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102 奉天到着


 その街は広い平野の中央に堂々と存在した。


 近くには幅の広い川が流れており、その川に沿うようにして高い城壁が張り巡らされている。


 俺たちがついたのは奉天という名前の街だった。


 門を越え中に入ってびっくりしたのだが、この街には西洋風の建物があった。


 家だって先日の村のような泥を固めたようなものではない。きちんとしたコンクリート(いや、本当にコンクリかは知らなけど)のようなもので作られた立派なものだった。


 広い街のようだ、パリィと同じくらいか、もしくはそれよりも広いかもしれない。


「ここがルオの首都かしら?」


 シャネルがワクワクした様子で馬車の荷台から顔をだす。


「あはは、ここ首都ちがうネー。ここは奉天、首都はもっともっと南の方よ」


「しっかし広い街だなあ」


 それどころか雑多でもある。


 家なんかがもう無作為に立ち並んでいるので人の通り道もないほどだ。


「ここで降りるオススメよ。ここから馬車渋滞ネ」


「そうだな、シャネル」


「ええ、そうしましょうか」


 俺たちは道のど真ん中で馬車を降りた。でもそれをとがめる者もいない。


「いままで長いことありがとうございます」


 この行商人の男ともこれでお別れだろう。


「いえいえ、こっちも面白かったヨー。故郷の村も助けてもらったし、多謝ドゥーシェイヨ」


 俺たちは行商人の男と別れると、広い奉天の街を歩きだした。


「さて、まずはどうしましょうか」


 と、シャネルは言う。


「服でも買いに行くか?」


 と俺はシャネルがやりそうなことを言ってみる。


「あら良いわね、でもそれは最初にやることじゃないわ。とりあえず泊まれる場所でも探しましょうか」


「そうだな」


 こんなに広い街だ、宿屋くらいたくさんあるだろう。


 それにしても活気のある街だ。行き交う人はみんな生き生きとしている。やっぱり大きな街となるとそういうものなのだろうか?


 俺たちは物珍しくてあたりを見ながら歩く。こんなふうにしているといかにもよそ者という感じだが、そもそもシャネルの髪色はこのルオの国ではよく目立つ。


 あきらかに浮いた存在のシャネルは他の人たちから好奇の眼差しで見られていた。


「そんなに珍しいかしら?」


 と、シャネルは不思議がる。


「当たり前だろ、周り見てみろよ」


 ルオの国の人はたいていが黒髪だ。


 中にはちょっと茶色っぽい人もいるけれど、明るい髪色の人はまったくいない。それに目の色も肌の色も暗いから、シャネルはなんだか他の人より輝いているようにすら見える。


 そのせいかシャネルが話しかけようとしても逃げられることすらあった。


「失礼しちゃうわ」


「まあまあ、みんなシャネルのことを嫌いってわけじゃないと思うから」


 俺だって日本にいたときは外人に話しかけられるとわけもなくビビったからな。ルオの国の人の気持ちはなんとなく分かる。


 面倒そうだから関わりたくない、そんなところだろう。


 でも異世界では外国だろうと言葉は通じるようで、そこは良かった。文字は違うらしいけど。


「どうしましょうか、このままじゃあ誰とも話ができないわ」


 こんなに狭い道なのに、俺たちの周りには空間ができている。


「そうだなぁ……」


 俺は考える。


 いや、俺が話しかけるという手がないでもないが。しかしそれは恥ずかしいのだ。


 そこではっとひらいめいた。


「そうだ、冒険者ギルドに行こう!」


「まあ!」


 シャネルは嬉しそうに手をたたく。


「ギルドに行けばさすがに宿屋の場所くらい教えてくれるだろうし」


 というか俺たちそもそも冒険者だからね。


 よくよく考えれば新しい街に来たらギルドに行くのが普通だろ。なんだよ真っ先にするのが宿探しって。なめてんのかよ、異世界を。


「とってもいい考えね」


 シャネルが褒めてくれる。


「だろう?」


 鼻が高くなる。


「でも一つ問題があるわ」


「問題?」


 はて、そんなものあるだろうか。


「ギルドの場所がそもそも分からないってことよ」


「あっ……」


 たしかにその通りだ。


 まったく俺はバカか。


「しょうがないわ、根気強く聞いていきましょう。誰か教えてくれる人もいるでしょうから」


「うん……」


 それから、人を何人も捕まえてはシャネルは宿の場所を訪ねた。


 無視してそそくさと立ち去っていく人、いま忙しいからと逃げていく人、ひどい人はシャネルの姿を見て悲鳴すらあげた。


 どうやらこの国では外国人がそうとう嫌われているらしい。


 けっきょく、俺たちに宿の場所を教えてくれたのは半人の男だった。たぶんなんらかの肉体労働の帰りなのだろう、汗臭くて汚い身なりではあったが優しくはあった。


「――ああ、宿ね。それだったらこの道をずっと行けばあるよ。赤い門の家さ」


「そうですか、どうも」


 シャネルはペコリと頭を下げた。


 半人の男は照れて頬をかいた。


「やめてくれよ、俺たち半人に頭なんて下げて」


 どうやらこの国でも半人の身分は低いらしい。


「いいえ、ドレンスは博愛の国ですわ。ですから亜人や半人への差別などはありません」


 どの口が言うか。


 ドレンスという国の基本スタンスがそうであれ、シャネルは絶対に違うだろ。ま、面倒だからわざわざ指摘しないけど。


 半人の男は嬉しそうに去っていった。


「やっと教えてもらえたな」


「そのためにわざわざ半人に聞いたのよ。こういうの、敵の敵は味方って言うわよね」


 ……言わないと思う。


 いや、言いたいことはなんとなく分かるけどね。ほら、教室とかでも嫌われ者は嫌われ者同士で固まるじゃん? あれと一緒。


 ま、俺の場合は嫌われる通り越してイジメられてたから誰も近づいてこなかったけど。


 そんな悲しい思い出はどっかに捨て去って、宿屋へと向かう。


 半人の男が教えてくれたとおり宿屋はすぐ近くにあった。


 しかもめちゃくちゃ分かりやすい。「宿」って漢字で書いてあったもん。


「こ、ここか……」


 たしかに赤い門もある。


 コンクリートかなにかでできた建物で、窓にはきちんとガラスもはめ込まれている。やっぱりこの国の技術はそれなりに高いらしい。


 ガラスくらいドレンスでもあったけど、最初に行った村がひどかった分、なんだかこの場所がめちゃくちゃ近代的に見えるのだ。


「ついたわね」


「入ってみるか」


「ええ」


 中に入る。


 うーん、いかにも中華風。


 置いてある小物も、椅子も、絨毯にいたるまで全部がいかにも大陸の風俗って感じだ。


 どうでもいいけど、中国っていろいろなものの細工に漆塗りみたいな赤色を好むよね。縁起でも良いのだろうか。


「いらっしゃいませー」


 受け付けに小さな男の子が出てきた。


 たぶんお手伝いの子供なのだろう。


「ご予約はありますか?」


 と、聞いてくる。


「あら、偉いわね。お手伝い?」


 シャネルも同じことを思ったのか、開口一番そんなことを聞く。


「えへへ、おいらここで小間使いやってんだよ」


 笑ったときに見える歯で、犬歯がなかった。つまりまだそんな年齢なのだ。


「そう、ここは貴方のお家なの?」


 シャネルは意外と子供には優しい。子供なんてうるさいだけ、と言いそうなものなのだが。


「違うよ、おいらここに奉公に出されてんだ。それよりお姉ちゃん、天女てんにょ様?」


「あら、どうして?」


 天女って。


 どこをどう見たらそう見えるのだろうか? いまだって黒いゴスロリを着ているんだぞ。というかシャネルが引かれてた理由ってこの服装のせいもあるよな、絶対。


「だって髪も真っ白で目も青くてきれいなんだもん! おいらこんな人間見たことねえよ、だから天女様かって思ったんだ。そっちのお兄さんは従者なんだろ?」


「だって、シンク」


「違うぞ、少年よ。このお姉ちゃんは天女なんかじゃなくてどっちかというと悪魔とかのあれだ」


「あらひどい」


「そして俺は従者じゃなくて普通に一緒に旅してるだけだ」


「夫婦なのよ」


「平然と嘘を言うな、嘘を」


 それを言うならせめて一回ヤッてからにしてくれ。


 ここで唐突に思い出す、人生で一度は言ってみたいセリフ。


『一回ヤッただけで彼女面すんじゃねえ!』


 いいよね~。


 しかしシャネルの場合は奇々怪々。一回もヤッてないのに女房面をするのだ!


「そうなんか、おいらてっきり天女様かと思ったけど違うのか」


「ええ、期待させてごめんなさいね。それで予約はないのだけど今日は泊めてもらえるかしら?」


「はい、部屋なら空いてま――」


 男の子がないか言おうとした瞬間、奥から男が血相を変えて飛び出してきた。


「お、お、お客様。もうしわけございません。本日はあいにくと満室でして!」


 いきなりだったから俺たちは驚く。


「あら、そうなの」


「はい。ですから申し訳ございません、お引取り願えませんでしょうか?」


「え、でも親方。部屋は空いてるはずじゃ」


「うるせえ、お前は黙ってろ!」


 男の子が頬をはられた。痛そうで俺は思わず顔をしかめてしまう。


「あいてないんなら仕方ないわ、シンク出ましょうか」


「そうだな」


「申し訳ございません、次の機会がありましたらぜひともまたうちをご贔屓に」


 その言葉に見送られて俺たちは外に出た。


 俺は久しぶりに腹がたっていた。


 なにが次の機会がありましたら、だ。ああいう言い方は大嫌いだ。


「ごめんね、シンク」


「なにがだよ」


 と、俺は分かっていながら言う。


「私のせいね、確実に」


「そんなわけあるかよ」


 店の前にいると、中から怒鳴り声が聞こえてきた。


「あんな洋人ヤンレンを俺の店にいれるな!」


 さっき親方と呼ばれた男の声だ。


 たぶんまた男の子は殴られているだろう。


 腹が立ちすぎていっそのこともう一度中に乗り込んでやろうかとまで思ったがシャネルが俺を止める。無言で袖を引っ張られた。


「他、探しましょうよ」


「……ああ」


 それにしてもどうしてシャネルがこんなに目の敵にされているのだろうか。


 いや、シャネルがというよりも外人が、か。


 まったくもって腹がたつ。自分の好きなもの――人を否定されるのがこんなに腹がたつとは知らなかった。


 でもシャネルはもっと腹を立てているだろう。もしくは悲しんでいるだろう。でも俺の手前顔には出さないのだ。


 強い人だ、シャネルは。


 俺はそんなシャネルがなんだかかんだ言って好きなのだ。


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