表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

114/783

111 写真館、そして3人目の復讐相手


 その写真館を見つけたのはまったくの偶然だった。


 先日、闘技場で手に入れたお金を使って3人で美味いものでも食べに行こうとなって街に繰り出したのだ。


 すると街の一角、それなりに賑わいのある通りに写真館があるではないか。


 というのも、店の前に撮られた写真が飾ってあったのだ。


「え、これ写真?」


 初めて見たときはそりゃあ驚いた。だってこの異世界に写真なんて技術があるとは思わなかったのだ。


「写真じゃよ。それより昼はなにを食べようかのう……」


「私、あんまり脂っこいのは嫌ですわ」


「そうか? そうじゃあ……」


「いやいやジイさん、ご飯は朝食べたでしょ!」


「何を言っておるんじゃ?」


「それより写真だよ、写真!」


 俺の声がデカかったせいか、店の中から人が出てきた。


「はい、お撮りしましょうか?」


「え、撮れるの!?」


 自分で言っておいてバカかと思った。そりゃあ写真館なんだ、撮れるに決まってるよな。


「なんじゃ、照片ジャオピンか。そんなもんとっても腹の足しにはならんぞ」


「いやいや、思い出になるでしょ。すげえな、写真だ」さすがに白黒写真みたいだけど、いやあこんなものがあるとは。「なあシャネル、ちょっと撮ってもらえよ」


「え……?」


 シャネルはおぞましそうにする。


「写真撮るアルカ?」


 写真館の人は揉み手で俺たちをニコニコと見ている。


「良いじゃない」


「それ、絵? 書くのに時間かかるんじゃないの? 私、絵のモデルになるのは嫌いなのだけど」


「なに言ってんだよシャネル、これ写真じゃん」


 言ってから察する。


 あれ、もしかしてシャネルは写真を知らないのか? そういやドレンスにはこんな写真館なんてなかったもんな。


 意外とドレンスよりもこっちのルオの国の方が、科学技術が発達しているのかもな。


「絵とは違うの?」


「違うって。えーっとどういう原理だったかな。なんか光らせて影を焼き付けて、えーっと、つまりはそのまんまの姿で絵よりも簡単に紙に光景が写し込めるんだよ!」


 かなり無理矢理なせつめい。


 当然シャネルには伝わらない。


「知らんのじゃったら一回撮ってみれば良いんじゃないかのう?」


「そうそう、なにごともものは試しってね」


「危なくないかしら?」


「大丈夫だって」


 それなら、とシャネルは写真館の中へ。


 うわあ、なんかでかいカメラが置いてある。入ってすぐ部屋で、まあそれ自体はこの国じゃあよく見られる様式だろう。でも天井が異様に高い。上の方に窓ガラスがあり、そこからは光が差し込んでいる。


「お写真撮られるかた、そちらにお座りくださいネ」


 そちら、と言われたさきには椅子が一脚ある。


「ここ?」


 シャネルが座る。


 背後は白いパネルになっている。


「こうして見るとお前さんの嫁は美人じゃのう」


「……うん」


 シャネルはなぜか座っているだけで絵になる。モデルは嫌いだと言っていたが、こんな美人なら絵に残しておきたい画家も五万といるだろう。


 ちなみに嫁じゃないし妻でもない、なんなら彼女かも怪しい。


「はーい、では撮りますネ。ちょっと表情硬いアルヨ」


「は、はい」


 撮影家がなにかヒモのようなものを引っ張ると、自動的に窓という窓にカーテンがかかった。部屋が薄暗くなる。


「笑顔ヨ、笑顔」


「ちょ、ちょっと待って」


 シャネルが立ち上がり、こちらによってくる。


「どうした」


「怖いのだけど」


「怖い?」


 変なこと言う女だ、相変わらず。


「なに、あの機械。あれでなにが起こるの? 魂とかとられるんじゃないでしょうね」


「江戸時代の日本人かよ」


 いや、感覚としては同じくらいなのか? 俺はそのジャポネとかいう国に行ったことはないが、もしかしたら侍とかがいて江戸時代みたいな生活してたりしてな。


「なによそれ。あんまり怪しいのはやりたくないわ」


「大丈夫だって」


「怖いから一緒に撮って!」


「えー。あ、じゃあこうするか。3人で撮ろうよ。師匠も良いだろ?」


「うん、わしか? そうじゃなあ……まあええよ」


「な、シャネルもそれなら良いだろ」


「うーん、それなら」


 まだなにか言いたそうだがとりあえずはオッケーらしい。


 俺たちはやっぱり3人で撮りますと写真家に伝える。そしていちおう年長者ということで師匠を座らせて、俺とシャネルは後ろに立った。


「チャー。お兄さん身長高いからサマになるネ! 洋人ヤンレンのお姉さんも美人さん! とっても写真にすると嬉しいヨ!」


 なんだか怪しい言葉づかいだ。


「というか外国人に対して差別意識みたいなのなんですね」


 もしかしたらシャネルの場合は撮影拒否されるかと思ってた。


「わたし、若い頃グリースに居たネ。写真もそこで覚えたヨ」


「グリースねえ……あの国は変なものを作るわ」


「さあ、撮りますよ!」


 俺はキメ顔をする。


 パシャリ。


 写真家の背後にあった大きなレフ板が光を反射させる。


 かなり眩しい。


「はーい、もう1枚。お姉さん、目を閉じないでねー」


「先に言ってよ、眩しいなら」


「そういうもんだから」


「平常心じゃぞ」


「はい、もう1枚!」


 パシャリ。


 今度は上手く撮れたのだろうか。


「オマケに1枚ヨ!」


 また光る。


 うーん、こうして写真館で写真を撮るのはいついらいだろうか。高校の入学の少し前に撮った気がする。ま、その高校も途中で行くのやめたけどね!


「これで終わり?」


「たぶん」


「ふむ、なかなか男前に撮れたのう」


 現像した写真を見てもないのに師匠はそんなことを言う。


「うるせえぞジジイ、俺の方がイケメンだ」


 負けじと俺も言う。


「……バカじゃないの?」


 クールなシャネルさん。ノリには入ってこなかった。


 さすがにすぐに現像できるタイプの撮影機ではないようで、現像した写真は一週間後に取りに来てくれと言われた。


「お代金は3万テール」


「3万じゃな」


 師匠が払ってくれる。なんだかんだでこの国にきてからほとんどお金を使っていない俺たちである。


 ふと見れば壁にかかっている写真の中に一枚だけ、えらくキンキラな額縁に飾られた写真がある。否が応でもそちらに目がいく。


 映っているのは高齢の女性だ。


 豪華な、しかし重たそうな服を着ている。というよりも服に着られているようにすら見える。それくらいに服の方が人間をしばりつけている。


 髪はイチョウ型に持ち上げられており、どこか疲れたような、しかし芯のある表情でまるでカメラを睨むように写真に収まっていた。


 誰だろうか……。


 いや、俺はこの女を知っている。


「あら、どうしたのシンク」


「あ、いや。あの写真」


老仏爺ラオフオイエ様のものじゃな」


「ラオ――なんだって?」


「ラオフオイエ。正式名は木太后ムータイホウ様と申される、この国の事実上の元首。現人神じゃよ」


「女帝ね」


 と、シャネルが言う。


 女帝……。


「その写真、ほしければ焼き増しの分あげるアルヨ。けっこうみんな欲しがるネ。お守りがわりにしてるそう」


「あ、欲しいわけじゃ……いや、もらっておこうかな」


「あいよ。サービスね、これ」


 撮影家の男が奥に引っ込んでいく。


「どうしたんじゃ?」


 師匠が聞いてくるが、


「なにもない」


 と答える。


 まだ分からない、本当にそうなのだろうか? でも俺の勘はそうだと伝えている。


 男が写真を持ってきた、それを受け取り間近でじっくりと見つめる。焼き増しのためいくぶんか画質が劣化しているが……間違いない。


 こいつは俺の復讐相手だ。


 ――木ノ下。


 こんなところにいやがったのか。


 あの頃の女子高生だった面影はどこにも残っていない。人生の酸いも甘いも噛み分けた偏屈な老婆がそこには映っているだけだ。


 しかしどこか美しく見えるのは俺の気のせいだろうか? ギャルギャルしていた若いころよりも、いまの木ノ下のほうが断然美人だ。


「奇麗な人ね」


 シャネルもそう思ったのか、写真を覗き込み惚れ惚れしている。


「ああ」


「こういう歳のとり方をしたいものだわ」


「この人は何をしている人なんだ?」


 俺は誰にでもなく、しいて言えば写真の中の木ノ下にたいして聞いた。


「なんでもじゃよ」


「木大后様はこの国の生きた仏ね、この国の人みんな木大后様のおかげで生きてるようなものよ。だからこの街の人みんな変、馬賊馬賊ってそっちばっかり持ち上げる。張作良チャンヅォリャンがなにヨ。木大后様がいてこそのルオの国よ」


「ティンバイ?」


 なぜいま、ティンバイの名前が出るのかよく分からない。


 おおかたこの街では女帝と同じくらい有名だということだろう。


「こいつがこの国を仕切ってるんだな」


「これ、こいつとはなんじゃ」


 どうやら木ノ下はこの国の人から慕われているらしい。皇帝、ではなく女帝なのだ。


 ふうん、と俺は思う。


 そういやこいつは昔からそういうのが好きだった。男たちを巧妙に動かして自分の手はいっさい汚さずに俺のことをイジメ続けていた。


 自分は少し離れた場所で指示をだし笑う。あの意地悪な笑いはいまでも忘れない。


 でもどうしてだろう。この写真の映る木ノ下からは毒が抜けたようにあの意地の悪さが消えていた。


 俺はこの年老いた老婆を殺さなくてはいけないのだろうか?


 ……なんだか分からなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ