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120 ティンバイの思い


「お2人は張天白チャンティンバイさんに呼ばれたんですか」


 フウさんは質問というよりも断定するように言った。


「どうしてわかったの、占い?」


「まさか。そんなおめかししてこの屋敷に来るのは攬把ランパにお呼ばれした人だけですよ」


 フウさんはくすくすと笑う。


 その笑い方はなんだか艶かしくて、俺は背筋がゾクゾクとするのだ。


 俺、こういうクールな感じで、シャープな体型の美人さんが大好きなだよな。シャネルみたいなわがままボディも好きだけど、というか女の子はみんな好きだけど。


「とりあえず、俺たち呼ばれてるから」


「あ、待ってください。わたくしも付いていきます。攬把にはちょうど話があったところですし」


 そのくせこんな場所で花を見ていたのか。


 そういうの、油を売るって言うよな。


「良いの?」


 と、俺はダーシャンに聞く。


 こういうのはなにかと年配であるダーシャンの方が詳しいだろう。


「八門先生の申し出を断ると不運になるっていうしな、断れねえだろ」


 そうなのか。


 どうもこの男も信心深いらしい。俺はそういった神様とか仏様とかあっちの世界にいるときから信じてなかったけど。


 ま、実際はいたんだけどね。神様というか女神は。


 フウさんは「行っていいわよ」と、案内をしていた小僧を追い払うと、自分が先頭で歩き出した。


 やっぱり身長は女性としてはかなり高い。着ている服が体のラインのでるチャイナ服だから分かりやすいが、かなりスタイルが良い。くびれなんてもうツボの首くらいに細まっている。


 美人だ。


 掛け値なしにそう思える。


「そういえばシンクさん、あの女性のかたは? シャネルさんって言ったわよね」


「ああ、シャネルなら家で留守番してるよ」


「おい、シャネルって誰だ?」


 そういえばダーシャンのやつはシャネルのことを知らないのか? いや、知ってるだろ。最初に会ったときも、闘技場でも俺の隣にはシャネルがいたはずだ。


「ほら、あの銀髪のさ。胸がおっきい」


「あの洋人ヤンレンか? え、なんだあれお前のツレだったのか?」


「そうじゃなきゃなんなんだよ」


 バカなことを言うやつだ。


「いや、洋人ヤンレンとはいえ美人だったし。まさかシンクのツレとは思わなくて」


「それどういう意味だよ」


 フウさんはクスクスと笑う。


 そうしているとどうやらティンバイの部屋についたらしい。フウさんがコンコンとノックをする。


「入れ」


 中からぶっきらぼうな声が聞こえてきた。


「お客様をお連れしましたわ」


 フウさんの声はどこかねっとりしていて、童貞には刺激が強い。


 でもそんなことは考えないようにする。


「よう、ティンバイ」


「こ、こら! 攬把になんて口を聞きやがる」


 ダーシャンに怒られた。


 ティンバイは部屋の奥、王座のような豪華な椅子に座っていた。


「いい、そいつは友人だ」


「いえ、そうはいきません。あとできつく叱っておきますので!」


 いまにも土下座をしそうな勢いでダーシャンは謝る。そのダーシャンをティンバイはどこか鬱陶しそうに見つめている。


「それで、八門先生はなんのようだ」


 まるで邪魔者だとでも言わんばかりの言い方だ。


「この前の占いの結果がでましたよ。いわく、まだ好機ではないと」


「ふん、言われなくても分かってらあ。将も兵も足りねえ、勝てねえケンカをふっかけるのはバカのやることだ。占いなんかされなくてもそれくらい分かる」


「そうですね」


 フウさんは案外したたかなのか、ティンバイにどんな態度をとられても柳に風で受け流しているようだ。あんがいこの2人、相性が良いのかもしれない。


「まあ座れ」


 ティンバイが椅子を指差す。


「おう」


 俺とダーシャン、そしてフウさんも座る。どうでもいいけどダーシャンが座った瞬間、ミシって音がしたぞ。


「シンク、ずいぶんと活躍したそうだな。こっちにも話が伝わってきてるぞ」


「まあね」


「一騎で突撃したんだろう。俺の見込んだ男なだけはある。そしてマゥも、よくやってくれたな。あの川を荒らしていた匪賊どもにはいろいろと苦情が出ていたからな。お前がしっかりと退治してくれたおかげでみんな助かったぜ」


「あ、ありがとうござます」


 ダーシャンは感動していまにも泣き出しそうだ。


「2人とも、昼は食ったか? よければ一緒に食っていけ、ここの炊事すいじがつくる料理は絶品だぞ」


「い、良いんですか?」


「おう。ねぎらいだ、お前はたくさん食いそうだからな。大量に用意させよう」


「わたくしもいただいてもいいですか?」


「……けっ、ダメとは言えねえよ。八門先生」


 クスクスと、フウさんはからかうように笑う。


「ありがとうございます、攬把」


 やっぱりこの2人、相性良さそうだ。


 なんて思っていると、フウさんは一瞬だけこちらを見た。まるで俺に気があるかのように。


 ダメダメ、童貞の悪い癖だ。目があっただけで恋に落ちちゃう。


 俺は自分に落ち着け、落ち着けと言い聞かせる。


「そういえばシンク、あの美人な姉ちゃんはどうした?」


「シャネルのことだよな」


 まったく、どいつもこいつもシャネルシャネルって。そんなに俺の隣にシャネルがいるのが普通だろうか。


 いや、よく考えたらいつもいたか。


「長屋にいると思うよ」


「そうかい。てっきり付いてくると思ってたんだがな」


「連れてきてよかったの?」


「ダメとは言わねえよ。とはいえ良い気はしねえがな。もっとも、戦場には連れてくるなよ。鉄火場は男のもんだ、女が首を突っ込んで良いもんじゃねえからな」


「そりゃあな」


 俺だってできればシャネルに危険なことはさせたくない。


 まあ、これまでシャネルに助けられたことは何度もあるけど。でもそれと同じ分だけ危険な目にもあってきたのだ。金輪際こんりんざいそうならないために、俺は師匠の元で強くなったんだ。


 できればこの国ではシャネルを戦わせるようなことはしたくない。


「おい、八門先生、それとマゥ


「あざなでダーシャンとお呼びください、攬把」


「そうか? じゃあダーシャン。ちょっと炊事のところに行って料理を用意させてきてくれ。ダーシャンは酒でも持ってきて良いからよ」


「はいはい」


 と、フウさんが出ていく。


 ダーシャンもその後ろをついていく。


 俺は2人が出ていったときに察した。ティンバイは俺だけに何かを話そうとしている。


「お前が活躍して良かったよ。思い通りだ」


 やっぱりそうだった。こんな話、ダーシャンの前ではできないだろう。


「おう」


「さっきの八門先生の話、覚えてるか?」


「将も兵も足りないってやつか?」


「そうだ」


 ティンバイはテーブルの上にあった箱からタバコを取り出すと、それにマッチ棒で火をつけた。実に様になった吸い方だ、俺にはできない。


「それはつまり、長城を超えるための兵力のことだよな」


「ああ、俺は長城を越えて中原の覇者になる。そしてこの国を統べる。そのためにはいまの王朝と対立することになる。戦争だ」


「武力で政権の強奪なんてできるもんかねえ?」


 俺はそこが疑問だった。


 たとえば選挙で与党が変わるのはわけが違う。ティンバイが言っているのは武力により相手を倒して、そのままそっくり主権をすげかえるということだ。


「できるさ、民がそれを望んでいるならばな」


 たしかにこの男は奉天ではかなりの人気者だ。それどころか遠く離れた寒村でもそうだった。しかし他の街に行けばどうなのだろうか。俺はそれが心配なのだ。


「なあ、シンク。この国はいま3つに分裂してるんだ」


「そうなのか?」


「ああ。まずは東北の勢力、つまりは東満省を中心とする馬賊たち」


「つまり俺たちだな」


「そうだ。そして長城を超えたさき、中央王朝。これはユアンっていう爺さんが率いる正規軍を主力としている」


「正規軍ねえ。そんなのと戦って勝てるのか?」


「ふん、正規軍なんて言っても所詮は戦争を知らねえへなちょこさ。兵力さえ並べば相手じゃねえ」


「それはわかったけど、もう1つは?」


「南だ。あそこにはグリースかぶれの革命勢力がいる。こいつらは王政なんて廃止して民主制とやらで平等に支配者を決めるべきだなんて抜かしてやがる」


「良いことじゃねえか」


「お題目さ。やつらは平等をうたっているが、どだいこの世界は平等になんてできちゃいねえ。力のあるやつが力のないやつから奪い、笑い、そして肥え太る。それがこの世の摂理ってもんだ」


 たしかにそうだけど……。


 でも少なくともティンバイの率いる馬賊はある程度ではあるが義賊としての活動もしているはずだ。弱きを助け強きをくじく、それが馬賊というものだ。


「俺様もな、選挙っていう人気投票で支配者を決めるってのは悪かねえと思ってる。だけどな、やつらはそれぞれの人間は平等であり、その資源を全て公平に配分すべきだなんて言い出しやがった」


「それって――」


 共産主義ってやつ?


「本当にそれが全員に分配されるなら誰も文句はねえだろうがな、人間のやることさ。おおかた自分たちの懐に他よりたくさん配分を入れるだろうぜ。そうなれば現状と変わらねえ、それのどこが平等だ」


「たしかになー」


 なんだか話が難しくなってきたので俺は適当に答える。


「俺様はべつにこの国が欲しいわけじゃねえ。だがな、このままいまの王朝にまかせていても、ましてや革命派にまかせていても国は衰退するばかりだ。そして飢える民たちが出てくる、俺様はそれが許せねえ」


「だからティンバイがやるんだな」


「そうだ。そのためにシンク、力をかしてくれ。お前は将になる器の男だ」


「将って俺がぁ?」


 まさか。信じられない。


 イジメられっこの俺がか?


「そうだ。お前は強い、それだけでうちのバカどもはどこまででもついていく。いうなれば馬賊の頭目には強さが必須条件なんだ」


「う、うーん」


 全然想像できないぞ。


 例えば俺がみんなの先頭に立って「進め!」とか指示を出すのか?


「もっとも、たった一度の成功じゃあ他はついてこねえ。シンク、お前には他のやつらに実力を知らしめてもらう必要がある。また次の戦いでも先陣をきってくれるな?」


「え、あ、うん」


 ティンバイがあんまりにも力強く言うものだから、思わず頷いてしまった。


 くぅ……人に期待されることなんてなかったから、なんか嬉しいぞ。


 でもそれって命がけなんだよね? うーん、安請け合いしちゃったかな。


 フウさんとダーシャンが戻ってきた。ダーシャンの手には酒の樽が抱えられていた。


「飲みましょう、攬把!」


「料理はいまに運ばれてくるそうよ」


 それで俺たちの話は終わった。


 しかしなあ……。俺は1人で考えてみる。


 なんだか期待されすぎじぇねえ? 逆にプレッシャーだよ。こういうの。でもその期待に答えたいって思うのはきっとティンバイが良いやつだからだろう。


 俺はこいつのことが嫌いじゃない。


 なんだか友人のように感じている。


 なぜだかは自分でも説明できないけどね。



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