097 へんぴな村と好みの美人フウ
町に入ってまずやること、知ってる?
そりゃあ当然宿探しだ。
そんなのどこの国、町、村、いいやもっと大きく言ってどんな世界でも同じだろう。
衣食住とはよく言ったものだ、人間これがなくちゃね、ダメなのよね。
「……なんだかねえ。こんな場所に宿なんてあるのかしら?」
「さあ、どうだろうな」
俺たちが行商の男と一緒に到着したのは、いかにもな田舎の村の中間ほどの場所だった。家はけっこう多いけれど、町の周りに外壁があったりするわけではなく当然観光産業なんかもなさそう。つまりは住宅が密集しているだけの場所だ。
「2日したらまた出るからーそのときはよろしくネ」
行商人の男はそう言う。
「ちょっとまってくれ、あんたはどこに泊まるんだ?」
「ここ私の生まれ故郷、家泊まるヨ」
「いやいや、泊めてくれよ」
「ダメよー。私の家小さいネ。2人も人いられないよ」
「なんだそれ」
しかし家が小さいというのであれば仕方がない。
というかこの町によったのはたぶん行商が目的ではなく里帰りなのだろう。
「たぶんこの村宿ないヨー。もしダメなら村長さんのところ行くと良いネ。そしたら泊めてもらえるよ」
「村長ねえ」
というかまあ、そういうことになるのだろうな。
「この道ずっと行って、突き当りが村長の家よ。優しい人ネ、きっと泊めてくれるよ」
「そうするか、シャネル」
「ええ。そうね」
馬車の荷台から荷物を下ろす。俺は手ぶらだが、シャネルは大きなバッグを用意していた。いや、これ持つのは俺の仕事なんだけどね。
「じゃあまたネー」
俺たちは行商の男と別れると、とりあえず村長の家とやらに向かった。
村長の家はなんだか分かりやすかった。だって他の家よりもあきらかに大きくて、いかにもお金をもっていますという感じなのだ。なぜか家の前にはツボがたくさん置かれている。なんでだろう?
「この家、いったい何でできてるの?」と、シャネルは家を見て不思議そうにつぶやいた。
聞かれて俺は考える。木造、とはちょっと違う気がする。
壁はこれ……泥だろうか? 屋根はいわゆるかやぶきで――つまりは稲みたいなもんが乗せられているだけなのだ。
家というにはちょっとおそまつ。
そういえばシャネルの故郷であるドレンスはレンガ積みの家が多い。だからこういう貧相な家はあまり見慣れないのかもしれない。
「ここらへんだとこれが普通なんだろ」
俺としてはあんまり違和感ないけど。
なんていうか、現代日本にも田舎にいけばまだありそうだし。いや、さすがにここまでのはないか?
「火事とかきたらどうするの? 燃え移って危ないんじゃないの?」
「そういうときはね――」俺は小学生のときに社会科かなにかの授業で聞いた話を思い出した。「両隣の家も壊して燃え移らないようにするんだよ」
もっともこれは木造の場合だけど。
「ふうん。変なの」
ま、文化は国によって違うということで。
でもこの村の場合は家と家の間がそれなりに開いているのでわざわざ壊さなくても良さそうだ。とくに村長の家は他の家よりも敷地が広くて、いちおうは庭みたいなのもある。
ここなら1人2人は簡単に泊めてくれそう。
「じゃあ、交渉してくるわ」
「頼んだ」
こういうのはシャネルの仕事、とばかりに彼女に任せる。
俺はコミュ障だからな。
「ごめんください」
シャネルが村長の家の門を叩く。
俺は少し離れた場所にいた。
「はい、なんでしょうか」
おや?
俺は驚いた。
村長といったら勝手にヨボヨボの老人を想像してしまう。しかしでてきたのはまだ若そうな白いチャイナドレスの女性だった。
意外だ。
しかも美人。なんというかアジアン美人というのだろうか、線が細くてスラリと足が長い。黒髪はいまさっきまで水浴びでもしてたんだろうかってくらい艷やかな黒色だ。
「あの、私たち旅人なんですが。この村には宿がないって聞いて。もうしよしければ2晩ほど泊めていただけないでしょうか?」
シャネルがぺこりと頭を下げる。
でてきた美人さんは俺に流し目を送るとにっこりと笑った。まるでシャネルなど眼中にないようだ。しかし、いちおうとばかりにシャネルに向き直る。
「そうですか、こんな辺鄙なところまでようこそいらっしゃいました。どうぞ、中へ」
そういって美人さんは妖艶にほほ笑むのだ。
……うーん、この人は苦手だ。
俺は直感的にそう思った。いやなに、嫌いだとかそういうのじゃない。むしろ逆。好みなのだ。ちょうタイプの女の人。
クールで、知的そうで、それで見ていて目が覚めるような美人。
シャネルとどこか似ているところもあるが、シャネルの場合はどうしてもその性格のヤバさが目に付いてね……。
でもこの美人さんは違う。いかにも大人の女性って感じだ。
俺の好みにドストライク。
だからこそ、苦手。緊張する。きょどっちゃうんだよな、あんまりにも美人すぎる人に会うと。童貞だから。
「おじゃまします」と、俺はいちおう言っておく。
「おじゃまします」と、シャネルも続けた。
ただそれだけのことなのに美人さんはクスクスと笑ってみせた。まるで俺を挑発するように。
いや、それってYO。ただの妄想だからYO。
どうやら靴は脱がなくていいみたいだ。
俺たちは美人さんに連れられて家の中を移動する。廊下のない特徴的な建築様式、部屋の隣にまた部屋がある。
俺たちは一番奥と思われる部屋に通された。
そこには老人が布団――というにはぺたんこななにか――に横になっていた。
「村長、お客様がこられました」
「ああ……これはこれは」
村長と呼ばれた老人はじつにつらそうに上半身を起き上がらせた。その背中を美人さんが献身的に支える。
「あの、私たち旅人でした。2日間ほど泊めていただけませんでしょうか?」
「ええ、ええ。構いませんよ。なにもない村ですがどうぞ存分に泊まっていってください」
村長の目はどこか濁っていた。もしかしたらあまり見えていないのではないだろうか?
人間歳を取ると体のそこかしこが悪くなるものだ。
「ありがとうございます」
「フウさんや、部屋はあいておりましたかな?」
「ええ、村長。お2人には私の隣の部屋を使ってもらいましょう」
「そうですかそうですか」
なんだか不思議な距離感のある会話だった。
最初、この美人さんは村長の孫娘かなにかかと思った。だけど話しを聞いている限りそうではないようだ。
どういった関係だろうか。
もしかしたら遺産狙いで村長の家にいるとか?
それにしては村長の家にはたいして金目のものがなさそうだ。といよりも見た感じこの村じたいが貧乏そうだ。こういうのを寒村というのだろう。
いまの季節は夏が終わり、初秋らしい。それにしてはどこもかしこも実りが少なそうで、大丈夫か、ここらへん?
「どうぞ、おすわりください。いま飲み物を持ってきますから」
美人さんはそういうと部屋を出ていく。
俺はちょっと気まずい思いをしながら腰を下ろす。
部屋の床にはなにやらゴザのようなものが敷いてあるのだが、座った感触をみるにどうやらこの薄いのを一枚めくればもう地面らしい。
……なんだかなあ。
「お2人はどこからいらっしゃったのですか?」
村長が優しく聞いてくる。
こういう人を見ていると田舎のおじいちゃんを思い出す。
「ドレンスですわ」と、シャネルがどこかよそ行きの声で答える。
「はて……ドレンス……?」
どうやら村長はドレンスのことを知らないらしい。
「遠く西方ですよ」
部屋に戻ってきた美人さんが言った。
その手にはお盆が持たれており、お茶用の湯呑みが4つのっていた。どうぞ、と前に出される。
「そうですか……それはそれは」
どうやらよく分かってはいないけど遠くからきたことは理解してくれたらしい。
そりゃあな、ここに来るのに途中で何度か遊んだとはいえ3週間かかったからね。
「そちらのかたもですか?」
と、村長は俺に聞いてくる。
たぶん俺が黒髪だから疑問に思ったのだろう。
「はい、俺も一緒にドレンスから来ました」
「ルオのかたでしょうか?」
「いえ――あのジャポネ人です」
この嘘、いつまでつき続けるんだろう。別にそろそろシャネルに言っても良いんだけど、なんかいまさら改めてずっと嘘ついてましたって言うのもね、なんだか言いづらくて。
「海向こうですか、でしたら里帰りですか?」
「あー、いや」
なんと答えれば良いものか。
「ただの観光ですわ」
シャネルの助け舟。
ただの観光、そんなわけはないんだけど。
「そうですか。私も昔は遠くへ旅に出たものです……しかしこの歳になってはいやはや」
俺たちは苦笑いを浮かべる。
老人の昔話ほどなんと答えればいいのか分からないトークもない。
出されたお茶を一口のんでみた。ずいぶんと水っぽいお茶だった。ってかこれ水だろ。
「村長、お2人も長旅で疲れていおられることでしょうし」
「ああ。そうですね。フウさん、部屋に案内してあげてもらっても良いですか?」
「ええ、分かりましたわ」
「ではお2人とも、よろしくおねがいします」
村長はなぜかペコリと頭を下げる。なんだか土下座みたいでこっちが申し訳なくなる。
では、と部屋をでた。
隣の、隣の部屋へ。
「ここにどうぞ」と、美人さんに言われる。
「どうも」と、シャネルはすまして言う。
ふむ、こうして見ればシャネルも美人さん――フウと呼ばれていたか――は同じくらいの身長だ。胸は圧倒的にシャネルの方が大きいけど、髪はフウさんの方が長そうだ。というかフウさんの髪は地面すれすれだ。手入れとか大変そう。
「名乗るのが遅れました、わたくしフウともうします」
「シャネル・カブリオレです」
「榎本シンク、です」
うーん、美人さんに名前を名乗るのは緊張する。
シャネルとのときはどうだったか? あんときは確か異世界にきた興奮でわりとイケイケだったからだな、なんとかなっていたはずだが。
「あの、フウさんと村長さんはどういう関係ですの?」
ナイスだ、シャネル。それは俺も気になっていた。
「どうもこうも? わたくしもお2人と同じ、ただの流れ者です。この村には3週間ほど滞在していますよ」
「へえ……」
それにしては馴染んでいた。
いや、たしかに村長さんとの距離感は微妙なものがあったけど。まさかフウさんも旅人だとは思わなかった。
言っちゃ悪いけどこんな美人、この村には似合わない。
「そうなんですか」
「はい、そうなんですよ」
では私はこれで、とフウさんは部屋を出ていく。といっても隣の部屋にいっただけだ。
俺とシャネルは2人きりになる。
なにもない部屋だ。いや、本当になにもない。寝る時とかどうすんの? そこらへんに横になるわけ?
とりあえず部屋のすみにシャネルのカバンを置く。
「壁、薄いわね」
「え? あ、ああ」
なんのことだか分からない。
「これじゃあ隣の部屋にも音が漏れちゃうわ」
「……うん?」
ちょっとまってください、それってどういうことですか。
それってつまり……エロいこと?
「夜が大変だわ」
シャネルが俺を見つめてくる。
「た、たしかに大変だ」
とうとう来るのか、脱童貞。
そりゃあそうだよな。旅先、男女2人、そして俺たちは愛し合ってる(推定)。これで何も起こら
ないわけないじゃないか。
そうだよな、むしろいままでがおかしかったんだ。
2人きりなのにエロいイベントの1つもないだなんて!
まあまあ、いままでは野宿とか多かったしね。
やっぱりこういうのは落ち着いた場所じゃないと。
うんうん。
あー、でもコンドームとかあったかな? 財布に入ってたかな? いや、入ってたことなんてないけどね!
やばい、なんかテンションがおかしくなってる。
これもう生で良いんじゃね?
初エッチが生とか俺すごすぎ。もうこれ勝ち組じゃねえかよ!
「あんまり音だしちゃ、ダメよ?」
「シャ、シャネルこそ初めてなんだろ?」
や、やっぱり痛かったりするんだよな? エロ漫画とかじゃあそういう話よくあるし。
「え? なにが?」
「いや……だからさ」
「初めてって?」
ははーん。これはあれだな、処女ってのが恥ずかしくて経験豊富なフリしてるんだな。いやね、でも俺知ってるから。ギルドカードみたからね、シャネルさん処女だから。
ちなみに最後に見たのは2日ほど前です。
隙をうかがってよく見てるんだ。うん、自分でもキモいって分かってるよ。
「その……いや、俺も初めてだからさ。良いんだけど」
どうするの? これもうやっちゃっていいの?
アイラルン――に一瞬聞こうと思ったけどそれはそれで恥ずかしい。
「なにを言ってるのかしら、この人は」
ええい、もう抱きしめたりして良いんだよな!
とりあえず最初はキスだろうか?
シャネルは俺に背を向けている。
――よし、行くぞ!
しかしその瞬間に、シャネルは振り返った。
俺はあわてて急停止。
「シンクはたまにイビキをかくから気をつけなくっちゃ」
「え、俺ってイビキかくの?」
「そうよ、自分じゃそういうの気づかないでしょ? そのたびにね、私。ふふ、シンクのお口を閉じてるのよ。そしたらイビキも消えるから」
「へ、へえ~。そうなんだ」
「それでシンク、なに? ちょっと近いわよ」
「あ、いや。うん」
そりゃあいまから襲おうと思ってたからね。
いやだってシャネルもそれで良いんだと思ってたんだもん。それは大いなる勘違いだったわけだけどさ。
どうやら俺の童貞卒業はまだまだ遠そうです。
こうなったら今度あの女神捕まえて直談判してやる。
童貞卒業させてくれ、って。
いや、それはそれで……情けないんだけどね。




