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107 デブにからまれる


 水を買いに行くだけだというのに、なぜかシャネルもついてきた。


「いいでしょ、たまには」


「ま、そうだな」


 不思議なことなのだが、シャネルがチャイナドレスを着てからというもの、前ほど「洋人ヤンレン」だといって差別されることが少なくなった。


 もしかしたらこの国の人は自分たちの文化を大切にしているのかもしれない。だからあきらかに部外者であるシャネルを嫌っていたのだ。そのシャネルがこちらの文化を受け入れれば、おのずと相手も受け入れてくれるのかもしれなかった。


「どうかしら?」


 と、シャネルは赤いチャイナドレスの切れ目――スリットというのだろうか――を扇情的に強調する。


 俺は目をそらして、


「はしたない」


 と、強がる。


 俺は自分の太ももを自分でつねる。痛みでシャネルの方を向くのを我慢する。


「ふふ」


「なんだよ、いきなり笑ってさ。気持ち悪いぞ」


 別にそんなことないけれど憎まれ口。


「シンク、最近楽しそうよね」


「そうか?」


「あの師匠さんと一緒にいて毎日楽しそうよ」


 さてはこいつ、師匠の名前を覚えていないな。


 シャネルがいうにはこのルオの国の人は名前が覚えにくいそうだ。まあたしかに変な名前が多いからな。


 ちなみに俺も名前はよく覚えていない。李小龍リシャオロンってのは格好いいあだ名だったから覚えてるんだけど。


「楽しそうかな?」


 毎日修行としょうしてこき使われてるだけに思えるけど。シャネルだって毎日掃除ばっかりやっているぞ。


 でもまあ、楽しいっちゃ楽しいか。


「俺さ、昔からおじいちゃんっ子だったんだよね」


 そこそこの田舎に住んでて、家の近くに祖父母の家もあったからよく会いに行っていたのだ。


「あら、そうなの?」


「うん。だからかな、師匠とああしていろいろやってると楽しいよ」


「そうなの、シンクの昔の話とかたくさん聞きたいわ」


「かんべんしてくれよ」


 自分の昔の話ってなんか恥ずかしいよな。


「ふふっ」


 シャネルはまた笑って、そしてスリットの下にある自分の肌を撫でた。真っ白い肌が少しだけ赤くなる。


 思わずガン見してしまう。


「この国の人たちって冬でもこんな服を着てるのかしら? 寒そうだけど」


「そうだなあ……」


 最近、秋も深まってきたように感じる。少しずつ朝なんかが寒くなっている。俺はそろそろ誕生日だなあ、なんて思いながら歩く。


 行きは棒の先に水桶2つくくりつけて、杖のようにして歩いている。楽ちん楽ちん。


 この棍は俺の身長よりもちょっと高いくらいだろうか、たぶん180センチメートルくらい。ま、この異世界にメートル法があるのかは知らないが。


「なあシャネル、1000メートルって何キロ?」


 会話を切り替えるようにして聞いてみる。


「1キロメートルでしょ、なあにいきなり」


 ……あった。


 つうかあるのか、メートル法。


「いつからあるの?」


 もしかしたら俺と同じように異世界から来た同級生が広めたのかもしれない。


「いつからって、たしかガングー時代からあるわよ」


 出たな、ガングー。


「そんな昔から」


 たしか500年くらい前って言ってたか?


「アヴァンタイム=ターレランが国際的に統一された長さの規格を作ろうって言って、制定されたのよ。ガングーは軍隊でいち早くこれを取り入れたって話だけど、まあ天才って呼ばれるような人は先見の明があるのね」


「ふーん」


 ま、どうでもいいや。


 伝わればいいでしょ、言葉なんて。


 というかメートルといっても俺が知ってるものと一緒とはかぎらない。アイラルンあたりの力で勝手に翻訳してくれてるのかもしれない。


 考えても仕方のないこと。考えないようにする。


「あら、シンク。あれ水売りじゃないかしら?」


 シャネルが指さした先にはたしかに一輪車を押している水売りの姿があった。


「よし、ちょっと買ってくる」


 水くれ~、と水売りのおじさんに話しかける。


 なんでもいいけど水売りの人はたいていおじさんだ。というかそれ以外見たことない。田舎の小さなタバコ屋がたいていおばあさん1人でやっているようなものだろうか。


「あい、いらっしゃい。いくつ?」


「桶2つ分」


 良かった、水の入った桶はギリギリ2つ残っている。


 俺はからになった桶を渡し、水の入った桶を受け取ろうとした。


 だがその瞬間、横から伸びてくる手があった。


「おやじ、いただくぜ」


 俺の上に影ができる。


 振り向くと見たことのない大男が立っていた。縦だけではなく横にもでかい。というかデブだ。


「はあ?」俺は思わず挑発的に言う。「いやいや、ちょっと待てよ。俺の方が先だったろ」


 男が俺を睨む。しかし次の瞬間にはバカにするように笑った。


「うるせえよ、ガキが」


「ガキだと!」


 17ですよ、こっちは!


 デブ男は横取りした水を一息に飲み干す。桶1つ分をだ。ちょっとすごいと思ったが、しかしそれは俺の水だ。


「てめえ、それは俺の水だぞ!」


「悪いな、もう飲んじまった」


「出せ!」


 シャネルが近づいてくる。


「出したとしてそれほしいの、シンク?」


 いや、いらないけどね。


「あ、なんだてめえ? 洋人ヤンレンを連れてんのかよ!」


 男が大声を出す。


 それで周りの人がなんだなんだとこちらを見る。


「だから何だって言うんだ」


 シャネルをバカにするつもりならば許さない。


 俺は感情を高ぶらせることをせずに、冷たく怒った。


洋人ヤンレンはこの国から出て行けよ!」


 俺は持っていた棍を構える。


「言いたいことはそれだけか?」


 さすがにトサカにきた。


 さてはケンカか、とギャラリーがにわかに盛り上がる。


「なんだてめえ、まさか俺とやるつもりかよ」


 男が余裕の表情でこちらを見下げる。


「だとしたら?」


「おいおい、聞いたかよ!」男は周りの人に向かって言う。「このガキはこの俺、馬大山マゥダーシャンとやり合うつもりらしいぜ!」


 デブは声もでかいのか?


 いや違うだろう。こいつは大声を出すことで俺を萎縮させようとしているのだ。


 そもそも人間だって動物だから、いきなり大きな音がすればびっくりする。そして体が固まる、それは防衛本能だ。だから相手をビビらせるために大声を出すことは有効な手段なのだ。俺はイジメられてるときに何度もそんなことをやられたからよく分かるのだ。


 だが、いまの俺はそんなことではビビらない。


「宣伝は良いからよ、さっさとかかってこいよデブ」


 ことさら自分の名前を大きく言ったのは、たぶん自分の名前を売るつもりだろう。


 だが男は笑いながら俺を見る。


「お前、謝るならいまのうちだぞ。この馬大小マゥダーシャンを知らねえとは言わさねえ」


「知らん」


 いや、マジで。


 ちょっと気まずい雰囲気になった。


「つ、強がるんじゃねえ! 俺こそは張作良チャンヅォリャンの1番の子分、泣く子も黙る馬大山だぞ!」


「なんだ、お前ティンバイの子分か。1番がこれじゃああいつも可哀想だぜ」


 まさかここでティンバイの名前を聞くとは思わなかった。つまりこいつも馬賊か。この巨漢で馬になんて乗れるんだろうか?


「て、てめえ! 攬把ランパのことを馴れ馴れしくあざなで呼びやがって!」


 デブ男がかかってくる。


 だが俺はそれをいなすように避けて、足を引っ掛けるように棍を置いた。


 俺が予想したとおり、デブ男は足を取られたその場にコケた。


 ――ズデン。


 大地がゆらぐってほどの大きな音。さすがデブ、倒れかたにも貫禄がある。


「てめえが誰で、誰の部下かもしれないけどな、必要最低限の礼儀ってもんは持ちやがれ!」


 周りのギャラリーから喝采があがった。


 なんだか舞台役者にでもなったみたいでちょっと恥ずかしい。


「なめやがって、覚えてろよ!」


 デブ男はそう言うやいなや、さっさと逃げていった。


 デブだから遠くに行っても一発で後ろ姿が分かる。逃げる姿はなんだか滑稽こっけいだった。


「もう忘れたよ!」


 捨て台詞に対してこちらも大声で返してやった。


 すると周りから拍手がわき上がった。


「すげえな、あんた!」


 と、知らない人が褒めてくれる。


「あんなでけえやつを手球にとったぜ!」


「あの張天白チャンティンバイの部下を倒した!」


「たんかも格好良かったぜ!」


 さすがに褒めすぎだろ、と照れる。


「おっさん、とりあえず残った水桶1つくれ」


「あいよ」


 俺は水桶を受け取る。


「いくぞ、シャネル」


「うん」


 と、俺たちもまるで逃げるようにその場を去る。


 まったく、あんまり褒められるのは慣れてないんだからさ。


「シンク、ありがとうね」


 シャネルは嬉しそうに俺に微笑む。


「うん」


 こうして考えてみれば初めて会ったころに比べたらシャネルの表情もずいぶんと暖かくなったように思える。


 それだけ一緒に長いこといたってことか。


 ……うん、そろそろ進展ないかな。


 俺は水桶を運びながらちょっとエッチなことを考えるのだった。



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