119 ティンバイにお呼ばれ、そして八門先生
匪賊の討伐から2日後。俺とダーシャンはティンバイに呼ばれることになった。
そのことをいつもの酒場に伝えにきたのは若い男の子だった。といっても俺と同じくらいか、高校生くらい。馬賊にはこういう見習いの若い男が何人かいるそうだ。これは昔からの伝統で、親が自分の子供を一端の男に成長させるために有名な馬賊の長に預けるそうな。
そういった伝統ってよくわからないけれど、まあ可愛い子には旅をさせよってやつか。
「攬把が包頭とさきの匪賊討伐で先陣を切ったエノモト様をお呼びです」
ちなみに、攬把というのが馬賊の頭目、つまりは総大将。パオトウは数十人の部下を率いる、いうなれば小隊長のようなものだ。
「俺と……こいつを?」
ダーシャンは不思議そうに俺を指さした。
「対」
そうだ、と若い男は頷く。
まだ顔にはニキビが残っている。こんな若い子でも馬賊に入っているのだな、と俺は話には聞いていたが実際に見たのは初めてだった。
「いますぐだよな」
「攬把はお忙しい方です、どうぞお早めに参上してください」
では、と若い男は小走りで帰っていく。
お忙しい、という意味では男の子も十分に忙しそうに見えた。少なくとも昼前から酒を飲んでいる俺たちよりは――。
「こりゃあエライコッチャ!」
ダーシャンがその巨漢をドタバタとうるさく動かす。
「なんだよ、なにが大変なんだよ。ただティンバイに呼ばれただけじゃねえか」
「それが大変じゃなくてなんだって言うんだよ! あのな、俺たち馬賊が攬把に呼ばれるってこったあ、そうとうなことがあるってことだぜ。2つに1つだ。褒美をもらうか、それとも仕置をされるか」
「俺たち、この前手柄をたてたんだよな」
「あ、ああ」
「じゃあご褒美がもらえるんじゃねえの?」
「わ、分からねえけどたぶんそうだ!」
デブが動くと室内の温度が上がる。暑苦しいからやめてほしい。まったく迷惑このうえない。
しかもこの集団のリーダー格であるダーシャンが慌てだすと、必然的に他のメンバーも慌てだす。
「パオトウ、馬をひいてきます!」
「おう!」
「パオトウ、青龍刀です!」
「おう!」
「パオトウ、歯ブラシもってきます!」
「おう!」
まったく、酒場の中はてんやわんやの大騒ぎだ。とうとう酒場の亭主までもが「とうとうダーシャンさんも出世するなあ」なんて言って涙ぐむしまつ。
どうやらティンバイに呼ばれるというのはそうとうに名誉なことらしい。
「おい、シンク。お前その服で攬把に会いに行くのかよ」
「うん?」
別におかしな服を着ているつもりもないけれど。みんなが着ているような中国っぽい普通の服だ。といっても人民服じゃないよ、もっと修行する人が着てそうな長着だ。
「それじゃあいくらなんでも簡単すぎるだろ」
「そうなのか?」
よくわからない。
たしかにダーシャンはゴテゴテした装飾のあるコートのようなものを羽織った。なんだか昔テレビで見た騎馬民族の衣装のようだ。もしかしたらこれが馬賊の正装なのかもしれない。
「お前はしょうがねえやつだな。俺の分かしてやるからそれ着てけ」
「また金とらない?」
「とらねえよ」
ダーシャンは奥から自分の着ているコートと同じようなものをだしてきてくれた。
どうでもいいけどダーシャンはこの酒場の奥の部屋を間借りしているそうな。
「ありがとう」
「俺が昔着てたやつだからな、サイズはどうだ? ちょっとでけえな。でも着ないよりはマシだろう」
「馬、連れてきました!」
酒場の外には馬が2頭いる。
俺たちはそれに乗り込み、ティンバイの元に向かう。
「なあ、そういやダーシャンはティンバイの一の子分だってよく言ってるよな」
「お、おう……」
なんだこのデブ、緊張しているのか顔が真っ青だ。
俺はべつに。だってティンバイとは知った仲だから。
「なにもそんなガチガチにならなくても良いだろ」
「お、お前そういや初めて会ったときから攬把のことはあざなで呼んでるよな」
「まあそうだな」
まさかいまさら張さんはないだろ。これでもいちおう一緒に馬を並べて戦った仲なのだ。
「も、もしかして攬把と面識があるのか!?」
「そうだな」嘘をついてもしかたがないし本当のことを言うことにする。「昔、この馬賊に入る前だけど一緒に戦ったことがあるんだ。あのときはどうだったかな、2人でそうとうな数の馬賊を相手取ったぜ」
「本当か!? そうか、お前は攬把と面識があるのか! ど、どおりで偉そうなわけだぜ」
偉そうなのはたぶん生意気なだけだ。
「つうかダーシャンはティンバイと会ったことないのかよ」
「そ、そりゃあ遠目で見たことくらいはあるさ。でもこうやってサシで呼ばれたのは初めてなんだよ」
「なんだよ、いつも一の子分とか言っておいてさ」
あれはハッタリだったのか。
「うるせえ、あれは攬把の子分ならみんな言ってるんだよ!」
「なんだそりゃ」
つまりは虎の威を借るなんとやら、か。
馬を並べて奉天の街の中心のあたりへ。
すると、いままで見たこともないような大きな屋敷が見えた。
「よ、よし」
ダーシャンが気合を入れ直す。
「え、もしかしてここ?」
広い屋敷だなあ。何坪くらいあるのだろうか。周りの家が米粒みたいだ。屋敷にはきちんと塀もあって外界と隔離されている。
門の前には見習いの若いやつらがいて、俺たちに向かってむしろあちらが緊張したような感じで声をかけてくる。
「どちらのかたですか?」
「パオトウの馬大山だ。攬把に呼ばれてきた」
「馬パオトウでしたか、どうぞ」
門はあけられ、俺たちは中に入る。馬から降りると、見習いの小僧たちが勝手にそれをひいていった。たぶんどこかに厩があるのだろう。
「さて、どこに行けばいい?」
ダーシャンは緊張しているのだろう。しかしそれを隠すようにわざとらしいほどに偉そうに言う。胸をふんぞり返らせる様子はまるで空気の入った風船だ。
「こちらです」
ティンバイの屋敷は中に入っても広かった。当然だ、外から見て広いのに中に入ったら狭いなんてことそうそうない。
俺たちは柱廊が立ち並ぶ廊下を歩く。地面は石畳、こうしていると家の中なんだか庭なんだからよく分からない。周りには観賞用だろうか、色とりどりの木々と花が植えられている。
それをきれいだなあ、なんて眺めて歩いている。
すると、花の中に人がいるのを発見した。しかもその人が知っている人だったものだから俺は驚いた。
あちらもこちらの存在に気づいたらしく、「あら」と不思議そうに小首をかしげた。
どうやら花をめでていたらしいけど、それをやめてこちらに近づいてくる。地面すれすれまで伸びた黒髪は、前に見たときとは違い大きなツインテールで結ばれていた。
「奇遇ですね、シンクさん」
「ど、どうしてこんなところに? フウさん」
そう、花に囲まれていたのはフウさんだった。俺がこの国にきて初めて入った寒村、そこにいた旅行者の女性。
もう二度と会うこともないと思っていたが、まさかこんな場所で再開するなんて。
前にあったときとまったく同じミステリアスで、かつ大人っぽい雰囲気でフウさんは俺に流し目を送る。
「わたくし、ここで八門先生をやっているんです」
「八門先生?」
なんだかよく分からない。
「占い師ですよ、こんなに大所帯の馬賊団だというのに八門に秀でた人がいないということで、私が買って出たんです」
「攬把は怪力乱神のたぐいはお嫌いらしいが」と、言ったのはダーシャンだ。
「といっても他の方は違うでしょ? 明日の天気から今日の運気まで、いろいろと気になる信心深い方はいますから。これでもけっこう重宝されていますよ」
ふーん、占い師ねえ。
俺はドレンスで会ったタイタイ婆さんのことを思い出した。あの人も占い師だった。
「まさか再会できるとは」と、これは本当にそう思った。
「ええ、これもきっと女神ディアタナのお導きですね」
ディアタナねえ……。
なんだかアイラルンと仲が悪いってことしか知らないけど。というかルオの国でもディアタナって女神様が一般に知られているんだな。きっとこの異世界の神様は俺がいた世界よりも少なくてシンプルなのだろう。
それにしてもフウさんだ。まさか再会できるとは思わなかった。なんだろ、これってもしかして運命かな? ……ちがうか。




