戦場においてイルミネーションのようにきれいだ。


 目立ちたがり屋のティンバイ。


 これではどこにいるのかが丸わかりだが、それでもティンバイの実力を恐れてか、敵も一斉にかかってくるようなことはしない。


「だらっ!」


 俺も負けじと剣を振るい、銃を撃つ。


 人を殺すのは好きじゃない、けれどここが戦場だということを考えれば殺さなければ殺される。俺の精神はいつしか麻痺してしまったようだ。


 不思議なくらいに人殺しに抵抗がない。


 10人までは数えていたが、そのあとは数えるのをやめたほどだ。


「くそうっ、ハンチャン、待て! 先に出すぎだ!」


 ティンバイが叫んだ。


 見ればハンチャンは俺たちよりもさらに先、敵をかき分けるようにしてどんどん相手の陣営に向かって馬を進めている。


 たしかにあれでは前にですぎだ。まとにしてくれと言っているようなもの。


 俺たちの後ろを来た本体も、敵と戦闘を始めた。


「追う!」


 と、俺は言って近くにいた敵の眉間に銃弾を打ち込む。


 それを3回ほど続ければ道が開けた。


 馬が駆け出す。


 ――そのとき、


 バチン、と音がして俺の右肩のあたりに魔力の放出をしめす光がはじけた。


 死ぬところだったのだ、『5銭の力+』が発動した。いまのでいくら消えたのかは知らないが、コインは潤沢に持ってきてる。なくなることはないだろう。


「待て、ハンチャン!」


 俺は敵を蹴散らしながらハンチャンを追う。


 俺の周りに敵が集まってくる。たぶん有名なティンバイやハンチャンと違って、俺は新顔で相手もなめてかかっているのだろう。簡単にとれる首だと思われているのだ。


 だがそうはいかない。


 俺は自分でも驚くほどの手綱さばきで馬を自由自在に動かす、まるで俺と馬が1つの生物かのよう。こういうのを人馬一体というのだ。


 じきにハンチャンに追いついた。


「ですぎだぞ!」


「うるせえ!」


 戦場で興奮しているのか、先程までの寡黙かもくな様子はない。変わりに血走った目が俺をまるで殺しにかかるように睨んでいた。


「こんなやりかたじゃあお前が死ぬ!」


 俺はハンチャンを援護するように銃を撃つ。


「それがどうした、俺が死のうがどうでもいいだろう!」


 まさに死にたがりだ。


 なぜこの男はこんなにも死に急ぐ?


 よく見ればハンチャンの肩からは血が出ていた。言わんこっちゃない、銃弾をうけているのだ。


「下がれとは言わねえ、だが他と足並みを揃えろ!」


 弾がなくなる。


 素早く弾倉を入れ替える。モーゼルの弾は馬の体にいくつもくくりつけている。


「男が戦いの中で死んでなにが悪い!」


 それはたしかに男の本懐だろう。


 しかしハンチャンの本心ではない。


 それくらいすぐさま察せられる。


「悪くはないさ、だがお前のやり方は間違っている!」


「お前、まさか怯えてるのか! 馬賊にとって怯懦きょうだはなにより悪い!」


「怯えているならお前のことなんて助けられない!」


 俺たちは怒鳴り合いながら銃を乱射する。


 ハンチャンも先駆けを任されるだけある、かなりの実力だ。バッタバッタと敵の馬賊を撃ち抜いていく。


「俺のことは放っておけ、どうせ俺の命だ! こんな命、どうだっていい!」


「ふざけるな、馬賊にとって怯えることが悪ならば、自分の命を大切にしないのは人間にとって悪だ!」


 そうだ、俺は命とはそういうものだと思う。


 だからこそ、俺はイジメを苦に自殺などはしなかった。俺は俺の命を守るために引きこもりになることを選んだ。それははたから見れば逃げだろう。でも俺からすれば英断であり戦略的撤退だったのだ。


 俺の周りで魔力が何度もはぜる。


 まるで花火のように色鮮やかに魔力のエフェクトが出現する。


 俺は気づいてしまった。この『5銭の力+』がどこから来たものかを、これは俺の命に対する執着がスキルと化したものなのだ。


 俺は生きたかった、死にたくなかった、そのために大切なものを捨てた。それは社会性だったり、プライドだったり、将来だったり。


 でもそれは間違っていなかった。


「なんだよお前……なんなんだよ。どうして俺にそんなにかまう」


「うるせえ、目の前で自殺しようとしてるやつがいたら普通は助けるだろ!」


 ま、そのために他人を殺すというのはどうかと思うが。


 しかしそれでも俺は――俺たちこそが正義なのだ。


「よし、やっと追いついたぜ。俺様を置き去りにするとはふてえやつらだ。お、どうしたハンチャン。憑き物が落ちたような顔しやがって」


「いえ……攬把。なんでもないです」


「まあいい。おら、野郎ども! どんどん行くぞ!」


 全体としてこちらが優勢だ、間違いなく押している。


 ともすれば相手の馬賊たちは下がり始めた。


 戦場ではひとたび下がればそのままなし崩し的に軍が崩れる、というのはよくある話。これは勝ったな。俺はそう思った。


 だがその瞬間、驚くべきことが起こった。


 俺たちの背後、こちらの馬賊たちがひしめくあたりに突如として爆発が起こったのだ。


「な、なんだ!」


 さすがのティンバイも慌てる。


 俺たちの周囲には敵の死体ばかりが転がっているが、しかし背後では味方がやられた。


 まさかと思うが……。


「砲弾だ」


 ハンチャンが断定する。


 俺もそう思ったのだ。


「やっぱりか、畜生め。俺様をなめやがって」


 撃たれた方向を見る。こういうとき、ピカイチの勘は便利だ。実際に撃たれた方向が分からなくてもだいたいで見当がつく。


 そこは小高い丘になっている。


 おそらくあの上に砲台というか、大砲があるのだろう。


 俺は『女神の寵愛~視覚~』のスキルを発動させる。猛禽類もうきんるいのように遠くまで見えるようになった目が、丘の上の大砲を確認した。


「あっちだ」


 俺は丘を指差す。


「攬把、俺が行きます。いきのいいいのを数人つれて突撃をしかけます」


「俺も行く」と、思わず言ってしまう。


 こういうとき自分だけ死なないというのは便利な反面、申し訳なくも思う。だから率先して危険な仕事をしたいのだ。


「待て、大砲に向かって突撃なんてしても自殺行為だ。それよりもシンク」


 ティンバイになにか秘策があるようだ。


「なんだよ」


「あれ、やってくれ」


「あれ?」


 あれってなんだろうか。


「最初に会ったときに見せてくれただろ、俺の魔弾を強くしたようなやつだ」


「そうか、『グローリィ・スラッシュ』か!」


 たしかにあれならば全力をだせばこの距離からでも丘の大砲に届くだろう。


 だがしかし、それは馬賊の戦いの流儀に反するのではないだろうか。


「どうせあっちが先に掟破りをしたんだ。なにを構うことがあるか」


「それもそうか、よし任せろ!」


 ティンバイが周りの馬賊に「下がれ!」と命令をくだす。


 俺の周囲に人の垣根ができた。


 ――この距離ならば、この角度で。


 俺は自分の勘と『武芸百般EX』のスキルを頼りに、剣を振り抜く角度を決める。


「行くぞ! 隠者一閃――『グローリィ・スラッシュ』!」


 放たれた黒いビームはまるで空間を切り裂くように丘に向かって一直線に飛ぶ。


 手加減なし、全力の『グローリィ・スラッシュ』だ。


 爆発よりも派手な衝撃がおきた。


 地形が変わる。


 大砲は丘もろともこの世から消え去った。


「よし、よくやったシンク!」


「お……おう」


 いっきに疲れがくる。


 それを誤魔化すように俺はもってきていたポーションを飲んだ。


 文字通り隠し玉だった大砲が壊され、相手の馬賊たちは負けを悟ったのだろう。かなりの数が逃げていく。


 しぶとく抵抗を続けているやつらもいるが、それもじきに捕虜となるか殺されるだろう。ちなみに捕虜になった馬賊は様子を見て、そのままこちらの馬賊で働かせることもあるそうな。


「さて、行くか」


 ティンバイの馬が、最初は遠く見えていた相手の陣営へと進んでいく。


 俺とハンチャンもそれに続く。


 そのさいに、俺はそこらへんにいた旗持ちから青い旗を受け取る。一回もって見たかったんだよね、これ。あ、でもけっこう重たいな。


 既に決着はついていた。


 ティンバイは余裕の表情だった。しかも驚くべきことに乱戦だったにもかかわらず流れ弾の1つも当たっていない。


 俺は無傷に見えるが何度も致死量の攻撃をうけた。ハンチャンは肩を負傷している。やっぱり一軍の長となるような男は相当の運も持っているのだろう。


 白い布で囲まれた陣営に到着した。


 敵の馬賊たちが恭順の意を示すように膝をついている。


「邪魔するぜ」


 ティンバイは馬を降りて陣営の中へ。


 俺は旗を意気揚々と持っていたが、ハンチャンは周りを警戒するようにモーゼルを抜いていた。


「お前はもう少し緊張したらどうだ」


「してるよ、これでも」


 どうせ勝った戦いだ、もう相手に反撃の意思などないだろう。


「よう、白狼の旦那。久しぶりだな」


 陣営の中央に立つ男、『白狼の王』は怒りで顔を真っ赤にしながらティンバイを睨む。


「この恩知らずが、お前が駆け出しのころに目をかけてやったのはこのわしだぞ!」


「ああ、そんなこともあったな。それについては感謝しているよ」


 まるで役者のように整った顔は、しかし獰猛に笑っている。


「わしを殺してどうなる! わしの部下や民はお前になどなびかんぞ!」


「それはどうだろうな」


 たぶんなびくだろう、と俺も思った。


 ティンバイの人気はこの一帯ではかなりのものだ。当然のごとくこの国の女帝である木ノ下よりも高い。


「こ、殺すつもりか。このわしを」


「なんだ、命乞いか?」


 ティンバイの目の温度が下がった。


 まるで相手を見下すように、だ。


「か、金をやる」


「魔片で稼いだ金か?」


 ティンバイがモーゼルを抜く。


「わしは正規軍とのつながりもある、なんならお前の口利きをしてやっても良い。そうすればお前もわしも軍の正規兵として帰順できるぞ」


「それでもらえる勲章になんの価値がある」


 撃鉄をおこす。


「お、お前はなにをするつもりだ! お前ごときが天下をとれるものか!」


 その刹那、ティンバイは引き金をひいた。


『白狼の王』の体が消し飛んだ。


「――とれるさ、民がそれを望むならな」


 こうして、東満省の長を決める戦いは終わった。


 勝利したのは張作良チャンヅォリャン天白ティンバイ


 それを望んだのは、この地で飢える全ての民草だったのだろう。



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