099 アイラルンの忠告
夜ご飯は芋というよりもただの根っこでした。
いや、マジで。
そりゃあ出してもらって文句は言えないんだけど、なんだかなあと思ってしまう。
まあそんなのでもきちんと食べられる分シャネルの作る料理よりはマシだ。最近は旅をしているので何度かシャネルの料理(消し炭)を食べる機会があった。
いやはや、ぜんぜん料理上手くなる気配がないシャネルさん。
そのくせ料理は女の仕事とばかりにやりたがるのだから手に負えない。
いつかは料理も上手になってほしいものだが。
さて、夜ご飯を食べてしまうともう空は真っ暗。ロウソクの火すらももったいないのか、村長の家ではなんの光も灯さない。そうなれば人間、寝ることくらいしかやることがない。
でもね、俺そこまで健康なお子ちゃまじゃないのよ。
さすがにこんな時間――何時かしらないけどさ――には眠れない。
「なあ、シャネル」
綿の入っていない布団に横になっている俺。
「寝てるわ」と、シャネル。
冗談なのかそれとも本気なのか声色からはわからない。
「暇なんだけど」
「シンクはこの村に来てからそんなことばかり言ってるわ」
「だってさ――」
「寝ましょうよ、そしたら明日がくるわ」
「明日が来たら面白いことでもあるのか?」
「さあ? でもいまよりはマシでしょ」
たぶん嘘。シャネル自身もそんなことぜんぜん思っていないはずだ。
「なんかして遊ぼうぜ」
とりあえず言ってみる。
ダメ元というやつだ。
「なんかって何するのよ」
「野球とか?」
適当に適当を重ねる。てきとうのホットケーキだ。(適当)
「野球ってなによ」
そうだよね、知らないよね。
というか暇だから野球に誘うとかサザ○さんの中島しか居ねえよ。いや、でもドラ○もんのジャイアンとかもたまに誘いに来てたか? とにかく俺にそんな友人はいなかったというわけだ。
「しゃあない、とりあえず散歩でもしてくるか」
「また?」
「シャネルは来る?」
「行かないわよ。私もう寝てるもの」
意味がわからないが、つまりそういうことだろう。
「じゃあ1人で行ってくるから」
いちおう怖いので剣を持っていくことにする。手探りで鞘をとる。ジャケットも同様に手探りだ。
「その服」
と、シャネルの声が闇の中に浮かび上がるようにして聞こえる。
「なんだ」
「そろそろ新しいの買いましょうか、こんど街にでもついたら」
別にオシャレになんて興味はないがシャネルがそういうのなら。シャネルの場合は服なんかについては財布のヒモがゆるむのだ。
「じゃあお願い」
「ええ」
たぶん、シャネルは笑った。暗くてよく見えないけれど。
それっきりシャネルは喋らなくなった。たぶん起きてはいるんだろうけど。
俺はできるだけ音をたてないようにそっと隣の部屋に行く。そこにはフウさんがいるはずなのでなんだか緊張する。
フウさんは寝ていたので起こさないようにする。
そっと……そーっと。
そして家の外まで出た。
「ふう……緊張したぜ」
あれで起きられたら夜這いを疑われたところだ。
さすがに言い訳はできないぞ。いや、隣の部屋にシャネルがいるから大丈夫だったか?
それにしても、と俺はあたりを見回す。
……真っ暗だ。
どの家も明かりがついていない。
「なんだかなあ……」
これが本当に村なのだろうか? この村の生活はどうなっているのだろうか。みんなどうやって生きているのだろうか。そもそも生きているのだろうか。
たぶん寝ている人がほとんどなのだろう。耳鳴りがするほどに静かだ。
俺は空を見上げる。
さすがに星はきれいだ。良いところなんてそれだけ。
目がなれるまで待ってから俺は歩きだした。
少し肌寒い。たぶんこうして散歩している間に疲れて眠たくもなるだろう。
鼻歌まじりに歩く。
寂しい気分だ。
どこからともなく腐ったような臭いがしてくる。嫌な臭いだ、俺はそれを感じないように鼻の感覚をオフにした。
最近、『女神の寵愛~嗅覚~』の使い方を少しだけ覚えた。このスキルのおかげでその気になれば気になる臭いをシャットアウトできるのだ。逆ににおいの感覚を強めてどこから発せられているか調べることもできる。なんだか警察犬みたいだね。
ふと、背後から涼しげな柑橘系の匂いがした。
振り返る。
「どうも、朋輩」
そこにはアイラルンが立っていた。
「呼んでないぞ」
と、俺は言う。
「呼ばれなければ出てきてはいけませんか?」
「べつに」
むしろちょっと嬉しい。いまちょうど人恋しいタイミングだったのだ。
「それにしても朋輩、ずいぶんと遠くまで来ましたわね」
「そうだなあ。ルオっていう国らしけど。なあ、これって中国だよな?」
俺はアイラルンに聞いてみる。
ずっと気になっていたのだがシャネルに聞くわけにもいかなかったのだ。
「朋輩のいう中国が中華人民共和国という意味でしたら、答えはノーですわ」
「え、中国じゃないのかよ!」
驚いた。
てっきりここは中国だと思っていたんだけど。
たぶんこの異世界は俺がもともといた世界と地理がよく似ているのだ。パリィはもちろんフランスだし、ここはたぶん中国。極東にあるジャポネって国はたぶん日本。
もちろん異世界の世界地図なんて見たことないから予想なのだけど。
「とはいえ朋輩、広義での中国という意味ではあっておりますよ」
「どういうことだ?」
「ここは中国、それも清朝末期。そしてここは――朋輩、歴史はお得意でして?」
「もちろん」苦手。
えーっと、いい国つくろう鎌倉幕府だけ覚えてるよ。
「どうやらその様子では微妙そうですわね。ではこのお話はここまでで」
「えー。なんかいま、この世界の核心に触れようとしてなかったか?」
そんな気がするのだ、勘だけど。
「あら、相変わらず良いお察しで。でもダメですわ、わたくしの口からはとてもとても。気になるなら朋輩が自分で気づくべきでしょうね」
「ま、別にそこまで興味もないけどさ」
実際のところ俺は復讐さえできればそれでいい。
世界の不思議とか、発見しなくていいからね。
俺とアイラルンは並んで歩いている。
こうしていればなんだかデートのようだけど……うーん、この女神とデートってのはちょっと嫌だぞ。そりゃあ美人だけどね、でもほら。他の人に一緒にいるのを見られたら恥ずかしい。
いや、俺もよく分からんけどそういう気分なのだ。
たとえるならそう――母親と一緒にいるのを見られるような感覚だ。
「それにしても朋輩」
「なんだ?」
俺は上を向きながら歩いている。星がきれいだ。あれは北斗七星だろうか、たぶん違う。
「あの女、変ですわよね」
あの女? シャネルのことだろうか?
「シャネルが変なのはいつものことだろ?」
「いいえ、朋輩。そちらではなくて――」
なぜかアイラルンはあたりをキョロキョロと見回した。まるで追っ手かなにかでも警戒するように。こんな場所、まわりには誰もいないのだ。
「――あっち。フウと名乗りましたか? あの女です」
「フウさんが?」
いったいなにがおかしいと言うのだろうか。
俺からすればいきなりそんなことを言い出すアイラルンの方がよっぽどおかしいが。
「あの女、どうもいやぁな感じなんですわ。朋輩はなにか感じませんでしたか?」
「いや? ただ美人だなぁ、と」
アイラルンにジト目で見られる。
こいつ、こんな表情もできたのか。
あ、ため息をつかれた。
「朋輩は美人に目がありませんね」
「否定はしないが」
「ですからわたくしのことも大好きなんですわね」
「お前、シャネルと同じようなこと言ってるぞ」
ふふーん、とアイラルンは笑ってごまかした。
「わたくしにシャネルさんが似ているんですわ」
「あっそ」
どっちでもいいわ。
「とにかく朋輩、あの女には警戒をしていたほうが良いですわよ」
「なんだよそのアドバイス」
俺は立ちどまる。
なんだ、ハニートラップでも仕掛けられるってのか。でもこの村でフウさんと会ったのはまったくの偶然で、言ってしまえばあの人が俺の人生になにかしらの影響を与えるとも思えないのだが。
「――うまく言えませんわ。そして、わたくしもよく分かってはおりません」
なんだか臭うぞ。
「嘘、だな」
「あら、どうしてそう言い切れますの?」
「勘、というよりもなーんか臭うんだ。アイラルン、俺になにか隠してるだろ?」
「すばらしいですわ、朋輩。それは『女神の寵愛~嗅覚~』のスキルですわ。朋輩はそのスキルのおかげで悪い予感や嘘を臭いとして感じ取れるようになったのです」
「ほーん。でもそれってシックス・センスの劣化じゃね?」
「相乗効果ですわ、おほほ」
こういうのを死にスキルというのだ。
いや、まあ良いんだけど。
でも他人の嘘を見抜けるってあれだね。良さそうに思えるけど意外と嫌な思いをすることもあるかも。世の中には優しい嘘というものもあるらしいから。俺は見たことないけれど。
「本当のところを言うと予想はできております。けれど朋輩にはまだ内緒です」
「なんだそれ」
「とにかく朋輩、あの女にはお気をつけて」
「はいはい。うん、そろそろ戻るかな」
「そうですわね」
風が少しだけ吹いた。
どうやらアイラルンはいま時を止めていないらしい。
俺たちは来た道を戻る。といってもてきとうに歩き回っただけだから道なんてたいそうなもんはないのだけど。
村長の家へ。
「では朋輩、おやすみなさい」
「うん」
どこかで野犬が吠えた。
「満州は狼が多いですから」
「満州?」
アイラルンはまるで俺を試すように笑った。
「狼には気をつけて」
その言葉の意味は、分からなかった。




