121 奉天幽霊話、そしてシャネルのお仕事
その日、俺たちがたむろする酒場に持ち込まれた住民からの依頼――というかお願いは不思議なものだった。
「最近、幽霊が出るんです!」
俺たちは全員して顔を合わせて、そして笑いあった。
「幽霊なんていねえだろ!」
と、ダーシャンが大声で言う。
「うんうん」
と、俺も答えるけど。
え、いないの? いてもおかしくなくない、だってここ異世界だし。エルフとかもいるんだよ。エルフ……良いなあ、エルフ。
「本当なんです! どうにか助けてください!」
依頼にきた男があんまりにも真剣に言うものだから、俺たちもちょっとその雰囲気にのまれてしまった。
「とりあえず事情を話せよ」と、ダーシャンがみんなを代表する。
「それが、最初は子供たちの噂話だったんです――」
――
男の話はこうだ。
子供たちの噂で、街に幽霊がでるというものがあった。その幽霊は真っ白い髪をしていて、透き通るような青白い肌をしているらしい。しかし目だけは異様に光っているとか。
そしてその幽霊は子供たちに「一緒に遊んであげましょうか?」と、声をかけるのだという。
不気味がった子供たちはとうぜんその幽霊とは遊ばない。だが噂によればそこで遊ぶと答えた子供は幽霊に連れさられるとか……。
それだけならば子供の間でよくある噂話なのだが、最近なんとその幽霊を大人も見たのだという。
――
う、う~ん。
……俺、犯人分かっちゃったかも。
いや、予想よ。当たってるのかはわからないよ。
「とにかく幽霊は本当にいるんです! だからみなさんに退治してもらいたくて! 報酬は払いますから!」
「って言ってもなあ……」
ダーシャンはビビっているようだ。
見れば他の馬賊たちも臆病風に吹かれたようだ。あんがい小心なのね。
いや、むしろ自分の体が絶対の資本である馬賊だ。その実力にも自信があるのだろう。しかしそれが通用しないであろう幽霊という相手。これは当然自分のいままでの常識が通用しない。怖いにきまっている。
「とりあえずパオトウ、行ってきてくださいよ」
馬賊の1人が唐突にそう言った。
「え、俺か!?」
「だってパオトウが俺たちの頭じゃねえですかい」
そうだそうだ、と他の馬賊たちも頷く。
「て、てめえらぁ! 怖いからって俺に押し付けんじゃねえ!」
「いや、こわかないですよ? でもほら、幽霊1人くらいパオトウだけで十分でしょう」
「よ、さすがパオトウ!」
「青龍刀の馬の名前はダテじゃないね!」
みんな口々にダーシャンをおだてる。
「シンクぅ……てめえは俺を見捨てねえよなぁ」
あろうことかダーシャンは情けなく俺に頼ってきた。
「いや、ダーシャンのちょっと良いとこ見てみたいな、俺も」
「そんな! 俺だけに行かせるのかよ、この薄情者ども!」
とうとうダーシャンは狭い酒場の中で青龍刀を振り回し始めた。
さすがにからかい過ぎたと俺たちは思った。
「しゃあない、俺も行くよ」
仕方がないので一番下っ端である俺が手を上げる。
「そうか、シンク!」
「ま、その幽霊の正体もだいたい分かるしね」
「まじか!」
「その幽霊が出るってところまで案内してもらえますか?」
「はい、分かりました」
俺たちは酒場を出てあるき始める。
ダーシャンは馬に乗ろうとしたけど、俺が近いから大丈夫だよと制した。
はたして、男が俺たちを案内したのは俺の家。つまりは長屋街だった。
「ここらへんでその幽霊が出るんです!」
「ふーん」
たぶんビンゴ。
その幽霊ってシャネルのことでしょ。
あいつ、俺がいない間よっぽど暇で近所の子供たちの遊び相手になろうとしてたのか。そういうの不審者って言うんだよな。
そんなことを思っていると、ちょうどいいタイミングでシャネルが家から出てきた。
「あら、シンク」
「よぅ、シャネル」
「今日は早いのね、もう馬賊ごっこは終わり?」
「ごっこじゃねえよ」
「どひゃ~! 出た、幽霊だぁ~!」
「おっかねえ~!」
俺たちを案内してきた男どころか、ダーシャンまでもが叫び声をあげる。
「落ち着け、シャネルだよ」
そうは言っても慌てるのはおさまらない。しょうがないから両方の頭を一発ずつ殴ってやる。
「いてえ」
「落ち着いたか?」
「あれ、もしかしてシンクの連れの女か?」
「そうだよ、シャネルだ」
「どうも」
シャネルは不機嫌そうに挨拶する。
そりゃあそうだ、いきなり顔を見て叫ばれたんじゃあ誰だって不機嫌になる。
「もしかして幽霊ってこの人か?」
「たぶんな、シャネルを幽霊と見間違えたんだろう」
「なあに、いったい。失礼なこと言ってない?」
「言ってないよ」
シャネルは疑わしそうにこちらを見つめる。ジト目もすてきだね!
「そうですか、洋人のかたでしたか。子供たちは洋人をあまり見たことがないから幽霊と勘違いしたんですね」
お前もしてただろうが、という言葉は飲み込む。
これでも大切な市民、もといお客様のようなものだ。
「とりあえず報酬わたしな。これで幽霊騒動はおしましだ」
「は、はい」
男は気まずそうにお金をダーシャンに渡すと、逃げるように去っていった。外国人であるシャネルとはあまり関わりたくないといったところか。
「にしてもシャネル、毎日そうとう暇なんだな」
子供たちと遊んでるくらいだし。
「暇よ。もってきた本も全部読んじゃったし。1人で出かけてもこの街つまらないし」
「師匠のところにでも行けばいいだろ」
どうせ師匠も奉天に住んでるんだ。
「たまに行くわよ。でも掃除ばっかりしても別に面白くもないし」
「そっか……なんかシャネルも仕事する?」
「仕事なんてしたかないけれど、このさい仕方ないわね」
そうと決まれば。
「ダーシャン、悪いけど今日俺早退ね」
「いいよ、どうせ仕事もないだろうし」
街の警備とかはいくつかの班が順番でやっているのだ。今日は俺たちは班は非番である。こういう日はたいてい酒を飲んでいるだけだからいなくても問題はない。
「じゃあ、そういうわけで」
というわけで。
どういうわけで?
俺たちが向かったのはティンバイの屋敷だった。
「おう、シンク。どうした。今日はそっちの姉ちゃんも一緒か」
「どうも」
「せっかく来たんだ、茶でも飲んでいけ」
「ありがとう。いや、それよりもさ。なんか仕事ない?」
「仕事だぁ? 今度大きな戦をする予定だが、それまで待てねえってことか?」
「そうじゃなくて、シャネルのさ。長屋にずっといて暇してるらしいんだよ」
「ほう、そうか。それならそうだなあ、炊事の方で人手が欲しいって話だが」
「あ、ごめん。それはダメだ」
「なんでよ、私は炊事のお手伝いでも良いわよ。それともシンク、私の手料理を独占したいの?」
――こいつ、叩いてやろうか。
一瞬そう思った。
「はいはい、その通りですよ」
シャネルの明確な欠点だ、料理が壊滅的に下手というのは。
「だとしたらそうだなあ……おう、そういやあ良さそうな仕事があるぜ」
「なんだ?」
「先生だ、やってみるか?」
「先生ねえ、なにを教えるの?」
「なんでも良いさ、だがあんたは洋人だからな、外国のことをガキどもに教えてやれ。どうせこれからは国際化の時代だ、いつまでもこの小さな国のことだけ考えてても仕方ねえからな」
ティンバイは自分の考えがずいぶんと名案だと思ったのかしきりに頷いた。
国際化、か。
この男はいったいなにを見ているのだろうか? 俺たちとは少し視点の違う場所をみているのかもしれない。
「お前たちの住んでる長屋の近くに私塾があってな、どうもそこに先生が足らねえらしいんだ。俺から使いをだしておくから、明日にでも行ってみろ」
「ありがとう、ティンバイ。恩に着るよ」
「なあに、子供の教育ってのは大切だからな」
そういったティンバイの目には、なにかしらの後悔のような思いが込められていた。
俺たちはティンバイの屋敷を出る。
「良かったな」
「ええ、でも子供にきちんと教えられるかしら?」
「さあ?」
たしかにシャネルの場合は心配だが……。でもまあなんとかなるだろう。
俺は知っているのだ、シャネルが実は優しい子だってことを。だから子供相手にもちゃんとお勉強を教えられるさ。
というわけでニートじゃなくなったシャネルさんなのでした。




