011 冒険者ギルドに行こう!
本日はアレスタの月、ロホの日。
なんだそれ、と思ってシャネルに聞いたら荷物の中に入っていたカレンダーを見せられた。つまりは6月の25日だった。カレンダーの数字は見慣れたものだから意味が分かるのだ。
「ちなみにさ、シャネル。ちょっと聞くけど上に浮かんでるあれは太陽だよな?」
窓際に行き、空を指差す。
「当たり前じゃない。昼に月が浮かぶものですか」
「ま、そうだよな。じゃあさらに聞くけどさ、地球って太陽の周りを回ってると思う? それとも太陽が地球の周りを回ってると思う?」
「なあに、ジャポネだとまだそんなことを言ってるの? 天動説なんて一世紀以上も前に教会が違うって証明したでしょ」
「おー、ルネサンス」
そうかそうか、この異世界でも普通に地動説が知られているんだな。素晴らしいことだ。ということはなにか、カレンダーも太陽暦でやっているのかな。
「でも一説によると英雄ガングーは500年も前に地球が太陽の周りを回っていることを知っていたそうよ。といっても、その頃の教会はそれを認めなかったらしいけど」
「ちょいちょいその人の名前でるよな。英雄ガングーって」
「そりゃあね、ドレンス国民ならみんな知ってるわ。どこぞの現代の勇者なんかよりもよっぽど素晴らしい人だと私は思ってるわよ」
「ふうん。ま、この話はどうでも良いや。とりあえず行くか」
「そうね」
と、言うわけで外出である。
外は今日も快晴。なにせ6月下旬なのだ。梅雨なんてグッド・バイ。……そもそもこの世界に梅雨はあるのだろうか? 謎である。
「……おはようございます」外にはフミナがいた。「今からお出かけですか?」
「おお、おはよう」
ちなに朝食は部屋に運ばれてきたので、フミナと顔をあわせるのは今日これが初めてだ。
というか普通人様の家に泊めてもらって、家主に挨拶もなく外出するなんておかしい。けれど部屋に来たスケルトンが手紙を持っていた。俺はその文字を読めなかったが、シャネルが言うには、
『私は朝が弱いので寝ています。もしも外に行きたいのならどうぞ、帰ってきてくれるのならば。今夜も一緒に食事をしたいです』
という、なんだかどこか病んでいそうな文面だったそうな。人恋しくてメンヘラちゃんなのだろうか。
フミナはどこか眠たそうだ。半目で犬の骨を撫でている。
「その犬……」
「ああ、パトリシアですか」
「そんな名前なんだな」
たぶん昨日の夜に俺のことを追い回した犬のスケルトンだろう。名前はパトリシアなのか、パトリシアねえ……似合わねえ。
そのパトリシアは嬉しそうに顔をあげると、俺の方に突進してくる。
「うわっ、こっち来んな!」
「バウバウ!」
「やめろ、追いかけてくるな」
「……珍しい、パトリシアが初見で人に懐くなんて」
「いや、これ懐いてないだろ!」
明らかに追い回されている。噛むつもりだよ、こいつ!
「シンク、どうする? 吹き飛ばしましょうか?」
「それはさすがに可哀想だろ!」
犬畜生にだって命はあります!
え、いや無いのか。だってこれスケルトンか。
「よし、シャネル。やっておしまい!」
「……ダメですよ。ほらパトリシア。ステイ、ステイです」
「バウバウ!」
一行に止まる気配のない馬鹿犬。つまり俺も止まれない。広大な庭を逃げ回る。くそ、嬉しそうに走りやがって。マジで遊んでるだけなのかこいつ。
とうとう体力の限界を感じた俺はその場に立ち止まってしまう。すると背後から痛烈なタックルがきやがった。
「ぐふっ!」
っと、モビルスーツみたいな悲鳴と共に俺は倒れる。
「クウッ~ン!」
パトリシアは勝ち誇るように俺の上に。尻尾をぶんぶん振って、まあ楽しそう。
「どけっ!」
もう我慢の限界だ、どついてやる。
しかしパトリシアは嬉しそうに跳ぶと、まるでボールのように丸まって「ワンッ!」と吠えた。なんというかけっこう可愛いかも。噛みさえしなけばだけど。
シャネルが手を貸してくれるので、それに頼って起き上がる。
「それで、お二人はこんな朝からどこへ?」
といっても、もうしばらくすれば昼になるだろう。朝が弱いというのは本当なのだろう。
「ああ、ちょっと冒険者ギルドまでな」
「もしかして二人は冒険者だったんですか」
「違うのよ、私がシンクに冒険者のことを説明したらどうしてもなりたいって言い出して」
「良いじゃんか、冒険者」
なにせ冒険者だから。異世界といったらそりゃあもう、まずは冒険者ギルドに行かなくちゃな。俺の認識では異世界の九割には冒険者ギルドというものがある。残りの一割? なんか軍記ものの異世界作品なんじゃね?
「で、今から行って登録してくるわけ。まあ冒険者になれば通行手形も発行してもらいやすいでしょうしね、そう悪い考えじゃないと思うし」
「そうですか、頑張って来てくださいね」
「おうよ、でっけえ依頼を受けてやるよ。そしたら俺もそのうち勇者とか呼ばれるようになったりしてな」
「バカなこと言ってないで、私たちの目的を忘れたの?」
「ま、そうだな」
なにせ俺もシャネルも復讐のために行動しているのだ。
とはいえ復讐相手がどこにいるのかも分からないのだ、情報収集もかねて冒険者という選択肢はあながち間違っていないのではないだろうか。
フミナに見送られて屋敷を出た。
屋敷の前には大通り。さすが貴族様の屋敷だ。なんだかこの家は都会のビル群の中にぽつんとある一軒家を思わせる。そういう立地に建っているのだ。ま、それと違うのはこの屋敷が周囲で一番すごい建物だっていうことだけど。
舗装された道路も、
道行く馬車も、
人々の服装も、
「うむ、いかにも中世ヨーロッパって感じだ」
ま、中世知らないけど。(一日ぶり、二度目の発言)
「なにそれ?」
耳ざとくシャネルが質問してくる。
「いや、こっちの話」
「シンクってときどき変なこと言うわよね」
――お前に言われたくない。
と、言うのも酷い気がしたので笑ってごまかした。愛想笑い、日本人は好きらしいね。
「それで、シャネルはこの町に来たことあるの?」
「大昔に一度だけね」
「じゃあ冒険者ギルドがどこにあるのかってのは……?」
「それは知ってるわ。昨日馬車に乗ってるときに見たもの」
「さすがだぜ。じゃあ案内ヨロシコ」
つまらなかったのか、反応が帰ってこなかった。
こういうくだらないギャグを無視されるとちょっと悲しい。ま、良いんだけど。
シャネルは俺を案内するように歩いていく。俺はそれを後ろから追う。そうしていると、シャネルの後ろ姿をまじまじと見ることになる。
なんて言うか、シャネルって本当に綺麗だよな。
身長だってスラリと高くてさ、銀色の髪は光を反射してキラキラ光ってるし、それになによりおっぱいがでっかい。鼻筋もよく通って俺の好みなのだ。性格のバイオレンスさも、まあ目をつぶりましょう。
そんなことを思っていると、冒険者ギルドにすぐについた。
「おお、ここかっ!」
気分はもうおもちゃ屋に来た子供である。ワクワクして足早になっちゃうんだ。
「ちょっと、はしゃがないでよ」
「だってシャネル、お前冒険者ギルドだぜ。すごいんだぜ」
「なにがすごいのよ」
「おお、いかにもって人が入っていくぞ!」
なんか鎧を来た男が平屋建ての建物へと入っていく。すげえ、あれが冒険者か。
でも、すぐに肩を落として出てきた。
「なんか出てきたぞ」
「そうね」
「なんでだろ?」
「知らないわよ」
次は魔法使いって感じのお姉さんだ。なんで分かるかって? とんがり帽子を被っているからさ!
「シャネルも魔法使いなんだろ? ああいう格好したら?」
「私、ああいう形から入るの嫌いなのよ。それよりも可愛らしいお洋服着たいでしょ」
「それがいざというとき命取りになるとは、このとき誰も思わないのであった……」
「ナレーションみたいに言わないでよ」
「え、ナレーションとか知ってるの?」
「当たり前じゃない、舞台を見たことくらいあるわ、馬鹿にしないで」
そうか、別に映像作品じゃなくても舞台やらでナレーションもあるのか。
なんて話をしてると、冒険者ギルドから魔法使いのお姉さんが出てきた。こちらも心なしか元気がなさそうだ。
「中でなんかあるのかな?」
「さあ、入ってみれば分かるでしょ」
「それもそうだな、よし入るか!」
俺は意気揚々と冒険者ギルドの扉を開ける! これが新たな世界を開く扉なのだ!
……それがとんでもない事件の幕開けであるとはこのとき誰も(以下略)




