114 過激な儀式
そんなこんなで俺たちはぞろぞろと街のはずれの方へ移動した。
奉天の街といっても広いから、家が立ち並んでいる場所ばっかりじゃなくてちょっと寂れたような場所もある。そういうところにはたいていボロっちい家が立っていて、あまり豊かとはいえない生活を送っている人たちが生活している。
「さあて、ここらへんで良いか」
「なにすんの?」
「……てめえ、なんでも良いけど敬語とか使えねえのかよ」
「使えるっすよ」
ちょっとおどける。
いや実際使えると思いますけれどね、しかし自分としてはこのようなやからに敬語で対応なんてしたくないんです。
「ま、良いけどよ。なんと言っても馬賊に大切なのは3つだ。分かるか?」
デブはいかにも偉そうに聞いてくる。
「3つ? えーっと、金と女と馬?」
分からないから適当に馬賊っぽい感じのことを言ってみた。
「ちげえよ、腕っぷしと義侠心、そして度胸だ」
「あー、なるほどね」
まさかそんな真面目な話だとは思わなかった。
「そこで、お前の度胸を試すことにする。これは馬賊に伝わる伝統的な入団テストだ!」
「へえ」
なんだ、肝試しでもさせるのか?
「そこに立て」
一本の木を指さされる。
「こうか?」
「よーし、そこを動くなよ」
「動くなって……」
いったい何をするつもりだ?
と、思ったらデブが――馬大山という名前らしい――が1人の男にモーゼル拳銃を渡した。
「ほ、本当にやるんですかい。パオトウ?」
「おう、めいいっぱいビビらせてやれ」
「間違っても俺、責任とれませんからね」
「気にするな、それにお前がこの中じゃあ一番拳銃の腕がある」
「じゃあやってみますけど……当たったらすいませんね」
おいおいおい。
「ちょっと待てよ!」
なんか俺の知らないところで話しが進んでいるぞ。いや、それは基本的にいつものことなんだけど。でもこれは聞き捨てならない。
だってこれ、あきらかにあの拳銃を撃つつもりだろ。
「なんだ?」
「それ! 撃つんだろ!」
「もちろん当てるつもりはないぞ」
「いやいや、でもその人ちょっと自信なさげじゃねえか!」
「当たったらごめんな」
「ほら!」
「つべこべ言うなよ。それともなにか、怖いのか?」
「ああっ?」
怖いだと? いや怖いけどさ。
でもここで舐められちゃあダメだろ。
「怖いならやめてもいいぞ。その代わり、そしたら馬賊へ入るのもなしだ。さっさと逃げ帰りな」
「誰が逃げるもんかよ。ほら、さっさと撃てよ」
俺は堂々と立つ。
というか勝算はあるのだ、どうせ当たったところで『5銭の力+』が発動するから大丈夫なのだ。
「本当に撃つんですかい?」
「おら、やっちまえ!」
というかこの感じ……絶対に他のやつのときやってねえだろ。これぞ新人イビリってやつだ。
男がモーゼル拳銃を構える。
さすがに緊張してきた。
大丈夫とは思うけれど……できるだけ顔にださないようにする。
「いきますぜ!」
――ドンッ。
いきなり銃弾が発射された。
それは俺の頭の上、5センチくらいの場所を通って木にぶち当たった。
いやいや、もう少しなんかこう、あるだろ。いるよねー、写真撮るときとかでもいきなりシャッターきるやつ。
「ふう……」
しかし大丈夫だった。『5銭の力+』が発動するまでもなく俺は無傷だ。
「すげえ、微動だにしなかったぜ!」
いえ、いきなり撃たれたので反応できなかっただけです。
「まばたき一つなしかよ!」
驚いて目を開いてただけです。
「ぜんぜん表情が変わってねえ、間が抜けてる感じだ!」
え、それって間抜けってこと?
デブがこちらに近づいてくる。
「や、やるじゃねえか」
どうやらこいつも驚いているようだ。
「まあな。これで俺も晴れて仲間の1人だよな?」
「そりゃあな……」
他の馬賊たちが駆け寄ってくる。そしてすごいすごいと俺を褒める。
「なんか照れるな……」
「ま、お前は俺と引き分けた男だし、いまので度胸も十分だと分かったしな」
「あくまで引き分けにするつもりだな」
「うるせえ、とにかくお前はこの馬大山の子分にしてやる。ありがたいと思え!」
「ははー、ありがとうごぜえやす」
デブ――もといダーシャンが俺の頭を叩こうとしたから、俺はさっとよける。
「てめえ!」
「あはは、のろまめ」
「うるせえ!」
ネズミと猫みたいに追いかけっこして、ダーシャンが疲れ切ったところでさて帰るかとなった。
こんな感じで俺は周りにするっと溶け込めた。
酒場に戻ると当然のごとく酒盛りが始まる。いや、いま昼前だぞ。というのは無粋だろうか。
「ほれ、飲め飲め」
「うっす」
「これ美味いぞ、食え食え」
「うっす」
「てめえ、俺と飲み比べしろ!」
「嫌だよ太るもん」
「なんだとー」
いちいちダーシャンは突っかかってくるけど、まあ俺のことを嫌いというわけではないのだろうか。周りの人も笑っているし、もしかしたらもともといじられキャラだったのかもしれない。デブだしね。
つうか馬賊っていったいどんな仕事をしてるんだ? まさか毎日酒のんでるわけじゃないだろうし。
「わっはっは!」
笑い声は絶えない。
こういう雰囲気は嫌いじゃない、いつも中には入れなかっただけで。
馬賊たちはみんな陽気で、夕方になれば街の人も酒場に入ってきて大宴会となっていた。俺はなんだかしらないが何度も何度も自己紹介をした。
「へのもと、しんくです……」
酔っ払っていた。
でも分かったのだが、どうやら馬賊というのは街の人たちにも受け入れられているようだ。というよりも慕われていると言ったほうが正しいかもしれない。
俺が新入りだ、と言うと、
「頑張れよ!」
なんて言われたくらいだ。
馬賊って勝手に犯罪者の集団かと思っていた。事実、俺が会ったことのある馬賊なんてそんなのばっかりだった。でもそれは勘違いなのかもしれない、少なくともティンバイが仕切る馬賊では。
酒盛りは永遠に続きそうだったが、俺はある段階で帰ることにした。
……そして俺は、支払いをしようとしてとんでもないことに気づく。
(俺、靴下にコイン入れてねえじゃん!)
そうなのだ、シャネルが文句を言うから靴下の中にコインを入れるのはやめたのだ。
あぶねえ……つまりあの弾丸が当たっていたら文字通り寿命が縮んでいたのだ。こんなつまらないことで俺の大事な命を使うなんてバカらしいからな。
実はけっこうヤバかった俺なのでした。
で、支払いはけっきょくしなくて良いってことになった。新入りだからね、他の人が出してくれたのだ。
ラッキー。
そして俺はお先に、とシャネルの待つ家へと帰るのだった。
え、キスはどうなったかって? ご想像にお任せってやつよ。一つ言えるのは、俺は今日も童貞だということだけだ。




